閑話:命中精度 > 安全性
天文二一年 (一五五二年)一二月 薩摩国内城 細川 国虎
季節は冬に入っていた。万を超える大兵力を率いて南九州全土を巻き込んだ戦いは、季節を一つ進める。短期決戦を売りとする当家にとっては、珍しく長期間のものとなった。
そんな戦もようやくケリが付くと、兵達は先を争うように四国や紀伊国へと船で帰っていく。俺も最終の便でこの地を離れる手筈となっている。
権限の委譲、今後の大まかな方針の指示、資金調達の仲介、その他諸々。山と積まれた書類と格闘する日々も、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。
そんなある日、一人の男が俺を訪ねてくる。名を
「細川様、お初にお目に掛かります。この度はお忙しい所をお時間を作って頂き、誠にありがとうございました」
「気にするな。俺も毎日書類仕事ばかりで飽き飽きしていた所だ。名は知っているぞ。
「これは話が早い。その通りです。私共も細川様の持つアカサンゴを是非取り扱いさせてもらえないでしょうか?」
王直は知る人ぞ知る倭寇の重鎮である。明の海禁政策によって一〇年に一度しか正規の交易が行われていない中 (幕府はこの約束を守っていない。実際には数年に一度の頻度で遣明船を派遣していた)、密貿易という形で明を主とするアジア一帯の品を日の本へと持ち込み荒稼ぎをしている一党の頭目だ。
また、ポルトガル商人との伝手も持っているとも言われている。スペインがマニラに拠点を置いて植民地支配を始めるのは永禄に入ってからとなるため、南蛮貿易の実現のためには絶対に敵対してはならない。
最早単純な倭寇、いや貿易商の枠を飛び出している。その力は凄まじく、ついには王を名乗ったらしい。
とは言え、そんな偉い王様が直接出向いてくる程の魅力がサンゴにはあるのだろう。俺と別れ仲間集めに奔走している徐海は、一体どれだけの盛った話をしているのやら。結果として王直が釣れたのだから、徐海は良い仕事をしてくれたと考えておこう。
それにしても徐海と言い、目の前の王直と言い、日本語がペラペラなのには恐れ入る。行動力もあるし知性も品ある。この辺りが粗野な他の倭寇とは違う点だと素直に感じた。
「それは王直が当家に持ってくる品次第だな。こちらが喜ぶ物があるなら、幾らでもアカサンゴを出そう」
「でしたら、武門の誉れ高き細川様にぴったりの品がございます。明国製の最新鋭の火縄銃などいかがでしょう? 玉薬も含めて私共でしたら、大量にご用意できますが」
「それは願ったり叶ったりだ。今、その火縄銃の現物は持っているか? 持っていたら直接確認させてくれ」
「かしこまりました。それでは部下が玉薬を込めてこの場で実演をさせて頂きましょう」
「いや、火縄銃を手に取って直接確認をしたい」
加えて用意周到さもある。王直と伝手を持てただけでも十分な成果であるのに、いきなり明国製の火縄銃を手に取れるとは嬉しい誤算だ。最新鋭とは名ばかりの明国の官憲から奪った鹵獲品だと思われるが、それでも貴重な機会だろう。
欲を言えば、いずれはヨーロッパ製の火縄銃も入手したいと考えている。火縄銃はヨーロッパが発祥だけに、本場ではどういった造りとなっているか知りたいという好奇心によるものだ。ただこの時代のヨーロッパとの取引では、キリスト教の布教がセットとなるのが分かっている。その上で仮に入手できたとしても、使い込んだ型落ち品となるのが実情だ。
それ自体に何らおかしな点は無い。俺も堺から新居猛太を売ってくれと言われて断った経緯があるように、兵器販売というのは慎重になるのが当然だからである。
自身が売る立場となれば、その気持ちも分かるというもの。いつ敵対するかも分からない相手には、誰だって力を持たせたくない。
だからこそ兵器は、事情が無い限りは型落ち品しか売らない。これは鉄則である。対等な取引自体がそもそも無理だ。ましてやキリスト教絶対主義の白人様なら、黄色い猿には騙して粗悪品を掴ませるくらいで丁度良いという、見下した考えを持っていたとしても不思議はないだろう。
そういった意味でも、今回王直が火縄銃を持ち込んでくれたのは幸運であった。しかも明国製の火縄銃は、ヨーロッパ製のコピー品でもある。粗悪品を掴まされるくらいなら、こちらの方が何倍も良い。
王直の従者から火縄銃を受け取り手に持つ。火縄は未装着で玉薬も未装填なため、好きに触って良いと言ってくれる。
まずは外観だ。なるほど。さすがは最新鋭と言うだけはある。銃身は軟鉄の鍛造だ。継ぎ目もきっちりしており、金属加工技術の高さが伺える。
そして、海上での戦闘を意識しているのか、銃身が思ったよりも短い。これは取り回しの良さを重視した仕様だ。長銃身であれば狭い船上では様々な物にぶつけてしまう。そうならないように銃身を短くして回避をした。その代わりとして射程は短くなるので、長距離射撃には向いてはいない。
残念だったのは、今回の火縄銃は機関部が外部露出式で右側に配置されている点だ。製造コストを意識したものだと分かってはいても、安物感が漂うのは否めない。大陸製なら機関部は内蔵式であって欲しかったと思うのは贅沢なのだろうか。
気を取り直して、ここからはお待ちかねの時間だ。弾丸の発射はできなくとも、引き金を引けば使用感は分かる。指を掛け、感触を確かめながら親指を手前に押し出すような気持ちでぐっと引き金を引く。
──重い。
やはりか。こうなるのは予想をしていたが、火挟み (ハンマー)が完全に落ち切るにはかなりの力が必要だ。いや、慣れが必要と言うべきだろう。特に最後の残り数ミリになると、少し気を抜けば押し戻されそうになってしまう。これがヨーロッパや明で主流の
「よし。この火縄銃は一丁買おう。玉薬も火縄も要らないぞ。支払いは銀で良いか?」
「一〇〇丁の間違いではないでしょうか? この火縄銃は一丁だけでは戦でのお役には立てないかと」
「間違いではないぞ。資料用として必要なだけだからな。使おうとは初めから考えていない」
「資料用ですか? もしや細川様は、この火縄銃を複製しようとお考えなのでしょうか? 開発に必要な期間や銭を考えれば、私共から購入される方がお得になるかと思われます」
「いや、本気の資料用だ。分解して構造を見るだけとなる。まあ、分解しなくとも大体は分かるがな。後はこういうのを欲しがる者が当家にはいるので贈答用とするつもりだ」
「ま、まさか! 細川様は火器で南九州を制されたとお聞きしておりましたのに、この火縄銃の価値が分からないとは思いませんが」
「価値が分かるから、資料用で十分だという判断だ。どう考えても、この火縄銃では的に当たらないからな」
「お言葉ですが、火縄銃は狙って当てるような代物ではありません。一斉に発射して敵を威嚇する。数発でも当たれば運が良い。そういうものでございます」
「いや、約一〇年前に日の本に持ち込まれた火縄銃は当たるぞ。王直なら知っているだろう」
「瞬発式」と「緩発式」。この時代の火縄銃には大別するとこの二種類がある。両者の違いは大きくはバネの使い方であり、「瞬発式」では火挟みを倒す役割で用いられ、「緩発式」では逆に火挟みを戻す役割を果たしている。
この結果、「瞬発式」では命中精度が高くなり、「緩発式」ではまず当たらない。「緩発式」が当たらない理由としては、引き金を引く際に多くの力を必要する関係上、銃口がぶれるためだ。加えて火の点いた火縄が火皿の火薬を燃焼させて弾丸が発射するまでの時間、引き金を引き絞ったまま銃を正しく保持しなければならない。これが相当な難度である。多くは引き金を引く力で銃口をぶれさせ、弾丸が発射されるまでの数瞬に更に狙いを狂わせる。
「あれは欠陥品と言うべき代物です。当たりはしますが、いつ暴発するか分からない危険な兵器となっております。細川様なら、火縄銃の暴発がどれほど危険かお分かりかと思われますが」
「分かった上で、安全性よりも命中する方を選ぶのが当家だ。こういうのは使い方次第となる」
まるで狐につままれたかのように王直が口をぽかんと開けて固まる。それだけあり得ない発言を俺がした証拠であった。
火縄銃に関する見識は王直の言い分が正しい。
兵器に求められるのは、何よりも信頼性である。例え旧式であっても正しく動く。暴発などは以ての外。安全に使えて象が踏んでも壊れない頑丈さが必要だ。ミルスペックという言葉が典型と言える。
そこから考えれば、種子島銃に代表される「瞬発式」火縄銃は赤点そのものだ。
構造を見れば分かるが、火挟みの固定は引き金と連動している地板で押さえつけているのみとなっている。具体的にはカニの目と呼ばれる部品に地板を差し込むのが、火挟みの固定方法となる。そこに安全装置は存在していない。
これを危険と言わず、何を危険と言うか。些細な切っ掛けがあれば、カニの目から地板が抜けて火挟みが落ちてしまう。これでは手荒に扱えない。
雑に扱われるのが基本となる兵器に繊細さを要求するのは、造りとして間違っている。
けれどもこれには理由がある。火縄銃の運用方法の違いと言えば良いのか。平たく言えば、安全性を捨ててでも命中精度を優先させなければならない事情が、「瞬発式」火縄銃製造の背景である。
そもそもが種子島銃のオリジナルはヨーロッパ製でも明国製でもない。俗にマラッカ式と呼ばれる仕様で、東南アジアで改修された火縄銃が種子島銃のオリジナルなのだから、機関部の造りが違うのも当然と言えよう。
東南アジアは森林が多く、大部隊には不向きだ。銃兵は単独もしくは少数で運用される。
ここから何が見えてくるか。
酷なようだが東南アジアでの戦いは、銃兵を半ば消耗品と見ていたのではないか。使用する火縄銃が暴発しても、被害は大きく広がらない。部隊人数自体が少ないのだから当然ではある。
片やヨーロッパや明などの大陸では、一つの暴発が部隊に与える影響が大きい。東南アジアとは事情が違うのだから、これもまた当然ではある。
さて日の本はどちらの事情に近いか。
そう、間違いなく東南アジアの方だ。鉄が貴重で火薬も鉛も海外に依存している中で、どのようにすれば大量配備による一斉射撃ができよう。織田 信長のような存在は稀だ。多くの勢力は火縄銃の有効性を認めつつも、配備している数は少数に留まる。だからこそ、安全性を無視してでも命中精度を優先した。
何故、「鉄砲伝来」という形で種子島銃だけに光が当たるか? 倭寇を通じて大陸製の火縄銃に触れる機会は幾度となくあったというのに、どうしてそれを複製しようとしなかったのか?
──「緩発式」火縄銃が当たらないからに他ならない。
銃というのは想像以上に当たらない。銃口がほんの少しブレただけで的から外れる。人は本人の意識ではじっとしているように思っていても、実は完全静止はしていないものだ。弾丸は簡単にあらぬ方向へと飛んでいく。
だからこそ合理的な判断の元、「緩発式」火縄銃を複製しないという選択をした。いや、中には複製した勢力もあったかもしれない。だが、それは自然淘汰の憂き目に合った。
片や種子島銃のオリジナルとなったマラッカ式の「瞬発式」火縄銃はしっかり当たる。何故なら、引き金を一度引き切れば、後は銃の保持だけに集中すれば良いからだ。重いトリガープルで手元が狂い続けるという事態がまず起きない。十分に訓練を積めば照準は一瞬で補正できるために、火縄が火薬に引火して弾丸が発射するまでの時間に多少のブレなら戻すのも可能だ。
結果、使えると判断して複製へと踏み切る。
安全性などくそくらえ。兵器は使えてナンボだと言わんばかりの清々しさ。これが種子島銃大量生産の背景となったのはほぼ間違いないだろう。さすがは室町武士。良い感じに狂っている。
とは言え、現代の銃事情を知る俺と
「鉄砲伝来」から一〇年。未だ当家に量産された改良型種子島銃が配備されていないのは、命中精度と安全性を兼ね備えた機関部を開発しているのが理由である。但し、シアーの導入によって命中精度が多少落ちるのは予想されている。
なお、命中精度と安全性を兼ね備えた機関部というのは、「緩発式」火縄銃と「瞬発式」火縄銃の良い所取りをするという意味ではない。両者を掛け合わせて魔改造した所で、出来上がるのは単なるゴミだ。言葉遊びで最強の火縄銃ができるなら誰も苦労はしない。そんな依頼を腕の良い職人に出せば間違いなく大喧嘩となる。それくらい頭の悪い発想と言える。
話は大きく逸れてしまったが、今回の火縄銃に対する考え方を見て、王直は信頼に値する倭寇だというのが良く分かった。
「許してくれ。火縄銃に対する考え方は王直の方が正しいのは分かっている。ただ、当家には合わないというだけだ。その代わりと言っては何だが、他の分野では世話になりたいと考えている。差し当たって……そうだな、漢方が欲しいんだが何とかなりそうか?」
「それでしたらお任せください。幾らでも仕入れられます。火縄銃には縁がありませんでしたが、他にも絹や鹿革、鉄に硝石、奴隷と私共は数多くの商品を取り扱っておりますので、お気軽に問い合わせください。今後は定期的に使いの者を細川様の元へ派遣するように致します」
転んでもただで起きないと言うべきか、商魂逞しいと言うべきか。さらりと売り込みを掛けてくる辺り、当家にはまだ利用価値があると見ているのだろう。これは良い付き合いができそうだ。
いっそ、今度は干しナマコを食べさせてみるのも面白い。どんな反応をするか楽しみだ。銀を求めて日の本やって来た王直が、当家とだけは銀以外を求める奇妙な関係になる。
今回の南九州での遠征は大赤字も良い所だが、その分得る物も大きかったと言えるだろう。
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