晴れ時々新居猛太

 種子島銃の特徴と言えば、その一つに数多くのバリエーションがあった事が挙げられる。口径は拳銃クラスの一匁 (約九ミリ)から大砲クラスの一貫目 (八四ミリ)まであった。現代のアサルトライフルでも九ミリ弾を使用するSMG化の例はあるが、倍以上の口径になるというのはまず考えられない。そんな事をすればバレルが破裂するのが目に見えている。幾ら統一規格が無いからやりたい放題できるとは言え、物には限度がある。


 なら、何故そんな限度を超えたぶっ壊れバリエーションが作られるようになったのか?


 平たく言えば、種子島銃が元となった海外製の火縄銃よりも性能が高かったからの一言であるが、そこには一つの魔改造が施されていた。


 元々は日本の接合技術が未熟だったからとも言われているが、種子島銃はオリジナルの海外製火縄銃と違い、バレル (銃身)が二重構造になっている場合が多い。二枚の鉄板を継ぎ目の位置を変えて重ねるように鍛造で形にする。これは撃発時の発射ガスが継ぎ目から漏れるのを防ぐ目的だ。一枚板の鍛造ではどうしてもガス漏れが起こるため、苦肉の策として施した工夫だろう。


 だがこれが、一つの副産物を生み出す。


 当然と言えば当然だが、二重構造になった事でバレルの強度が大きく上がった。結果、設計として想定していない火薬量でも破裂する事なく弾丸を飛ばせるようになる。これは、S&WのNフレームリボルバーが元々はマグナム弾仕様の銃ではないにも関わらず、高い耐久性が評価されてマグナム弾も使用されるようになったのと似ている。


 しかも、しかもだ。何故そうなったのかは分からないが、この二重構造のバレルは素材まで変えていた。いつ頃始まったかは俺も知らない。近江国国友村で作られた種子島銃のバレルは内側に錬鉄を使用し、外側に鋼を使用していたという。小銃 (ライフル)として見れば異例の作り方となるが、大砲として見れば一九世紀に流行した「層成砲身」に近い作り方である。


 つまり種子島銃のバレルは強度だけで言えば、かの有名なアームストロング砲 (射程距離三キロメートル以上)にひけを取らないと言って良い。


 更に言えば、「層成砲身」の考え方に沿えば二重構造に拘る必要は無い。強度が足りないならもう一枚鋼を追加をすれば良いし、それでも足りなければもう一度追加する。事実、国友村製の種子島銃は銃口部分に補強が施されていたと言う。


 設計の妙ではなく素材の力で黙らせるこのやり方は決して美しい形とは言えないが、それでも大量の黒色火薬の爆発に耐え得る強度を持つバレルは、日本の戦国時代に思想が現実化されていた。


 それが分かったからこそ、ライフリングのような高い技術力を必要とする加工を施さなくとも種子島銃の性能強化は可能となる。火力は力だとばかりに、大量の火薬を使用してもビクともしない典型例として、「新居猛太」の製作を親信に依頼した。


 また、使用する専用弾も全く同じ思想である。


 陶器製の焙烙では撃発時の衝撃に耐えられない。内部で暴発しないよう円筒型の鉄素材を採用し、その中にこれでもかと黒色火薬を詰め込む。混ぜ込むのは鉄釘やベアリング。導火線式だが、撃発時の発射ガスで導火線に火は付くので暴発の危険は少ない。高威力の爆発にも耐えられるよう底板を肉厚とした。種子島銃がベースのため、発射はバレル内に詰め込んだ黒色火薬で行なう。


 これまで個人携行の焙烙玉は手元での誤爆の危険を考慮して威力を絞っていたが、「新居猛太」ではそうした安全性は考慮せず、とにかく大きな威力を目指す。爆発と同時に破片だけでなく鉄釘やベアリングを撒き散らす。鉄素材の弾を突き破って破裂させる威力だ。より広範囲に被害を拡大できる事請け合いである。


 より遠くに、そしてより高威力にを合言葉にして作られた「新居猛太」、これにて明らかに時代を無視したオーバースペックの兵器が完成した。


 ……ただ、この「新居猛太」には大きな問題が一つある。


 それは、当たらない。命中率は間違いなく一〇パーセント以下であろう。通常の種子島銃より遥かに低い命中率となる。


 理由は大きく二つ。バレルが短い点と曲射弾道という点である。バレルを長く真っ直ぐに加工するというのはそれだけでかなりの技術力が必要となる。例えばコルトSAAの長銃身モデルである通称「バントラインモデル」は、ガンスミスの腕の良さをアピールするためのものだったとも言われているくらいだ。それくらい難度の高い技術と言える。


 曲射弾道がなかなか当たらないのは言わずもがなだ。発射角度をほんの少し間違うだけで目標とは全く別の地点に着弾する。


 これほど当たらない兵器であれば、貴重な火薬を無駄にする単なる金食い虫にしかならない。新兵器という言葉の響きは良いが、実質には珍兵器の類に見えてもおかしくない。当の俺でさえ「新居猛太」には命中精度は期待していなかった。


 そんな役立たずの兵器が何故対長宗我部戦の切り札になるかと言うと、


「これだけ打ち込めば敵は浮き足立って組織的な行動はできない筈だ。爆発から逃れようとこちら側になだれ込んできた兵を、もぐら叩きのように潰していけば良い。楽勝だな」


 こういう理由となる。


 例え直接的な爆発の被害を受けなくとも、目の前で、そして隣で派手な爆発が起きる。もしくは爆発が少しずつ近付いてくる。この状況下で人は冷静でいられるだろうか? 俺が兵の立場であれば、身の安全を確保しようと逃げるなり前に進むなりの行動を起こす。命令があるまで黙って待機するなどまずあり得ない。ましてや長宗我部軍にとって「新居猛太」は初めての体験だ。指揮官自体が何をどうすれば良いのか分からなくなってもおかしくない。そんな中で軍として行動するのは至難の技である。


 さて、どれだけの兵が手柄首としてやって来るか。


「申し上げます。敵が右翼と左翼の部隊を突出させてきました。我が軍を大きく囲う目的かと思われます」


「報告ご苦労! 早速動いたか」


 現在進行形で爆発の恐怖に晒されているにも関わらず、逃げずに仕掛けてきた。さすがは長宗我部軍と言える。しかも教科書通りの兵力の多さという強みを生かした包囲の形。とても理に叶っている。


 とは言え、そういった行動も時と場合によりけりだ。俺から見て左側に流れる国分川を見ていないのかと思ってしまう。結構川幅は広いから回り込んでの渡河は大変な筈だが……。


「まあ良いさ。越前、畑山隊に伝令だ! 弓で敵右翼を射抜いてやれ。無理に壊滅させる必要は無い。足止めだけで良い。それと、馬路党と木沢隊にも伝令を頼む。敵左翼を叩きそのまま本陣を突け、と。派手に暴れてこい!」


「はっ、かしこまりました」


 先程「新居猛太」発射の合図の旗振りをした有沢 重貞と今使いに出した黒岩 越前は、俺の当主就任と共に出仕してきた幹部候補の二人である。これまで親信の父親である安田 益信の下に付けて領地経営を学ばせていたが、生の戦を見せようと伝令役で側においている。今回は長宗我部との大事な一戦なのでとても良い経験となるだろう。いずれは隊を率いてもらう予定だ。


 なお、もう一人の幹部候補生である井原 源七郎は計算に強く書類仕事への適正が高かったので、そのまま益信の下に留め置きとしている。きっと良い行政官になってくれるだろう。


 それにしても長宗我部は何を考えているのか? こんな真似はせずに全軍で真正面からぶつかってくれば勝機はあったかもしれな……そうか、大軍で纏まって移動するのがもうできないのか。なら仕方ないな。


 今回の動きは、比較的被害の少ない両翼の兵だからこそ何とかなったのだろう。中央部は散々に撃ち込まれて軍としての体裁を維持するのに必死という所か。いつ戦意喪失して退却してもおかしくないというのによく耐えている。


 そうこうする内、両翼の部隊から交戦状態へ入ったとの報告が届く。予想通り敵は浮き足立っているので、本来の実力は出せずにこちらが押していると。このまま行けば近く敵左翼は壊滅して本陣を強襲できるだろう。馬路 長正と木沢 相政の二人でどちらがより多くの首をあげるか競っているかもしれないな、と他愛無い想像をしていたのだが……


「申し上げます! 敵中央が前進してきました。それも残り全兵力です。後詰は一切残していない模様です」


「報告ご苦労! まだそんな力が残っていたのか」


 なるほど。そういう事か。俺達に兵力の分散を強いた訳だ。一本取られたな。確かに最初から全軍で突撃すれば、こちらも全力で迎撃するから勝てる確率は低くなると判断されてもおかしくはない。本当に一筋縄ではいかないな。


「国虎様、残っているのは山田隊と国虎様の部隊だけです。後は迎撃には向いていない杉谷隊くらいでしょうか。これでは長宗我部に数で押し潰されて本陣まで敵がやってきます。急いでお味方を呼び戻しましょう」


「越前、そう焦るな。向こうから来てくれるんだ。しっかりとおもてなしをしてやれば良い。交戦中の味方を呼び戻さなくても何も問題は無いから安心しろ」


 気持ちは分かるが、ここで本陣を守るために味方を呼び戻してしまうと、逆に敵を勢いづかせてこちらの戦線が崩壊する。それは却下だ。中央への対処は今ある手札のみで行なわなければならない。


 相当な数の兵が逃げ出していると思って楽観視していたのだが、どうやら俺の見立て違いだったようだ。長宗我部軍や本山軍の精強さには恐れ入る。


「越前、もう一度伝令を頼む。山田隊は向かってくる敵軍に正面から備えをさせろ。それと中央部分だけは空けて空間を作れと。杉谷隊は攻撃を止めて、その空間部分に入れ」


「はっ、かしこまり……って、何をされるんですか?」


「本当、心配性だな越前は。ちょっと隠しコマンドを実行するだけだから気にするな。行ってこい」


 余力を残さない全力投球。もしくは民族大移動。長宗我部が勝負を掛けてきた。


 対するは山田 元氏率いる山田隊と安岡 道清率いる俺の直属部隊。それと「新居猛太」隊の三部隊のみ。ただでさえ総兵力はこちらが少ないというのに、手元には二〇〇〇の半数以下しか残っていない。中央部だけで言えば、兵力差は五倍にも六倍にも膨れ上がっていると予想する。普通に考えればそれを山田隊のみで受け止めろというのは無謀過ぎる。こんな無茶を言う指揮官は殺して敵に降伏した方が良い。


 だが、そうはならない。この状況においても誰もが勝ちを譲らないと考えている。俺の命令を活躍の場が来たと大いに喜ぶ。


 その理由は先程越前に言った「隠しコマンド」。裏技でも良い。往年の家庭用ゲーム機で遊んだ人間にはこれ以上血沸き肉踊る言葉は無いだろう。それをこの土壇場において披露する。


「ド派手に行くぞ! 上上下下左右左右BA! 隠しコマンド『新居猛太 水平射撃』!! やれっ!」


 「八九式重擲弾筒」と言えば、これは切っても切れない。本来なら地面に立てて使用する擲弾筒を、肩口や脇に抱えて水平射撃で直接敵目掛けて攻撃する。明らかに間違ったやり方だ。しかしこうする事で、擲弾が斜めから降ってくるのではなく、真正面から迫り爆発する。迎撃はほぼ不可能。第二次大戦で散々に米兵を悩ませた恐怖の惨劇が、時代を先取りしてこの戦国時代に舞い降りる。

 

 一粒で二度美味しい「新居猛太」。禁断の隠しコマンドは決戦兵器の味がする。

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