第36話 火車

「うわああああああ、落ちる落ちるぅーーーー!」


「うるさいわよ萩原。喋る余裕があるなら、その分必死で掴まりなさい」


「言っておくけど、落っこちたら一々拾ってやる余裕はないからな。そうなったら全速力で俺たちを追いかけるんだぞ」


「むしろ落ちてくれた方が移動スピードが上がっていいかも」


「お前ら俺に対して冷たすぎやしませんかね!?」


 何だかんだ言いつつ朝斗はしっかり火狐にしがみついていた。この調子なら振り落とされる心配はないだろう。

 俺は火狐と並走して紅義山の山頂を走っていた。山頂には大きな湖があり、月光を反射してきらきら輝いている。

 この幻想的な雰囲気のスポット近くを全速力で駆け抜けていく。少し切ない感じがしたが今は緊急事態。

 やるべきことが終わったら、ここで釣りでもしてみたいね。


 山頂を走る最中、朝斗が俺に質問してくる。


「燈火、お前っていったい何者なんだよ。式武を使っていたし、退魔師――なんだよな?」


「俺は『六波羅陰陽退魔塾』から派遣された退魔師だ。ある任務でお前らの学校に通っている。それだけしか説明できない。悪いな」


「それじゃ、私たちの味方ってことよね。それだけ分かれば十分だわ」


 朝斗と松雪は納得してくれたみたいだ。藻香は俺と顔を合わせると、気まずいように顔を背ける。

 俺と藻香の間のぎくしゃくした感じを察したのか、松雪と朝斗も黙ってしまう。そうしている間に北側への斜面が見えてきた。

 この正面の方向から妖力をいくつも感じる。その付近では小規模の魂式が逃げ回っているようだ。

 一気に接近して妖を倒さなければ生徒の命が危ない。


「俺はここから跳んで一気に敵に突っ込む。お前らは後から来てくれ。それじゃっ」


 斜面に差し掛かる場所で脚に魂式を込めて空高く跳躍する。眼下には紅義山の雄大な密林が広がっている。

 その中に妖力と共に敵の姿を視認した。――やはり鬼だ。敵は結界用の護符を使って日中は動かずやり過ごし、夜中になってから活動を始めた。

 知性のある妖でなければこの作戦は成り立たない。そうなると、鬼が適任だったということだろう。


「うわあああああああ、高いいいいいいい!」


 後ろの方から男の叫び声が聞こえる。藻香たちを乗せた火狐も空高く跳んできたようだ。その背中で朝斗が泣いていた。


「燈火、私たちも一緒に行くわ」


 藻香の顔からは真剣と言うより必死さが見て取れる。この事態の原因は自分にあると思っているんだろう。

 

「それなら絶対に俺の前には出るな。後方支援に徹してくれ」


「分かったわ」


 再び前方を見ると、先程見つけた鬼が生徒に手を伸ばそうとしている場面が目に入る。このままでは間に合わない。

 鞘から緋ノ兼光を引き抜き刀身に魂式を込める。刃は炎を纏い刀の反りに沿って炎を延ばしていく。

 延びる炎は弧を描き、俺は手首のスナップを利かせて大きく弧を描くように刀を振るった。

 炎の弧と斬撃の軌跡による曲線が一つに交わり炎の大きな円弧をかたどった。


「六波羅炎刀流、ノ型――火車かしゃ!」


 車輪の形をした炎刃を鬼に向けて斬り放つ。回転しつつ高速飛行する火車は生徒に手を伸ばした鬼の体幹に直撃し、回転運動を速めながら焼き斬っていく。


『ぎゃああああああああああ!!』


 鬼は身体を焼き裂かれ消滅した。すぐ近くにいた女子生徒は何が起きたのか分からないというように、鬼がいた場所を茫然と見ていた。

 俺と藻香たちを乗せた火狐は、その女子生徒の近くに下り立ち傍に駆け寄る。未だ茫然としている少女の頬を叩くと彼女は正気を取り戻した。


「あ、あれ、妖はどこに行ったの? わ、私、殺されるところだったのよ」


「妖は俺が倒したからもう大丈夫だ。君の仲間たちは無事か? 居場所が分かるなら案内して欲しいんだけど」


 俺とは面識のない女子生徒だ。黒い破魔装束を着ているので退魔科の生徒だろう。

 藻香たちが彼女を知っていたようで、傍に行って落ち着かせている。

 俺が周囲に気を配っていると話を終えた藻香が俺のところにやって来た。


「さっき倒した鬼に怪我を負わされた人がチームメンバーと一緒にこの先に隠れているみたい。彼女は一人で救援を呼びに行くところだったらしいわ」


「そうだったのか。治癒の護符なら何枚か持っているから、藻香たちはこれを持ってその人を治療してくれ。俺はこの周囲にいる妖を全滅させてくる」


 俺は藻香に治癒用の護符を数枚渡して、一番近くにいる妖の方に行こうとした。その時、藻香が俺を呼び止める。


「燈火、ちょっと待って」


「どうした?」


「こんな時にごめん。これだけは伝えておきたくて。――この戦いが終わったら、あなたに話すわ。私を守れっていう任務の真相、どうして私が般若面に狙われるのかを。だから必ず戻って来て」


 藻香の目はまっすぐに俺を捉えている。そこには迷いは感じられなかった。どうやら彼女は本気らしい。


「大丈夫、問題ないよ。俺は『六波羅』の退魔師だからな」


「うん」


 俺が笑って答えると藻香は安心したように笑みを見せてくれた。

 そして、俺は皆と離れて妖退治に乗り出した。藻香がいれば俺がいなくても安心だ。

 ここからは狩る者と狩られる者が逆転する。俺の眼前には鬼と言う名の獲物が群がっていた。

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