第34話 即席のフォーマンセル

 正直危なかった。もう少し俺が到着するのが遅れていたら朝斗の頭がとんでもない事になっていた。心臓に悪いったらありゃしない。

 それと、驚いたことがある。藻香が巨大な炎の四足獣を従えて鬼と互角に渡り合っていた。

 最初は契約した式神を召喚したのかと思ったのだが、よく考えるとおかしい事に気が付く。


 陰陽師は式神と契約し、その力を借りて戦うのだが契約するにはそれに準じた儀式が必要だ。

 強力な力を持つ式神との契約は『陰陽退魔塾』の施設で行われる事になっており、その経緯は必ず記録に残る。

 単独で鬼と渡り合える式神となれば尚更だ。

 だが、藻香が式神と契約したという記録は残っていない。それに加えて彼女の式神をよく見ると、狐の姿をしている。

 それ自体がおかしい。俺の知っている限り、狐の姿をした式神は存在しないのだ。


 狐にまつわる霊的な存在は、大きく二種類に分けられる。神か化物だ。

 一般的にお稲荷さんと言われ神社で祀られているのが神として代表的な例だ。その一方で化物として様々な種類が存在する。

 それらを考えると藻香が指揮しているあの火狐は正体不明の存在だ。いや、違うな。俺の中ではあれが何なのかある程度の予想がついている。

 もしそれが俺の考えた通りなら、藻香は――。

 とにかく今は紅義山に現れた妖たちを殲滅する事が最優先だ。


「藻香、三十秒間そっちの鬼を任せてもいいか?」


「大丈夫、問題ないわ」

 

「よし、それじゃ頼んだぞ。こっちをすぐに片付けるから、それまで耐えてくれ」


 俺の目の前にいる鬼が怒りで震えていた。額に青筋が浮き上がり目が血走っている。


『このクソガキ、俺を雑魚呼ばわりするとはいい度胸じゃねぇか。その調子に乗ったドタマをかち割って、その中身をぐちゃぐちゃに踏み潰してやる』


「あー、うるさい、うるさい。本当にお前ら鬼って品のないことを得意げに喋るよな。いつも内臓がどうの脳みそがどうの。いい加減うんざりだからとっとと消えろ」


 鍔迫り合いをしていた刀で斧を斬り払うと敵はバランスを崩し、ガードが緩む。

 そこに斬撃を容赦なく浴びせていく。

 斧で防御する間もなく身体中を刀で斬り刻まれ、妖特有の黒い血しぶきを上げながら鬼は逃げようとして後ろに跳んだ。


「ちくしょう、こんなに強いヤツがいるなんて聞いてないぞ。ここは逃げるが勝ち――」


「逃がすわけないだろうが。お前はここで消えるんだよ」


 俺は高速移動術の〝縮地〟で一気に敵の眼前まで移動し刀を振るう。


「ま、待て――」


 鬼が最後の言葉を言い終わる前に、俺は緋ノ兼光の刃でその首を刎ねた。首から下は力を失い地面に無造作に落下し、頭部は身体から離れた場所に「ぼとっ」と音を立てて落ちた。

 斬り離された二つの身体は燃え上がり、間もなく灰となって跡形もなく消滅した。


「――次!」


 斧の鬼の消滅を横目で確認しながら俺は藻香のもとへ急行する。彼女は召喚した火狐を巧みに操り牙の生えた鬼を尻尾で殴りつけていた。

 距離が開くと火狐の火の玉で牙の鬼を追撃し終始圧倒している。藻香がこれほどの実力を持っている事に驚く。

 それにどこか戦い慣れている様にも見える。とても初陣の戦い方じゃない。


「一気に畳みかけるぞ」


「分かったわ」


 俺と火狐は牙の鬼の左右に回り込んで近接戦闘に踏み切る。二人同時に相手は出来ないと考えたのか、敵は俺に向かって来た。


『クソガキが生意気なんだよ。死ねやぁぁぁぁぁぁぁ!』


 その瞬間に鬼に炎の玉が直撃し、その身を炎が包む。藻香が符術で援護をしてくれていた。殺傷能力は低いようだが、動きが止まった今がチャンスだ。


「はあああああああああ!」


 身体にまとわりつく炎を振り払おうとして、がら空きになった胴を横一文字に斬り裂き、傷口から炎が噴き出る。


『ぎゃあああああああああ!!』


 牙の鬼は苦しみ動きが止まったところを火狐が攻撃、敵の上半身を噛み千切った。

 その場には鬼の下半身だけが直立したまま残り、分断された場所から黒い血液が噴水のように噴き出た。

 火狐は口内に収めた敵の上半身をそのまま燃やし尽くし、下半身は灰になって消えた。

 藻香たちは鬼二体による奇襲を受けたが、誰一人犠牲者を出すことなく戦いを乗り切ったのである。


 敵がいなくなったことで安心したのか朝斗と松雪はその場に座り込んでしまった。 

 無理もない。

 妖と戦ったことのない者がいきなり鬼と戦う羽目になったのだ。鬼からの殺意と妖力のプレッシャーを受けて発狂したり精神が壊れなかっただけで大したものだ。

 

「朝斗と松雪は大丈夫みたいだな。――藻香も怪我はしてないか?」


「ええ、私は大丈夫よ。戦闘はこの子がやってくれたから」


「それは重畳ちょうじょう


 藻香は微笑みながら大きな火狐の頭を撫で、相手も心地よさそうに頭を藻香に近づけて来る。

 俺はそれを笑いながら見ていた。だが、心の中では藻香の異常さに驚くばかりだ。

 恐らく彼女は鬼どころか妖と戦うのも始めてだったはずだ。そんな少女が初陣を冷静に戦い、戦闘後も落ち着いた様子を見せている。

 色々考えたくなるが、今は藻香の強さを当てにさせてもらおう。


「皆疲れているところ悪いけどすぐに移動するぞ」


「そうだな。鬼なんかが現れたし下山して先生たちと合流した方がいいよな」


 俺が焚き火を消しながら言うと、朝斗が疲れ切った表情で自分の本音を言う。だが、俺の考えは朝斗とは逆だ。


「悪いな朝斗、これから俺たちが向かうのは紅義山の山頂だ。そこから山の北側にいる妖たちを討つ。そうしなければ北側にいる生徒たちは全滅する。――藻香の火狐に朝斗と松雪を乗せることは出来るか?」


「大丈夫、問題ないわ。私を含めて大人三人までなら背中に乗せて移動が可能よ」


「そいつはありがたい。それじゃ、頼りにさせてもらうよ藻香。戦闘は俺がするから藻香は二人を守ってくれ。山の西側と東側の生徒たちは先生たちに任せる。でも、位置的に北側の生徒を助けられるのは俺たちだけだ。学生であろうとなかろうと、俺たちが退魔師であり陰陽師である事に変わりはない。妖に命を脅かされる人々を守るのが俺たちの役目だ。――行くぞ!」


「「「了解!」」」


 三人共緊張した面持ちをしていたが、俺の話の内容に思う所があったのか決意ある真剣な表情になった。

 これならいける気がする。俺たちは仲間を助けるべく紅義山の山頂に向けて暗い森の中を疾走するのだった。

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