第39話 湖上の死闘
「いつ俺たちに向かって来るかと思って準備しておいたけど、お行儀よく話が終わるまで待っていたみたいだな。だからと言って手を抜くつもりはないけどさ」
「準備……って、もしかして刀を抜いたのは?」
いつの間にか泣き止んでいた松雪が問うので素直に答える。
「あそこにいる般若面が姿を見せたからに決まってんじゃん。まさか、俺が藻香を斬るために抜刀したと思ったの? んなわけないだろ」
呆れる朝斗、怒る松雪、藻香に至っては何故か笑い出す。俺は三人にここから離れるよう再度促し足底部に魂式を集中して湖面を歩き出した。
すると、藻香が俺に声を掛ける。
「燈火、ありがとう。おかげで色々吹っ切れた気がするわ。あなたが帰ってくるのを待ってるから」
「任せろ。それじゃ、行って来る」
俺は湖面を歩き続け、般若面の前まで来ると立ち止まった。ヤツと俺の距離は数メートルと言った具合か。
刀を抜いた俺が近づいているのに、ヤツは抜刀することもなくその場で身動き一つせずに待ち構えている。
「随分と余裕だな。俺が藻香の前で刀を抜いた時は少し焦ったんじゃないのか?」
「まさか。あなたが彼女を傷つけるとは微塵にも思っていませんよ。下手な挑発に乗る訳が無いでしょう。それにしても上手くやりましたね。少なくとも二、三名は人死にが出ると思っていたのですがまさか死者無しとは……さすがは『六波羅陰陽退魔塾』の退魔師と言ったところですか」
こいつ、俺の素性を調べたのか。
俺が黙っていると、般若面の奥からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「こちらの情報収集能力を侮ってもらっては困りますね。あなたもこそこそ動き回っていたようですが、あの程度では私を掴まえることは不可能ですよ」
「――なるほどな。確かに甘く見ていたみたいだ。でもこれでお前のバックが見えてきたよ。般若面、お前は『
「…………」
「さっきまで饒舌に動いていた口が止まってるぞ。案外お前も分かりやすいヤツだな。妖を支持する人間による組織『土蜘蛛』。近年、妖が大量発生している裏でお前らが暗躍しているという情報が入っている。ここでお前を叩きのめして、組織の情報を吐いてもらう。藻香を追い詰め傷つけた罪を利子付けて払ってもらうぞ、般若面!」
俺は湖面を思い切り蹴り込み般若面に突撃した。蹴り込んだ場所が爆発したかのように弾け飛ぶ。
「笑止。返り討ちにして差し上げますよ。――退魔師!」
『ギィィィィィィィィィィン!』
俺と般若面の刃が激しくぶつかり合う。鈍い金属音が湖上に轟き、衝突時の余波が湖面を揺らす。
「この
「本気で戦うと周囲に被害が出かねないからな。それに本気じゃ無かったのはお前も同じだろ。お互い様だよ」
「くくく。いい……実にいい。あなたとは楽しい一時が過ごせそうですね」
「余裕ぶっていられるのも今のうちだよ。すぐにその面を引っぺがして素顔を恐怖で引きつらせてやる」
しばらく鍔迫り合いをした後、同時に一旦離れる。互いに湖面を走り一定の距離を保ちながら相手の出方を窺う。
まずは遠距離攻撃で敵にプレッシャーを与えるか。
刀に魂式を集中し、炎が刀の反りに沿って伸びていく。その刃を大きく弧を描くように振うと大きな車輪の炎刃を形成した。
「六波羅炎刀流、
斬り放たれた炎の車輪は般若面目がけて飛んでいくが、敵は避ける素振りが無い。どうするつもりだ。
般若面は刀を振り上げると湖面を思い切り斬り裂いた。その勢いで大量の水が大波のように打ち上げられ、ヤツの目の前に分厚い水の盾が出現する。
「甘いんですよ」
高温の火車と多量の水が衝突し、小型の水蒸気爆発が発生する。爆心地を中心として湖水が周囲に広がっていき、湖の岸は水没し木々がへし折れた。
生徒たちは早めに避難していたため押し寄せる大量の湖水に飲み込まれずに済んだ。
俺は爆発から逃れるために後ろに下がり敵の攻撃に備えるが、周囲は大量の蒸気が視界を遮り見通しが非情に悪い。
魂式と感覚を研ぎ澄ませ、ソナーのようにして敵の気配を探る。すると、前方から猛スピードで接近する魂式を感知した。
「正面か」
「串刺しにしてあげますよ!」
直後、般若面は刀の切っ先を俺に向けながら突進してきた。突き刺す気満々なのが良く分かる。
横に移動して避けようとすると、敵はそのまま刀を横薙ぎにして斬りかかって来た。
「ちぃっ!」
刀身で般若面の横薙ぎを受けると、ヤツはそのまま力任せに俺を斬り飛ばした。斬撃は俺に届かなかったが、そのパワーは凄まじく吹き飛ばされた俺は水面を転がり受け身を取る。
転がりつつすぐさま起き上がると、再び般若面が俺に斬りかかって来た。
自重を十分に乗せ、真上から振り下ろされる斬撃を再び緋ノ兼光の刀身で受ける。
刀の峰に左手を添えて押し切られないように耐えるが、般若面はパワーがあり湖面で踏ん張る俺の足は少しずつ湖の中に沈んで行く。
「『六波羅』の退魔師も大したことありませんね。正直、もっとやるものと思っていましたがこの程度とは――がっかりです」
「これで勝ったつもりか。気が早いな」
耐える俺の姿を眺めながら般若面は冷静に言い放つ。
「それに、何度か斬り結んでいて分かったのですが、あなたからは確固たる殺気を感じない。私を殺さないように戦っていますね? その甘さが鼻につくんですよ。これは純粋な命のやり取りです。殺そうとしなければ殺されてしまいますよ?」
「最初に言っただろ。お前から訊きたいことは山ほどあるんだよ。『土蜘蛛』の情報を得るチャンスは逃せないからな」
俺が言うと、般若面の声が低くなり俺に語りかけて来る。
「それは本心ですか? 確かに表面的に殺気は感じませんが、その感情の奥に私への憎しみをあなたからは感じます。それを解放して戦えば、もう少しいい勝負が出来るかもしれませんよ。――それに、ここで負ければ私の標的は白面金毛の転生者に移ります。ついでにその近くにいる生徒は血祭りにして彼女の前に晒してあげましょうかね。そうしたら、彼女はどんな顔をするのでしょうね。想像するだけで、興奮してしまいます。くくくくくくくくっ」
「この……野郎!!」
丁寧な話し方をしながらも残虐的な本性を見せ嘲笑する般若面に対し、俺の中で押し殺していた怒りが湧き上がって来るのを感じた。
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