道清の後継者

 本山領の鎮圧も後僅かになると、かねてより問題視されていた俺の直属部隊の再編が課題となる。特に討ち死にした安岡 道清の跡継ぎをどうするかは重要であった。


 個人的には恩のある安岡家を跡継ぎがいないという理由で断絶させたくはない。抱えている一族や郎党もこんな事でバラバラになりたくないだろう。そのため、養子を迎えて安岡家を継がそうと考えていたのだが、常に人手不足の遠州細川家にはそうそう適切な人材はいないという定番の話となっていた。


 奈半利から南下した吉良川きらがわの地に道清の同族がいるにはいるが……道清の跡を継ぐという意味は俺の直属軍を率いる重要な役割が発生するので、まだ幼い子供にそれは無理だという判断になる。


「いっそ外から迎えるか。土橋家や海部家、駄目元で尼子家もありか。いやそれをすると、浦上家の心証が悪くなる可能性も……」


「国虎様、本当に外からでも宜しいのですか?」


 普段こうした評定で滅多に発言しない朝倉 景高が珍しく口を開く。最初は腰掛け程度のつもりで仕官した景高も、今では家中で欠かせない存在となっている。


 仕事面でも夜須開発を順調に進めてくれている上、プライベートでは昨年には子供ができたと言っていた。もう今では土佐に骨を埋めてくれる覚悟なのだとか。土佐の地が気に入ってくれて本当に良かった。


「こういう場合は逆にしがらみが無い方が良いと思う。本山家中の誰かに任せるのも考えたが、それをすると確実に文句が出るからな」


 人が三人集まれば必ずできると言われる派閥問題である。


 本山家が譜代の家臣なら話も変わってくるが、新参だけに家中で拒否されるのが見えていた。そうでなくとも、安芸 左京進の紀伊遠征に家臣を与力として付けてもらっているのが実情だ。依存度を高め過ぎるのは他の家臣が良く思わない。


 他の方法として木沢 相政を転属させるというのも考えた。だがそうなると、今度は自由に動かせる部隊が一つ減る形となる。ましてや俺の直属軍は余程の事がない限りは動かせない部隊となるので、相政の手柄を立てる機会が減るという弱点もあった。


「ならば、私に少々心当たりがあるのですが……」


「何っ! それは本当か景高? どういう者だ? 朝倉家の関係者か?」


「はい。その者は現在足利学校に通っているのですが、実は嫡男でありながら廃嫡されたという経歴を持っているのです。安岡家の養子になれば朝倉の名を捨てる形となりますが、それでも武家の当主として生きられるならば喜ぶのではないかと」


 聞けば、その廃嫡された理由に本人の落ち度は無かったらしい。政治的な理由だという。若狭武田家に居候としていた頃、その話を聞いたのだとか。越前えちぜん朝倉家は外からでは磐石のように見えるが、内から見える景色はまた違うという典型である。


 物心が付く前に出家させられたとは思うが、事実を知った本人はどう思っただろうか? 親を恨んだかもしれない。家が貧乏で仕方無くという話ではない。ましてや本人の資質には全く関係無い話だけに悔しかったろう。もしかしたら、足利学校へ通わせたのはせめてもの親心とでも言いたいの……ん? ちょっと待てよ。

 

「なっ、足利学校? それは本当か? 即採用だ! そんな一族を知っていたならもっと早く教えてくれよ! もう決めた。誰が何と言おうと道清の後継者は景高の推挙する者にする。景高、悪いがすぐにでも書状を書いてくれ! それと、(横山)紀伊はいるか? 景高の書状が書けたら足利学校に行ってもらうのは当然として、俺も書状を書くから足利学校関係者が何人か土佐に来てくれないか交渉してくれ。寄付は奮発する」


「かしこまりました」


「ああっ、悪い。足利学校に行くなら途中で駿河今川するがいまがわ家にも挨拶だけで良いから立ち寄ってくれ。手土産は『海道一の弓取り』にあやかって改良型弓胎弓にする。これなら喜ぶだろう。雑賀衆の佐々木 刑部助が関東方面に船を出しているからそこを頼れ。これは急いで書状を更に二枚追加で書かないといけないな」


「国虎様、そう取り乱さなくても今すぐ出立する訳ではありませんので」


「……その通りだな。『足利学校』と聞いて、つい興奮してしまった。忠告感謝する」


 「足利学校」というのは、この時代における関東の最高学府だ。場所は下野しもつけ国足利荘にある。この時代における東京大学のようなものと言って差し支えないだろう。キリスト教の宣教師として有名なツルピカ頭のフランシスコ・ザビエルも、「日本国中最も大にして最も有名な坂東のアカデミー」という文を記しており、海外にもその名が知られていたと伝わる。


 また、足利学校は「軍師養成機関」とも言われていた。これは学内で兵法書の講義を受けられたのがその理由である。しかし、この時代は兵法よりも物事の吉兆を占う「易学」の方が重要であり、これを習得できるのが「軍師養成機関」と呼ばれる理由になったのではないだろうか?


 個人的には「易学」のような占いに政治や軍事を頼るような真似はしたくない。だが知っての通り、「易学」は「統計」だ。つまり「易学」ができる者は数学能力が高い事を意味する。今の俺にとっては喉から手が出るほど欲しい人材であるのは間違いなかった。


 加えて医学が学べるのも「足利学校」の特徴である。今回の件で伝手ができたなら、いずれは医療を学ばせるために派遣したい所だ。


 なお、足利学校の生徒が優秀であるエピソードとして、武田 信玄が家臣から人材の推薦を受けた際に足利学校出身者かどうかを確認したというのが残っている。残念ながらその人物は足利学校出身者ではなかったために採用されなかったというが、武田 信玄でさえも重要視していた証拠だ。余談だが、武田 信玄の家臣である山本 菅助やまもとかんすけも足利学校出身者らしい。眉唾な話ではあるが。


 他に有名な所では安芸毛利あきもうり家や肥前鍋島ひぜんなべしま家も足利学校出身者を招聘したそうだ。足利学校出身者は各地の戦国武将がこぞって召抱えていたのが窺える。遠州細川家に転がり込んだこの機会をそうそう逃す手はない。


「そう言えば先程、途中駿河今川家に立ち寄るように言われましたが、何か理由があるのですかな?」


遠江とおとうみ国には臭水くそうず (原油)が出る場所があるんでね。いずれそれを売ってもらえるようにしたい」


「……どうやらまた良からぬ事を考えているようですな。下手に詮索しない方が良さそうです」


 遠江国と言えば「相良油田さがらゆでん」の存在は忘れてはならない。その油田は明治時代に入ってから発見されたと言われているが、手堀りで採掘可能な上に精製無しで車が動くという高い品質。加えて太平洋側で唯一となれば、今の俺には手を出さない理由が見当たらない。


 可能であればプラスチック製造に手を出したいが、そうでなくとも燃料として使用可能だ。製鉄事業を行なっている細川領ではあって困る事はないだろう。それだけで木炭の消費量が減らせるという魅力がある。当然兵器転用も目論んでいる。


「駿河今川家は焦る必要は無いからな。ゆっくり交流する形で良いさ」


「そう言ってくれると拙僧は助かりまする」


 いつもの話であるが、安岡家の後継者問題が足利学校からの人材獲得作戦、更には駿河今川家へのコネクション作りへと変化していく。これが遠州細川家の平常運転というのだから、本当に困ったものである。一体誰のせいなのか。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「お初にお目に掛かります。大和やまと国より参りました。柳生 重巌やぎゅうしげとしと申します。今後の御身の安全は某にお任せくだされ」


 ついに俺に護衛が付く事となった。これも先の長宗我部戦が理由となる。ずっと煩わしいとして拒否していたが年貢の納め時である。さすがに「もう一羽殿のような犠牲は出したくないでしょう」と言われてしまえば、了承するより他ない。問題はその人選であったが、馬路党の誰かでは任務を忘れて敵を追いかけるのが目に見えているので、これも外部から招聘する形となる。


 そうしてやって来たのが、何とあの柳生である。決してハンターチャンスの柳生ではない。


 俺自身は柳生 重巌の名を聞いた事はなかったが、どうも新陰流で有名な柳生 宗厳やぎゅうむねよし (石舟斎せきしゅうさい)の叔父に当たるらしい。柳生 宗厳が小さい頃、剣を教えたのが彼だと教えてくれた。


「それにしても剣で有名な柳生家の方が土佐まで来て頂けるのは、何か事情があったのでしょうか?」


「隠しても仕方ない故白状致しますが、出稼ぎですな。故郷である柳生の庄は今も荒れ果てたままでして……」


 柳生家にとっての不幸、それは木沢 長政の討ち死にであった。太平寺の戦いで柳生家は、木沢軍に従軍としていたという。更には敗戦後に命からがら逃げ帰れば、今度は元同僚であった筒井家が敵となり柳生の地に侵攻するという事態が起こる。柳生家も必死で防戦したが衆寡敵せず、三日に渡る激闘の末、ついには本拠地が落城したそうだ。


 以後、筒井家の傘下として生きていかなければならなくなるのだが……荒れ果てた領地を復興させる余裕も無ければ、こちらの困窮もお構い無しに戦に駆り出され、挙句の果てには戦費の調達として上納金まで求められるという。絵に描いたような小領主の悲哀を体現していた。


 結果、藁にもすがる思いでこちらの招聘に応じてくれた。親信が相政を通じて以前から誘いをかけてくれていたのだとか。


 筒井家が戦で大和国から出払っているこの隙を付いて、ようやく土佐までやって来れたのだと言う。なお柳生 宗厳は、当然の如く従軍させられている。


「それはさぞや大変な日々を送ってきた事でしょう。お役目をしっかり果たしてくれれば十分な禄をお渡ししますので御安心ください」


「かたじけない」


 土佐まで来てくれたのは弟子を含めて一〇名、内一人は柳生 重巌殿の息子である宗直むねなお殿である。俺と同じ年齢で今年元服したばかりだとか。


 俺一人の護衛に何と大袈裟なと思ったりもするが、合戦時を想定した場合は最低でもこの数が付いてくれないと家臣が安心できないらしい。それだけ先の長宗我部戦が衝撃的だったとか。この人数がいれば万が一伏兵に襲われても、援軍到着までの時間稼ぎになるという。


 そうした家臣達の言い分は分かるのだが、俺としてはしばらく戦をする気はないのでこの人数は持て余してしまう。領内なら護衛は一人いれば十分であった。とは言え、今更人員過剰だからと追い返す訳にはいかない。


「柳生殿、この機会に是非お願いしたいのですが……」


 ならいっそ割り切って、この地で柳生道場を開いてもらおうという考えが浮かぶ。


 これまでの遠州細川家は川崎 時盛殿という武芸者はいたが、他は根来衆や松山 重治といった実戦寄りの傭兵ばかりである。基本の型こそ俺も教わってはいたが、きちんとした教えを受けた覚えはない。これを機に教わるのは良い経験になる筈だ。


 しかも、柳生殿は柳生 石舟斎を指導した人物である。更なる技量向上及び戦力の底上げに繋がるのではなかろうか? 弟子と一緒になって学ぶのも良い刺激となるだろう。もしかしたら、土佐から剣豪が生まれる可能性すらある。これは数年後が楽しみになってきたな。


「細川様、お役目は護衛ではなかったのですか?」


 俺の提案に柳生殿が訝しげな目を向けてくるが、それを気にしていてはこの地ではやってはいけない。郷に入っては郷に従えと言うだろう。


「細かい事は気にしない方が良いですよ。その分俸禄を増やしますので悪い話ではないと思いますが」


「…………かしこまりました」


 初出社から募集要項と違う仕事が割り振られる遠州細川家はブラック企業の香りが漂う。

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