第40話 炎VS風

 般若面へのダメージを最小限にして捕らえようと考えていたが、こいつに関しては対峙する前から怒りが頂点に達していたため、感情を抑えられない。

 

「俺を挑発したことを後悔させてやるよ。まずはそこを……どけぇ!」


 魂式を高めて力任せに刀を押し上げる。その勢いで般若面は空中に浮かぶ形になった。

 

「壱ノ型――赤光しゃっこう!」


「ぐはぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!」


 すかさず般若面のみぞおちに炎の拳を思い切り叩き込む。今度は般若面が湖面を水切りのように転がっていき、しばらくして止まった。

 ヤツは片手を湖面について、もう片方の手で腹を押さえて苦しがっている。俺はヤツの近くまで歩いて行き冷たい目で見下ろした。


「さっき藻香が俺に言ったんだよ。『私を殺してくれ』って。大切な人たちを巻き込みたくないから終わらせてくれってさ」


「ふっ、凶悪な妖の生まれ変わりにしては賢明な判断ですね。――それで、あなたは結局彼女を殺めることが出来なかったという訳だ。人間にとって脅威の存在を取り除くチャンスをみすみす逃すとは、退魔師失格なんじゃないですか?」


「お前が俺たちを語るな。――その後、藻香の本心を問いただした。あいつは死にたくないって泣きながら言っていたよ。家族と友達と生きていきたいと。あいつが望んでいるのは普通の女の子の生き方、ただそれだけなんだよ。けど、そんなあいつをお前等は『殺してくれ』と言わせるほど追い詰めた。それを……許せるわけがない!!」


 俺が怒りをぶつけると般若面は突然笑い出す。全く動じていないのが腹立たしい。けれど、こいつならこういう反応をするだろうとも思っていた。


「彼女を追い詰めたのは我々だけと思っているのですか? あなた方『陰陽退魔塾』も同じですよ。彼女が白面金毛九尾の生まれ変わりだという情報を得て、あなた方がやったのは護衛と言う名の監視です。その監視役を現地の退魔師ではなく、わざわざ『六波羅』の人間にやらせたのにも意味があります。当事者のあなたなら分かりますよね?」


「――護衛対象が妖側に協力するようなら手に掛けろ、という意味なんだろうな。だから戦い慣れていて命令も伝達しやすい『六波羅』の退魔師にやらせたんだろ」


 この時、『六波羅』を発つ前に師匠の表情が優れていなかったのを思い出す。いざとなれば俺に汚れ役をやらせなければならないと思っていたのだろう。


「これで分かったでしょう。結局はあなたも彼女を追い詰める加害者なのですよ。一方的に我々だけを悪者にするのはいただけませんね」


「――言いたいことはそれだけか?」


「何ですって?」


「言いたいことはそれだけかって訊いてるんだ。どっちがいいとか悪いとか、そんな事は俺にとってどうでもいいんだよ。俺は藻香を守る」


 俺が言い切るとヤツは再び嘲る。全く俺を信用していない様子だ。ダメージが和らいだのか、立ち上がり仮面の奥から殺気を向けて来る。


「仲間を裏切ってまで九尾を守ると? 馬鹿馬鹿しい話ですね。相手は凶悪な妖の生まれ変わりですよ。全てを敵に回してまでそのような者を守ろうだなんて、彼女に篭絡ろうらくでもされましたか?」


「あいつがそんな器用なタマな訳が無いだろ。あんなエロボディしてるくせに、おぼこさ全開の女だぞ。そこら辺の女子中学生の方がよっぽど男慣れしてるっつーの。――つまり、俺が知ってる玉白藻香って人間は、食べる事が大好きで、お婆ちゃん子で、友達思いなだけの普通の女の子だ。そんな彼女だからこそ守りたいと思った。それに、俺にはこの任務を託してくれた師匠やじっちゃんの真意が分かる。二人とも俺なら藻香を守りきれると信じてくれたんだ。その思いも含めて、俺はあいつを脅かす敵を叩き潰す」


 般若面は身体を震わせ始める。どうしたのかと訝しんでいると、ヤツは突然笑い出した。今まで見せていた嘲笑とは違う、ただ純粋に面白くて仕方がないという笑い方だ。


「あはははははははははは! こんな甘ちゃんな退魔師がいたとは驚きです。ふふふふふ……優しさや善意だけでは生き残れませんよ。この世界は残酷なんです。力こそが全て。無力な者は全てを奪われ、最後はむごたらしい結末を迎えるのみ。あなたもその一員にしてあげますよ」


 ひとしきり笑った後、般若面は内に秘めていた残虐性とおどろおどろしい魂式を解放した。

 ここからが本番だと言いたいのだろう。

 クスクス笑いながらヤツは刀に魂式を集中させ始めた。刀身から風が発生し俺に刃を振う。

 湖面が何かに斬り裂かれたかのような水しぶきを上げて俺に迫る。それが俺を通過すると頬を何かが斬りつけていき血が流れ出る。

 

「速すぎて身動きが取れなかったようですね。今ので分かったと思いますが、私の魂式は風の属性です。刀から繰り出される風の刃は縦横無尽の動きで標的を斬り裂きます。それに――」


 再びヤツは刀を振るい、風の斬撃が俺の身体をかすめていく。だが攻撃はこれで終わりではなかった。

 般若面は舞うようにして刀を振り続け、その度に風の刃が四方八方から俺の身体を傷つけていく。但しそれらは全て破魔装束や俺の皮膚の表面を裂くのみで致命傷には至らなかった。

 

「どうですか、私の〝風刃ふうじん〟の切れ味は。それにコントロールも中々でしょう?」


「…………」


 瞬く間にボロボロになり、立ったまま動かない俺を得意げな声で挑発する。一方的に俺をなぶることに興奮しているのか、明らかにテンションが高くなっている。

 俺の姉弟子といい、こいつといい、風の技を使う人物はどいつもこいつもサディストなのだろうか。


「それでは今度は四肢のどれかを切断しましょう。それが嫌なら必死で逃げ回ってくださいね」


 物騒なことを言いながら風の斬撃を再び繰り出す。今度は最初から俺の脚を狙ってきたので、咄嗟に横に移動して回避する。

 先程までいた場所に風の刃が数発撃ち込まれ水柱が上がる。その状況を見ていた般若面は仮面越しに驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して再攻撃を仕掛けてきた。

 今度は刀を持つ右腕を狙ってきたので、左側にサイドステップして躱す。俺に当たらなかった風の刃は後方で湖面に当たって水しぶきを上げた。

 

「な……バカな。連続で躱しただと!?」


 自慢の風の技を回避されてショックを受けているのが見え見えだ。いい気味だ、ざまあみろ。


「最初の攻撃はわざと躱さなかったんだよ。お前の風の技をじっくり観察するためにね。その結果は、まあまあってところかな。及第点だ」


「ふざけるな。私の風刃を見切ることなど出来はしない!」


「確かに一般的に見れば驚異的な技だよ。風の技は速いし見えにくいしで対処が難しいからな。――けど、俺はもっと強い風の使い手を知っている。昔から毎日のようにそいつにボコボコにされてきたから、その程度の風は俺には効かないよ」


 そう、あの悪魔のような姉弟子に比べればお前なんてチンピラみたいなもんだ。恨むのなら、あの悪魔の申し子『風花美琴』を恨むんだな。

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