第38話 白面金毛九尾の狐

 ――白面金毛九尾の狐。妖の中でもトップクラスの妖力を持ち、その外見は白い顔と金色の毛並みの美しい妖狐で九本の尻尾を保有していたという伝説の妖だ。

 『陰陽退魔塾』の宿敵である『百鬼夜行』の首魁、酒呑童子と並ぶ最強の存在だったと言われている。

 人間の女性の姿になることもでき、その容姿は非常に美しく多くの男たちを魅了したらしい。


 彼女の言ったように自分は転生者だと言われたら、普通は疑いの目で見るだろう。

 けれど、俺は目の前にいる幻想的な雰囲気を纏った少女を目の当たりにして、とても納得がいく感じがしていた。

 普通の人間とは違う儚さと美しさを内包した、まるでおとぎ話に出て来る登場人物でも見ているような感覚だった。

 その姿は一ヶ月間共に過ごした藻香のはずなのだが、今俺の眼前にいる少女は全くの別人のように見える。

 その時俺たちの後ろの方で人の気配がした。振り返るとそこには松雪と朝斗が立っていた。二人とも青ざめているところを見ると今の話を聴いていたらしい。

 藻香の位置からだと最初から二人がいることに気が付いていたはずだから、承知の上で話したのだろう。

 藻香は少し悲しそうな顔をしてかなみを見ると、視線を俺に向けて話を再開した。


「燈火、あなたにお願いあります。――私を殺して欲しいのです」


「――は?」

 

 思わぬ発言に間抜けな声で返してしまった。どうしてそんな思考になるのか俺には分からない。

 俺の呆けた表情を見て藻香は説明を付け加えた。


「今回のこの襲撃は私へのメッセージです。『いつでも私の周囲にいる者を手に掛けることが出来る、と。それが嫌ならば、すぐに自分たちの所へ来い』と言いたいのでしょうね。これだけの準備をしながらも下級の鬼しか用意せず被害が出にくくしたのは、今の私を殺めないようにすることと、被害が広がれば私が敵対の意思を強くすると考えたからでしょう」


「確かに、現状でも藻香は鬼と互角以上に渡り合っていたからな。――そうか、そういう意図だったのなら辻褄が合う」


 くそっ、ふざけた話だ。ヤツらは藻香を連れ去るんじゃなく、彼女を脅して自分の意思で『百鬼夜行』に身を投じるように仕向けた。

 今回は運よく死人は出なかったが、同じような事が起きれば次も上手くいくとは限らない。

 いや、次はもっと強力な戦力を投入してくることは明白だ。そうなれば、被害がどれほどになるのか予想がつかない。

 

「――状況は分かった。けど、それでどうして俺がお前を殺さなきゃいけないんだよ」


「『百鬼夜行』の目的は、彼の地に封印されている九尾の身体に現在の魂を戻すことです。そうなれば、白面金毛九尾は完全に復活します。千年もの間封印されている私の身体がどのような状態になっているか想像がつきません。復活の際、私は自我を失い破壊衝動に身を任せてしまう可能性も十分にあります。――私はそんなことはしたくない。静かに暮らす人たちの生活を脅かすようなことはしたくないのです。だから、そうなる前に――」


「俺の手でお前を殺せっていうのか?」


 藻香は頷く。澄んだ瞳で俺を見つめている。そこに強い意思が込められているのが分かってしまう。


「魂式を解いた今の私なら問題なく倒せます。だから、せめてあなたの手で私を終わらせて欲しいのです。私の最後の我儘を聞いてもらえないでしょうか?」


「…………」


 言葉が出ない。彼女の言い分は分かる。けど、俺が藻香を手に掛けるなんて考えられない。

 俺が黙っていると松雪が藻香の前に立って両手を広げていた。視線を俺に向けて涙を流している。


「お願い、式守君。藻香を殺さないで! 元々は私のせいなの。昔私が危険な目に遭って、それを藻香が火狐の力で助けてくれたの。それが無ければ、藻香は誰にも狙われずに静かに暮らせていたはずなの。――なんでもするから、お願いします。私の親友を殺さないで。お願いします。お願い――」


 松雪はその場で泣き崩れてしまい、藻香が彼女の身体を支え抱きしめていた。


「かなみのせいなんかじゃないよ。遅かれ早かれ私の存在は気付かれていた。来るべき時が来ただけよ」


 俺は藻香を見る。――そして、鞘から緋の兼光の刃を解き放った。

 

「燈火、まさか本気で玉白を斬る気じゃないよな。嘘だよな?」


「燈火君!?」


 朝斗と楪さんが俺の行動を見守っている。俺はゆっくり藻香の方に歩みを進めていった。そして彼女の目の前まで来ると立ち止まる。


「藻香、吉乃さんには何て伝えればいい?」


 藻香は一瞬ハッとした表情になるが、すぐに微笑みの表情を俺に見せる。


「十六年間育ててくれて、たくさん愛情を注いでくれてありがとう、と伝えてください。それと今海外にいる父と母にも愛していると言っていたと」


「そうか。分かった」


「ありがとう、燈火。かなみ、私から離れて」


 松雪は泣きじゃくりながら必死に藻香にすがり付いて離れようとしない。藻香は困り果てているようだった。

 そんな藻香に再度俺は声を掛けた。


「大切なことを訊くのを忘れてたよ。玉藻前としてではなく玉白藻香としてのお前に訊きたい。――お前の本音を聴かせろ、藻香。他人への迷惑がどうとかそんなの関係なしに、本当はどうしたいのか、何を望んでいるのか、俺に教えろ!」


 俺の視線と藻香の視線が絡み合う。お互いに視線を外すことなく見つめ合う。しばらくすると、藻香の瞳が潤み目から涙がこぼれ始めた。


「わた……し……ほんとは……死にたくなんてない。まだ死にたくない。かなみや皆と生きていきたい。お婆ちゃんとママとパパと一緒にまたご飯が食べたい。普通の女の子のように、好きな人と……デートとかしてみたいし……結婚も昔からの夢だったし……でも……でも……私は存在するだけで危険な化け物なのよ。私がいれば近くにいる大切な人たちが不幸になる! そんなの絶対に嫌! だから――」


「それだけ聞ければ十分だ。死にたくないんだよな、生きたいんだよな。――だったら、悩むことなんて無い。精一杯全力で生きろ。もしも、それを邪魔するヤツがいるのなら、俺が叩き潰す。助けて欲しい時は俺を呼べ。必ず助けに来る」


「――え?」


 ポカンとする藻香に俺は二カッと笑って見せる。そして彼女の頭に手を置いて髪をグシャグシャにする。


「ちょ、なにすんのよ」


 髪を無造作に扱われて藻香は目に涙を溜めながらムッとした顔を俺に向ける。


「はははは! さっきまでのしおらしい顔や妙に丁寧な口調よりも、その強気な表情と砕けた話し方のほうが藻香らしくて俺は好きだよ。――安心しろ、お前の眼前の障害は俺が全部焼き払う。楪さん、湖から皆を非難させてください」


「! ――分かりました」


 いきなり話を振られて、一瞬戸惑う楪さんだったが俺の意図に気が付くとすぐに行動を起こしてくれた。

 皆に湖から離れるように注意喚起し、生徒たちが避難を開始する。

 

「おい、燈火どういうことだよ。何が起きるんだ?」


「朝斗たちもすぐにここから離れろ。とても手加減できる相手じゃなさそうだからな。――ようやくお出ましってわけだ」


 俺の視線の先に皆が注目する。月光に照らされ輝く湖の上に人が立っている。その人物は退魔師の物に似た黒い装束に身を包み般若の面を着けていた。

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