第29話 風の符術の間違った使い方

「皆さんお疲れ様です。それでは試験を始めますよ」


 メイド型の破魔装束に身を包んだ楪さんが、山道のど真ん中で俺たちを待っていた。ここで待機している間、一人寂しく昼食を食べていたらしい。

 人通りが少ない場所なので、その時の様子を想像すると少し可哀想になってくる。

 そんなセンチな気分を味わった楪さんは、俺たちの姿を見ると明らかに嬉しそうに手を振っていた。

 一応設定としては教員は妖役になっているのだが、こんなフレンドリーな妖を俺は知らない。

 緊張感が皆無の中、一人気合いを入れた楪さんが符術で俺たちに攻撃を仕掛けてきた。勿論俺たちが怪我をしないように術の威力は落としている。


「瞬光たる雷、竹の段――雷爆布らいばくふ!」


 護符を二枚使用する雷系中級の符術「雷爆布」は、雷の玉を放って敵の付近で爆発させるという使い勝手が良く威力も高い優秀な術だ。

 楪さんは雷系の魂式の持ち主であるため、雷の符術であればコントロールがしやすいのだろう。

 素早い動きで距離を取りつつ、雷の符術を繰り返し俺たちにプレッシャーをかけて来る。

 

「楪先生ってこんなに強いの? 反撃の隙がないわ!」


 初めて生徒以外と戦っている三人は、本職の戦士の圧倒的な実力に面食らっている様子だ。

 彼らがそう感じるのも無理はないだろう。

 いくら手加減しているとは言え、楪さんは二級退魔師だ。若くしてその階位になるためには多くの実戦を経験しなければならない。

 その経験から来る無自覚の戦意で無意識にマウントを取ってきているのだ。それだけでも戦闘経験のない学生には十分な恐怖を与えられる。


「皆さん、逃げてばかりでは状況は変わりませんよ? 反撃をしないと」


 楪さんが煽って来る。ここは俺が反撃して楪さんに退いてもらうのが良いだろう。

 その時、風の符術の詠唱をする声が聞こえてきた。俺が横目で見ると萩原が護符を一枚指に挟んでいる姿が視界に入る。


「萩原、いけるのか!?」


「ああ! 俺に任せろ! 駆け抜ける風、梅の段――疾風!!」


 萩原は風の初級符術を楪さんに向けて放った。授業で俺に放っていた物とは威力が段違いの風の塊だ。

 

「――そこだ!!」


 萩原は疾風の軌道を変えて、楪さんと俺たちの中間地点に地面に衝突させた。その衝撃で発生した突風が地面から上空へ向かって舞い上がる。


「いいぞ、萩原! この隙に俺が決め――!!」


 萩原の攻撃で動きを止めた楪さんに追い打ちを掛けようとした時、衝撃的な映像が俺の目に飛び込んで来た。


「きゃあああああああああああ!!」


 楪さんの破魔装束のスカートが風でめくり上がり太腿の部分まで露わになったのである。

 

「スカートの中に白いストッキングを忍ばせてあるのか! それにあれはまさか――ガーターベルトの紐か!? か……完璧じゃないか!!」


 程よく鍛えられ、すらりと伸びた脚をコーティングする白ストッキングとガーターベルトの組み合わせから目が離せない。

 俺は攻撃の手を止めてその光景に見入ってしまった。戦いの中で戦いを忘れるなんて退魔師失格だ。


「まだまだぁーーーーー!!」


 気合いの言葉と共に萩原が続けて疾風を放つ。さっきと寸分違わぬ位置に着弾させ再び意図的で悪戯な風が楪さんを襲う。


「いやああああああああああ!!」


 ふわりと舞い上がったスカートが元の位置に戻る前に追撃の風が再び彼女を襲う。

 両手でスカートを必死に抑えてはいるが前を抑えれば後ろの防御が疎かになり、その逆もまた然り。

 片手ずつで前後を守ろうとすれば両サイドが勢いよくめくり上がる。

 今、俺の目の前では職人によるバリエーション豊かなスカートめくりが繰り広げられているのだ。

 萩原朝斗――恐ろしい男よ。


「ひゃあああああああああ!!」


「ちょっとぉぉぉぉぉ!!」


 今度は隣の方から女性の悲鳴が聞こえ、何事かと顔を向けると藻香の緋袴と松雪の紫袴が太腿の辺りまでめくり上がっている姿が目に飛び込んで来た。


「なん……だと!?」


 藻香の程よく肉の付いた健康的な下肢、松雪のほっそりとした下肢が露わになり俺の視線を混乱させる。

 前を向けば楪さんのおみ足が、隣を向けば藻香たちのおみ足が目に入るのだ。俺はどのおみ足を見るべきなんだ。

 俺は彼女たちから距離を取り、三人が一斉に視界に収まる位置にまで移動した。

 これで忙しく顔を動かさなくて済む。視界一杯に桃源郷が広がる。

 そう思ったのも束の間、萩原は女性三名にボコボコにされて風の悪戯タイムは終わりを迎えた。

 萩原の暴走を止めず見入っていた俺も一発ずつもらった。


「内容はどうあれ、あなた達の班は妖を戦闘不能にしたという事になります。――ですが萩原君、あんな手は実戦の場では通じないので今後は慎むように! 但し、符術のコントロールに関しては目覚ましいものがあったので、そこは高評価にしてきますね」


「あ、ありはとうごふぁいまふ」


 楪さんは俺たちの評価をした後、他の班に向けてこの場を去って行った。

 俺は地面に横たわる萩原を起こそうとしたがダメージが激しいため、治癒用の護符で回復を試みる。


「本っ当に成長しないわね、あんた達! どうしてスケベな行為が止められないの!? 怒るわよ!!」


「もう怒ってるじゃないですか」


 倒れている萩原と俺を怒り心頭の形相で見下ろす藻香と松雪。この光景も最近ではお馴染みになって来たとしみじみ思う。

 

「大丈夫か、萩原? お前の戦い――見事だったよ」


「そう言ってもらえれば本望だぜ。実は俺、どっちかって言うと脚フェチなんだ。――だから、楪先生のメイド姿を見て考えるよりも先に身体が動いちまった。俺がやった事は最低の行為だ。だけど、我が人生に一片の悔いなし! …………がくっ」


「萩原? 萩原ァァァァァァァァァァァ!!」


 微笑みながら力尽きた萩原朝斗――享年十六歳。自らの欲望に真っすぐに向かい合った短い一生であった。


「なに二人でバカやってるの? 先を行くわよ」


「「――はい。すみませんでした」」


 呆れながら先を歩いて行く藻香と松雪。死んだふりをしていた萩原と俺は何事もなかったかのように立ち上がり二人の後を追って行った。

 余談だが、この出来事を境に俺と萩原の距離はぐっと近くなり、互いに下の名前で呼び合うようになった。

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