未遂事件発生
久々に土佐の地を踏む。
本山家が降伏して以降、本拠地として使用している浦戸城にも随分と馴染んだものだ。城に入ると自分の家に戻ったような気分となる。
接収した当時はとても粗末だったのが今では懐かしい。ボロボロだった城を
それが湯殿まで備え、二〇〇人以上が快適に寝泊まりできる城へと変貌した。元が軍事施設だったのが嘘であるかのような、役所の機能を主とした施設に生まれ変わっている。立地的に城での防衛よりも上陸を阻止する形が効率的だと考え、兵舎や砦などの軍事機能は周辺に配置する形とした。
その補填という意味も含めて、浦戸城より西に約半里の距離にある
そんな藻洲潟地区が俄かに活気付いていた。俺が遠征から戻ったばかりというのにだ。
居残り組の家臣達から事情を聞くと、遠征組のいない間に阿波三好家が大規模な軍事行動を起こしたのだという。
しかし、その脅威も肩透かしに終わる。
阿波三好家が進んだ先は、南ではなく北の
ならば細川 晴元を京から追い出して公方とも和睦した
「ちょっと待て。阿波三好家が攻め込んで来た訳でもないのに、どうして物資の積み込みが始まっているんだ?」
「実は……」
ここからが騒動の本番となる。讃岐国に軍を進めた阿波三好家は苦戦も無く各勢力を支配下に置いていったが、最後の最後で待ったをかけた者が現れる。それは西讃岐の有力者である
しかし、相手は飛ぶ鳥を落とす勢いの三好家。分家と言えども相当な力を持つ。地方有力者が気を吐いた所で、それは焼け石に水でしかない。
讃岐香川家が本拠地である
ここで香川 之景はとんでもない行動を起こす。何と当家へ臣従を申し出てきたのだ。当家は阿波三好家と同じ陣営の氏綱派だというのにである。
幾ら阿波三好家に降りたくないとは言え、これは無い。申し出を受け入れれば、阿波三好家の勢力拡大を邪魔したとして、同じ氏綱派同士で一触即発の緊張状態へと突入するのが目に見えている。ましてやこの時の俺は、南九州に遠征に出ており不在であった。そんな中、居残り組の家臣達だけでそんな重大な決断をどうして勝手に決められよう。
「それでも香川 之景の臣従を受け入れたんだよな」
「申し訳ございませぬ。領地の返上はできなくとも割譲はするという話でしたし、養子も受け入れるという破格の条件でした。切羽詰まっていた讃岐香川家側が出した最大限の譲歩かと思われます。そこで最終的には国虎様のご帰還を待てずに受け入れる形となりました。伊予国の
「左京進が言ったのか……。東予が阿波三好家と隣接するのを嫌ったんだろうな」
その意味は、伊予国防衛における仮想敵を増やしたくない。これに尽きる。当家と阿波三好家が明確には敵対していないと言っても、その関係性は些細な切っ掛けで大きく変わる状態だ。当家は俺を含めて有力家臣全員が三好家の全てを潜在的な敵と見ているし、対する三好家側もほぼ同様である。共通の敵である細川 晴元が健在だという理由や、細川 氏綱殿の顔を立てているために表面上大人しくしているというだけだ。
そんな危険な相手が讃岐国全体を支配下に置けばどうなるか? 伊予国を担当する左京進から見れば、新たな仮想敵の出現となる。戦力の分散もしくは今以上の軍事費増大を強いられるのは確実だ。それだけは何とか避けたかったと考えたに違いない。
間違っても周防大内家や豊後大友家の撃退に、阿波三好家が協力してくれるとは考えていないというのが分かる。
厳密に言えば、伊予国は既に阿波三好家傘下の阿波大西家と隣接してはいる。だがこの阿波大西家は幸いにも、
「それで先行して安芸様が西讃岐に救援に参りましたので……」
「支援物資が必要になったという訳か。東予で防衛線を張るよりも、西讃岐を選ぶのは分かる。その役割を讃岐香川家にさせる訳か。左京進にすれば、後者を選んだ方が圧倒的に負担が少なくなるからな。これは仕方ない。よし、土佐からも援軍を送るぞ。膠着状態を作って直接対決は避ける。左京進にはこれまで通り周防大内家や豊後大友家に備えてもらわなければならない。負担を減らしてやらないとな」
状況を鑑みれば、今回の判断を独断専行と呼ぶのはかなり酷だ。一歩間違えれば三方から伊予国を攻められる状況を未然に回避したのだから、臨機応変な対応をしたと褒めた方が良い。
それにしても、俺の不在を狙って自勢力を拡大するこの抜け目のなさはさすがだな。この行動力と決断力が、三好家を畿内随一の勢力にまで育て上げた一つの要因なのだろう。宗家当主の
ただ、だからこそ見えてくるものがある。今回の軍事行動は俺の得意な火事場泥棒と同じ一手だ。当家との全面対決を見越して準備をしていた訳ではないのだから、絶対に無理はしない。こちらが隙を見せなければ、相手は大人しく引き下がるだろうと見ている。
落ち延びた細川 晴元が息を吹き返している現状、京を疎かにして四国を主戦場にする手はあり得ない。そうした計算が俺の中ではあった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
俺達の南九州への遠征によって四国全体が不穏な空気に包まれた中、御多分に洩れず土佐国内にも衝撃的な出来事が起きていた。もしかしたら、この一件は讃岐国の騒動と連動しているのではないかと考えたりもする。ともあれ幸いだったのは、未然に計画が発覚して実力行使にまで発展しなかった点であろうか。
目の前に捕縛された六人の男がいる。その中の一人には見覚えがあった。土佐一条家を降して追放を宣言する中で、俺に食って掛かってきた者である。
連中は俺の不在を良い事に土佐に潜入して、内乱を起こそうとしていた土佐一条家残党であった。
「今回もまた随分と男前になったな。あの時家臣達に殴られて少しは懲りたと思っていたが、馬鹿は死ななきゃ治らないか」
「……好きにしろ」
「安心しろ。お前等土佐一条家家臣は全員処刑だ。理由は言わなくとも分かるだろう。それよりも、今回の問題は山田八幡宮の宮司となる。土佐一条家家臣へ潜伏場所を提供したのだから、同罪として処刑になるのは受け入れろ。それと山田八幡宮は破却にする。関係者全員は土佐から追放だ」
「お待ちください。私を含め山田八幡宮は、細川様の政に大人しく従っていたではないですか! 神社領も返上させて頂きました。何故このような仕打ちを受けなければならないのですか!」
「……寝言は寝てから言え。山田八幡宮が潜伏場所にならなければ、土佐一条家残党は土佐内で満足に活動できなかった。今回は偶然にも幡多郡で蜂起する者達の数が揃わなかったから、未然に防げただけだ。事が起こっていれば山田八幡宮は内乱を起こした者達の本陣になっている。戦で本陣を壊滅させるのは当たり前だ」
土佐一条家の残党はまだ良い。連中は決死の覚悟で土佐入りし、俺と刺し違えるつもりだったのだろう。捕縛の身となった今では全てを諦めたかのように大人しくなり、死を受け入れていた。せめてもの情けに辞世の句ぐらいは詠ませてやろうかと思っている。
しかし、山田八幡宮の宮司はどうだ。自らの罪を認めようともしない。内乱計画に一切関与していない自分達は潔白で、そもそもそのような計画があったのは捕らえられてから知ったのだと言い張る。
山田八幡宮が行ったのは、あくまで国外からやって来た旅人達に宿を貸しただけだという主張となる。それの何が悪いのかと開き直るのだから始末に負えない。その旅人達が土佐一条家家臣だったというのは、偶然の産物に過ぎないのだそうだ。こんな子供の言い訳が通用する筈がない。
「分かった。山田八幡宮は賊であろうと殺人鬼であろうと、宿代さえ払えば泊めるという意味だな。なら今度土佐に入り込んで来た賊がいれば、山田八幡宮に押し込んでやる。宿代はこちらから賊に渡せば良いだけだしな。賊には宿代分の働きをしてもらうとするか」
「お待ちください。それとこれとは話が別です。何故そのような理不尽な扱いを受けねばならないのですか」
「これ以上は話すだけ無駄だ。山田八幡宮は土佐に内乱を起こそうとする犯罪者達に協力した。その事実は変わりようがない」
付き合い切れない。まだ素直に頭を下げていたなら多少は可愛げがあったものの、この程度の言い訳で処刑を免れられると思われたのなら馬鹿にし過ぎである。
後は護衛の
それよりも、
「
事件自体は後味の悪いものだとしても、この二人の活躍が無ければ土佐国内が混乱していたのは間違いない。下手をすれば内乱を切っ掛けとして、阿波三好家と豊後大友家が土佐に軍を進めて争いが起こる恐れさえあったのだから、その果たした役割は大きい。
派手な戦果や大儲けを出すのとは違う。今回の二人の手柄はとても地味なものだ。けれどもそれを当たり前だとは思わない。きちんと評価するのも俺の役割である。
「頭をお上げくだされ国虎様。我等はあくまで民からの声を拾い上げて調査をしたまで。本当のお手柄は土佐一条家の誘いに乗らなかった民と、そんな民に慕われている国虎様です。きっと国虎様以外の方が土佐を治めていれば、今頃は戦が起きていたと思われます」
「ありがとうな。そう言ってもらえると、これまでやって来た事が報われたような気持ちになる。ただまあ、二人のお手柄なのは間違いないからな。後日微々たるものだが報奨金は出す。それで派手に飲み食いしてくれ」
兵を率いて攻め込むのとは違い、内乱には現地での協力者が必要となる。この点に於いて土佐一条家家臣には見込み違いがあった。
要は土佐国内で挙兵をしようにも、兵が集まらない。これが内乱が未遂に終わった一番の理由となる。遠州細川家は幡多の町を焼くという悪逆非道な行いをしたのだから、恨みに思う者も数多くいる。そんな考えでで土佐入りをしたというのに、現実は目論見通りにはならなかった。
それが焦りを生んだのだろう。ならばと、強引な手段を使ってでも内乱への参加を呼び掛ける。決死の覚悟で土佐入りをしたのだから、今更戻れないという気持ちは分かるが、それは悪手でしかない。行き過ぎた行動と言えよう。
民にだって生活はある。ましてや幡多の民の多くは、土佐一条家治世の時代よりも豊かになっているのだ。余程の理由がない限りは、誰だって今の生活を壊したくはない。
だからこそ密告へと走る。不参加を表明すればどんな仕打ちが待っているか分からない。自分達の身を守るためには止むを得ない行動だったと言える。
杉谷 与藤次と中平 元忠の手柄は、こういった背景があったからこそであった。
「報せてくれた民には旧主を売ったような形にさせてしまったか。内部告発は嫌われるからな。裏切り者として周りの反感を買っていないか心配だ。与藤次、悪いが今度その民が困っていないか話を聞いてやれ」
「それに付いては一つ提案があります」
「遠慮するな。何でも言ってくれ」
「はっ。実は密告者は杉谷家で召し抱えたいと考えております。彼の者の伝手があれば、次また土佐一条家が内乱を起こそうとしても未然に防げるのは確実かと」
「……伝手か。なるほどな。密告者は幡多郡での名主かそれに近い存在か。だから土佐一条家家臣も、兵の動員のために強引に引きずり込もうとしたんだな。分かった。武士待遇で召し抱えろ。その分の俸禄は杉谷家に追加する。これで良いか?」
「ご配慮誠にありがとうございます」
やはり土佐一条家は厄介な存在のようだ。杉谷 与藤次の口ぶりでは、旧領奪還を目指して今後も土佐にちょっかいを出してくると考えているのが分かる。今回未遂に終わったのは、あくまで運が良かっただけだと言いたげだ。
俺は
土佐の平和を維持するためにも、一日も早く日振島攻略を進めるとしよう。
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