第27話 紅義山の麓で
藻香のリュックから大量のお菓子を出したのだが、そこまで彼女の大型リュックに外見上の変化は見られない。
――四次元リュックかよ。
これ以上は絶対減らせないと泣きつかれたので、ここで手打ちにした。
それから間もなくして萩原と松雪がやって来たのだが、当然ながら二人とも藻香の巨大な荷物を見て驚いていた。
特に藻香の親友である松雪は彼女の大食いを知ってはいたものの、さすがに呆れている様子だった。
「あら、皆揃ったのね。そろそろ行くの?」
見送りの為に、家の中から吉乃さんが着物姿で出てきた。和服美人が姿を現したことで萩原が緊張で固まる。
「おはようございます! 玉白さんのお母さんですか? 僕は玉白さんの友達の萩原朝斗と言います。いつも娘さんにはお世話になっています」
気合いを入れて吉乃さんに挨拶をする萩原だが、どうやら藻香の母親だと思ったらしい。
俺は慣れてしまったため気にしていなかったが、吉乃さんはどう見ても孫がいる年代には見えない。
萩原に藻香の母親と勘違いされて吉乃さんは口元を袖で隠してころころと笑っていた。
その可愛らしい仕草に萩原はドキドキしている様子だ。
「おはようございます。藻香がお世話になっています。萩原君は口がお上手なのね。私は藻香の祖母の玉白吉乃です。よろしくお願いしますね」
吉乃さんと挨拶を交わした直後、しばらく萩原はフリーズしていた。再起動すると藻香に確認を取る。
「あのさ玉白、そちらにいるのお母さんじゃないの?」
「お婆ちゃんだけど、それがどうかしたの?」
「…………冗談だろ? こんな大きな孫がいるようには全然見えないぞ。おまけに超美人だし」
衝撃を受けて立ち尽くしている萩原を押しのけ、今度は松雪が吉乃さんの傍に歩いて行った。
「お婆様お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「お久しぶりね、かなみちゃん。少し見ない間にますます綺麗になったわね。今日は藻香のことよろしくね」
吉乃さんと会話して照れている松雪を見て、俺と萩原は貴重なものを見た思いがした。常にクールな彼女がはにかんでいる姿など一度も見た事が無かったからだ。
「そろそろ行かないと集合時間に間に合わないわよ。行きましょう」
藻香が巨大なリュックを背負って大地に立つ。やはり重いのか早速苦悶の表情を見せている。
時折、うめき声のようなくぐもった声が藻香から聞こえてくる。そこまでして食料を確保しようとする姿にはある種の執念が感じられる。
「皆行ってらっしゃい。気を付けてねー!」
吉乃さんに見送られて俺たち四人は紅義山に向かうのであった。
集合時間十分前に俺たちの班は紅義山の麓に到着した。藻香は巨大なリュックを背負って来たため既に体力が底をつき汗だくになっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ぐはっ」
学校ではミステリアスな雰囲気を漂わせている藻香が苦悶の表情で突っ伏している姿を見て周囲ではどよめきが起こっている。
食欲を満たすための大荷物で自爆した藻香を見て、俺はこの先が心配でしょうがない。
だって、まだ模擬戦始まっていないんだよ? 本番が始まる前にこんなグロッキーになってどうすんの?
今の俺の目には藻香はアホな子に見えている。神秘的な雰囲気など今の彼女には微塵も残ってはいなかった。
「疲れたぁ~! エネルギー補給しないと。確かグミが残っていたはず――」
「ちょっと待て! まだ、授業始まっていないのにもう食うの!? 家から移動してきただけじゃないか!」
「だって、あんな荷物を背負って来たのよ? 少しぐらい甘い思いをしてもいいじゃない!」
目に涙を浮かべて訴える元ミステリアス少女。「自分のせいだろうが」という言葉が喉まで出かかったが、本人があまりに必死だったのでグミを食べるのを黙認した。
調子に乗って二袋目に手を出そうとしたので、そこは取り押さえた。
それから間もなくして、生徒は全員集合し教員から説明が行われた。
この模擬戦を監督するのは二年一組陰陽科の担任である田所先生と楪さん。二年二組退魔科の担任である本郷先生、そして養護教諭の明海先生だ。
他には学校や中崎陰陽退魔塾から数名の人員が動員されている。
監督役について俺が行った調査では、
ちなみに、明海先生には現在彼氏はいないようだが、田所先生と本郷先生の二人からアプローチを受けているらしい。さらに男子生徒からも告白が絶えない状況である。
つまり、校内で男子人気が圧倒的な楪さんと明海先生の二人が揃った今回の模擬戦では何かが起きるのではないかと、男子たちは気が気ではない様子だ。
模擬戦の説明が終わった。俺たち生徒は紅義山の麓の特定のポイントから山に入り山中に複数設置されている
祠には白紙が置いてあるので、そこに自分たちの班名を入れる。多くの祠に赴いた班には成績に加点がされるとのことだ。
後は妖に扮した教員と戦い、これを退けるというのがこの模擬戦で俺たちがやるべきことだ。
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