逆転の秘策

「く、国虎様、岡豊城周辺に兵が続々と集結しております! 至急改田城までお出でください!!」


 天文一五年(一五四六年)八月、ついに長宗我部が動き出した。最前線の改田城より、顔を蒼ざめた伝令がその報せを持ち込む。


 報告では長宗我部軍はこれ見よがしに各地から兵を集めているそうだ。支配領域の惣村は元より寺社や支城から岡豊城への人の列ができる。まさに全力出撃と言えるだろう。それだけでこの戦への意気込みが分かる。誰と戦うつもりなのかは一目瞭然であった。


 加えて西にも動きがあると言う。つまりは本山家も兵を動かしている。何のために? それは勿論俺を叩き潰すためだ。伝令が二〇〇〇を優に超える数だと悲鳴混じりに報告してくれる。まだ増えるだろうという悪い推測を交えて。


 本山家が援軍に応じたのは予想通りではある。長宗我部家が負けてしまえば次は自分達が標的にされると感じて行動するのは理に叶っていた。……誤算なのは、両家は縁続きとは言え、ここまでの数を動員するとは思わなかった事である。


 この派手な行動に、「倒せるものなら倒してみろ」と言わんばかりの挑発を感じた。


「ついにか。間違いなく決戦だな。報告ご苦労! 後、悪いが急いで皆にも改田城に集まるように伝えてくれ」


「はっ! かしこまりました!!」


 こちらも既に覚悟は決めている。書きかけの書類の手を止めてゆらりと立ち上がった。いつもならこんな時、一羽は俺に小言を言ってくるが今回ばかりはそうはならない。俺と同じく仕事を止めて立ち上がり、すっと隣に並んだ。


 示し合わせたように互いの目が合う。俺が何も言わなくてもこの戦いが遠州細川家にとって、いや俺にとっての未来を決める大事な戦であり、絶対に勝たなければならない戦だと分かってくれていた。


「一羽、行くぞ」


「かしこまりました」


 本音を言えば、俺は戦などせずにのんびりと過ごしたい。気の合った仲間達や愛する妻と笑い合う日々を送りたい。明日にでも楽隠居したいと今でも思っている。

 

 歴史の修正力か呪いかは分からない。俺にとって長宗我部との戦いは、どうあっても避けられなかったのだろうと思うより他なかった。足搔けば足掻くほど敵は強大となり、常に前に立ち塞がり続ける。追い詰めれば牙を剥き、食らいついてくる。これまで俺のした事は全てが裏目に出た形だ。


 こうなると最早運命と割り切るしかない。当初描いていた同盟は最初から無理だったのだと思い知る。


 つまり、俺の運命は長宗我部を倒さなければ切り開けない。勝たなければ滅亡という最悪の未来からは解放されないのだろう。


 ……親信はこの結末を喜んでそうだな。初めて出会った時に言っていた「長宗我部をぶっ飛ばす」をもうすぐ俺が現実にしようとしているのだから。俺が言った「できる訳ない」という言葉を俺自身で否定しようとしているのだから。


 まさに喜劇以外の何ものでもない。


「難しく考える必要は無いか。要は勝てば良いだけだ」


「はっ。国虎様なら絶対に勝てます」


 迷いを振る切るようにぼそりと呟くと、何の躊躇もなく一羽がそれを後押ししてくれる。


「勝つのは俺だけの力じゃないさ。一羽の力も必要だ。頼りにしているぞ」


「はい、これからもずっと国虎様をお支えします」


「ありがとうな」


 そうだな。この戦いが喜劇だと言うなら役者は俺だけではない。一羽を始め皆がきっちりと役を演じてくれるならハッピーエンドで幕は下りる。ただそれだけの事だ。


 喜劇だけに表題は「から騒ぎ」がお似合いか。長宗我部には存分に踊ってもらうとしよう。

 


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「お前が長宗我部 国親か。この程度で勝ったと思っているのがおめでたいな。降伏すれば許してやるぞ。そうでなければ田村荘で行った悪行の数々をその命で償わせてやる」


「ずっと阿呆だと思っていたが、ここまでだと救いようがないな。この兵の数の差が分からぬのか? 一度数の数え方から学び直せ」


「その言葉はそっくり返してやる。細川の精鋭は一騎当千ばかりだ。計算のやり方が違うというのが分からないようだな。いいだろう。今から細川軍の強さを見せてやる!」


「よくぞ言うた! 細川京兆家より守護代としての役割を任せられている我が長宗我部家が、これより土佐の地を乱す悪漢を打ち倒して秩序と静謐せいひつをもたらしてくれん。覚悟せよ!!」


 上手くできたかどうかは分からないが、初めての言葉合戦を何とか終わらせて自陣へと戻る。


 決戦はCを裏返した形のように大きく曲がった笠ノ川川かさのかわがわを挟んだ地。西に位置する長宗我部軍は、本城である岡豊城を背に約六〇〇〇の大軍を展開する。対して我が細川軍は、東側に土佐国分寺を背にして約二〇〇〇の兵で布陣していた。


 これが長宗我部 国親が自信たっぷりだった理由と言える。両軍の数には三倍の開きがあった。

 

 よくこれだけの兵を掻き集めたものだと感心しながらも、これなら確かに小細工は必要無いと納得する。あれだけ目立つように兵を集めていたのは、挑発ではなく兵の多さを派手に誇示して俺達の戦意を奪おうと考えた策だと納得した。


 ……俺達が野戦しか選択できないと読み切った上での行動と言える。


 今回のように両軍の兵力差が大きい場合は、通常なら篭城戦の一択だ。改田城で敵の攻撃を凌ぎ、援軍を待つのが定石である。


 だが、今回はそれを選択できなかった。


 援軍となると真っ先に根来衆や雑賀衆の傭兵が頭に浮かぶが、残念ながら先約がありこちらに兵を回す余裕が無い。と言うのも、これから尾州畠山家が畿内で軍事行動を開始する。史実での「舎利寺の戦い」に向けた前哨戦だ。根来衆や雑賀衆はそれに従軍するのが早くから決まっていた。


 他にも、室津にいる水軍を動員して長宗我部軍の後背を突くという方法もある。


 しかしそれは、長宗我部軍の兵数の多さから効果的な成果が得られないのが見えている。後背を突こうとしても、迎撃部隊を編成するだけで良いという面白くもない回答が控えているだけであった。


 それに元々改田城は砦に毛が生えた程度の規模しかなく、大軍を受け止めるのに向いていない。時間稼ぎなど以ての外、力攻めで簡単に磨り潰されるのが目に見えていた。


 かと言って戦線を下げてしまえば、今度は皆が頑張って開発してくれた土地が荒らされてしまう。俺達が追い詰められてしまった場合はそれも仕方ないとは思うが、現時点ではこれまでの努力を水泡に帰してしまうような真似はできなかった。


 だからこそ、長宗我部軍は俺達がこの地にのこのことやって来るのをじっと待ってくれていた。その堂々とした姿は王者の風格さえ感じてしまう程である。


 ──完全に勝った気でいるな。これは。


「お前等喜べ。これから楽しい楽しい戦の時間だ。合戦中に漏らしたら大変だからな。今の内に出すものは出しておけよ」


 細川軍にも不安要素があるので、その気持ちはよく分かる。こちらは何とか兵を二〇〇〇揃えられてはいるが、まだまだ新兵も多く、いざ戦いとなればどれだけ動けるかは疑問だ。特に五〇〇程は、俺が長宗我部と戦うからと元田村荘の住民や安芸城の村から志願してくれた素人同然でしかない。練度の高さを売りにする常備兵には程遠いと言えるだろう。


「相手が何者だろうと関係無い。俺達は普段通りの戦をすれば良いだけだ。装備の確認を忘れるな」


『応!!』


 けれども、俺の目に映る将や兵達は誰もが真剣な表情をしており、怯えや臆病風に吹かれている姿を一切見せない。


「敵の数はたかが三倍だ。俺達を倒すなら一〇倍は用意してくれないと困るからな。それを今から長宗我部に教えてやるぞ」


『応!!』


 例え敵の数が自軍の三倍だと知っても、援軍が無いと知っていてもそれは変わらなかった。


「この戦、俺達の勝ちだ。思う存分手柄を立てて来い。気合を入れろ! 伝説を作るぞ!!」


『応ぉぉぉ!!』


 ──悪いな長宗我部よ。俺達も負ける気がしねえわ。

 


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 皆への激励を終えて本陣に戻ると一人の男が膝を付き控えていた。名は杉谷 善住坊すぎたにぜんじゅぼう。杉谷 与藤次の息子であり、かの有名な織田 信長おだのぶながを狙撃した事で有名な人物である。狙撃自体は失敗したが、それでも傷は負わせた。この時代なのでスコープは使えず、アイアンサイトでの照準となる。恐ろしい腕前を持っている。


 但し、それは史実での話だ。


 この世界での善住坊は違った方向へ才能を開花させる。いや、俺が魔改造をしたと言うべきか。


「国虎様、準備が整いました」


「……ったく。演説の時にいなかったから用でも足しているのかと思っていたら、黙々と作業していたのか。相変わらずだな。まあ良いか。よし、合図を出したら早速始めてくれ。この戦は善住坊の働きが全てだ。長宗我部を完膚なきまでに叩きのめしてくれ。頼むぞ」


 短く「了解」の一言を残して持ち場に戻っていく。愛想一つ無い必要最低限しか話さない寡黙な仕事師へと成長していた。


 現在は狙撃手とは全く関係の無い仕事を任せているが、それでも裸眼で狙撃できるという元々の視力の良さは存分に活用している。加えて土佐にやって来てからこれまでの四年間で数学方面の能力が向上していた。


 懐かしの「三平方の定理」や「放物運動」がこんな所で役立つとは思いもしないだろう。


 どちらも厳密に言えば間違っている。特に放物運動と弾道計算は似ているようで全くの別物だ。


 それでも何も無いゼロの状態から始めるより遥かに楽と言える。指標の有る無しではその後の修正の手間が段違いだ。ただ単純に目標までの距離を知り、発射角度を決めるだけの話だが、善住坊にはそれが計算式で導き出せた。


 結果、最新鋭のエリート部隊の隊長という大抜擢を行なう。対長宗我部戦への切り札とも言える俺が親信に依頼して作ってもらっていた物を任せるにはうってつけの人材と言えるだろう。


 そして、今日がそのお披露目の日。これからその真価が発揮される。


「それじゃあ派手にやるぞ! 種子島擲弾筒、通称『新居猛太』、全弾発射!!」


 俺の掛け声と共に側に控える有沢 重貞が持っていた旗を大きく振り、杉谷隊へ合図を送る。


 その後、派手な爆発音が五つ連続で大きく響き、風で流された白煙がこの本陣にまでやって来た。


 打ち出された特製の擲弾が綺麗な放物線を空に描き、吸い込まれるように約一キロメートル先の長宗我部軍の奥深くへと降り注ぐ。


  立て続けに五つの爆発音を起こし、大きく黒煙を吹き上げた。


 これが種子島銃の変態カスタムの一つ、力技で作り上げただけの新兵器の性能であった。


 名前は旧日本軍で使用された「八九式重擲弾筒」の米軍兵士呼称である「ニー・モーター」から頂く。「新居猛太」の形状自体が百もんめ (約四〇ミリ)口径の筒に支柱、角度調整用のアーチ型の台座という「八九式重擲弾筒」そのものから分かり易い呼び名とした。


「外しても良い。どんどん打ち込め。俺達に喧嘩を売った愚かさを骨の髄まで分からせてやれ」

 

 戦国時代では絶対に反撃不可能な距離からの一方的な擲弾攻撃がこの兵器の特徴である。しかも、兵が多ければ多い程、密集していればしている程より効果が大きくなる。長宗我部にとってはまさに悪魔の兵器とも言えるだろう。


 さあ、ここからは反撃の時間だ。これまでの借りを一〇〇倍にしてきっちりと返してやる。

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