第28話 巫女装束とポニーテール
この模擬戦は生徒たちが一年生の頃から楽しみにしているイベントである。
その理由は以前萩原が言っていたように、男女の仲が深まるチャンスであるということなのだが、もう一つある出来事がある。
それは、模擬戦は彼らの破魔装束のお披露目の場でもあるということだ。破魔装束の基本的な型は決まっているが、その中である程度のアレンジは認められている。
破魔装束に大胆な個性を出せるのは階位が高い者であり、退魔師も陰陽師も大抵は二級から認められている。
入山前に生徒たちは破魔装束に着替え、互いに見せ合って盛り上がっていた。その中で俺はと言うとジャージ姿のままである。
「すまないな、式守。業者にお前の破魔装束の発注をしていたんだが間に合わなかった。今回ジャージで参加してもらうがそれで頼むよ」
田所先生が申し訳なさそうに俺に言うが、他の生徒の破魔装束を制作している中でいきなり転校してきた俺のものを作る余裕はなかったはずだし、ぶっちゃけ自分のは既にあるので気にしていない。
「俺は大丈夫なので気にしないでください。それにこのジャージにも破魔絹が使われていますから頑丈だし、何より動きやすいので問題ないです」
俺が全く気にしていない様子だったので田所先生は一瞬意外そうな表情をした後、安堵しているようだった。
それぞれの班のメンバーが集まり出したので、俺も自分の班の人間を探していると人だかりが出来ている事に気が付く。
何事かと思い行ってみると、そこに上は白い小袖に下は緋袴という巫女装束を身に纏った藻香がいた。
正確には巫女装束の形をした破魔装束なのだが、女性の陰陽師としては定番のスタイルだ。
俺も戦場で巫女装束姿の陰陽師と一緒に仕事をしたことが多々あり見慣れていると思っていたが、目の前にいる金色の髪の少女と巫女装束の組み合わせは神秘的な雰囲気を放っていて見惚れてしまった。
俺が突っ立っていると藻香と目が合い、彼女が俺の所へやって来る。金色の髪はポニーテールにしていて歩くたびに左右に揺れている。
「何処に行ってたの? かなみと萩原君はとっくに帰って来たのに燈火がいつまでも戻らないから心配していたのよ」
「え? ああ、田所先生と話をしててさ。ほら、俺はジャージで参加だからそのことで」
藻香は俺の姿を見て納得したようだ。彼女に連れられて行くと、そこには藻香と同じように巫女装束に身を包んだ松雪と
二人は俺がジャージ姿でいるのに気が付くと、可哀想な子を見るような目で見ていた。
こうして全ての班の準備が整い、それぞれの出発ポイントへ移動する。
その間周囲を見ると皆が和風の衣装であるのに対して俺だけジャージだったのでとても浮いている感じで少し恥ずかしかった。
そんな思いをしつつ俺たちの班は紅義山の南側にある出発ポイントに到着した。
山に入ると言っても紅義山は無法地帯な訳ではなく定期的に人の出入りがあるため山道整備がしっかりしている。
普通に移動すればまず迷う事はないだろう。ちょっとした登山をするようなものだ。
藻香を見ると巫女装束に巨大リュックというシュールな組み合わせに何とも言えない気持ちになる。
本人もこれから、あの大荷物を背負って登山をするのかと少し青ざめている様子だ。
「藻香、その荷物は俺が背負うから俺のリュックを代わりに背負ってくれないか?」
「でも、これは私の我儘で持ってきたものだからさすがにそんな事出来ないわよ」
藻香は俺の申し出を断ったが、その最中バランスを崩して倒れそうになったので咄嗟に支えた。
「言ってるそばからこの調子じゃ山を登るなんて無茶すぎる。俺はこのくらい平気だから問題ない」
「でも……やっぱり悪いわよ」
申し訳なさそうにする藻香に俺は腕に着けているリストバンドを見せた。
「俺がリストバンドをいつも着けていることは知ってる?」
「ええ、四六時中着けてるわよね。――それがどうしたの?」
「これは重りになっていて三十キロある」
「――はい?」
ハトが豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、構わず話し続ける。
「俺はこれと同じものを両腕と両脚に着けている。つまり合計百二十キロの荷重が常にかかっている状態という訳だ。だからそんなリュック一つ増えたところで大して変わらない。だから気にすんな」
俺はそう言って藻香から巨大リュックを奪うようにして背負い、代わりに俺のリュックを彼女に渡した。
俺にとっては大した重さではないが、フィジカルな訓練をしていない藻香にとっては相当厳しいと思える負荷が掛かる。
そこから更にテント用の荷物を抱えて俺はすたすた歩きだした。その様子を見ていた松雪と萩原は、俺を超人を見るような目で眺めていた。
「すんげえ体力してるなお前」
「式守君って、陰陽師よりも退魔師の方が向いているんじゃないかしら」
的確な意見にドキリとする。すまん松雪。俺は君が指摘したように本当は退魔師なんだ。
俺たちの班が紅義山を登り始めると、藻香が俺の傍までやって来た。相変わらず申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな表情をしている。
「私の荷物を持たせちゃってごめんね燈火。――それにありがとう。力強いんだね」
「これぐらい何の問題もないから大丈夫。それより、もう少し歩いたら最初の祠に到着する。教員が敵として現れるかもしれないから警戒を強めよう」
「分かったわ」
それからすぐに最寄りの祠に到着し俺たちは班の名前を記入して次の祠を目指して再び歩き始めた。
山道はある程度舗装されているので歩いて行くのに申し分ない。午前中のうちに祠を三ヶ所まわり昼食を摂ることになった。
一日目の昼は各々用意してきた弁当を食べることにしていたのだが、吉乃さんは全員で食べられるようにと三段重ねの重箱を用意してくれていた。
中にはおせち真っ青の豪華なおかずとおにぎりが入っており、明らかに三人分よりも多い量だったのだが藻香が主力となり完食した。
一休みした後、再び祠を目指して活動を再開した時に彼女が現れた。
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