第26話 模擬戦当日
――その日の放課後。
授業が終わると、俺たちの班の人間を除いて皆とっとと下校した。
五月上旬のキャンプデートもとい模擬戦に備えて買い出しや当日の作戦会議のため市街地に繰り出したようだ。
さすがの萩原も今は平静を取り戻し、この重苦しい雰囲気をどうするべきか悩んでいるようだ。
黙っていても話は進まないので俺はとにかく藻香の所へ行った。
「藻香、同じ班になっちゃってごめんな。俺も萩原もちゃんと節度を持って行動するから。お前たちには指一本触れないようにする。だから、安心して欲しい」
藻香はしばらく俺をジト目で見ていたが、大きく息を吐いて再び俺を見る。その目には先程までの怒りや軽蔑の感情は宿っていなかった。
「――もう気にしてないからいいわよ。胸のことで男子にとやかく言われるのなんて中学の頃からだし、当時は男子がもっと無遠慮に絡んで来たからね。ただ、あなた達には少しお灸をすえるつもりだったんだけど、こんな事になっちゃって逆に申し訳ないかなって思っていたの。ごめんね」
「悪いのは俺たちの方だよ。さすがにはしゃぎ過ぎてた。本当にすまなかった。あの通り萩原も反省してる」
「マジでごめん玉白! そして班を組んでくれてありがとう! 圧倒的感謝!!」
萩原は実に綺麗な土下座をしていた。額を床に擦りつけて顔を上げようとしない。その姿からは謝罪の気持ちと溢れんばかりの感謝の気持ちが伝わってくる。
「萩原、もういいから頭上げて。とにかく同じ班になったわけだし他の班と同じように模擬戦に向けて買い出しとか諸々の準備とかしないと。その前にちょっと席を外すわね。すぐ戻って来るから」
「何処に行くんだ?」
教室から出て行こうとする藻香を萩原が呼び止める。俺は萩原の頭を軽く引っぱたいて黙らせると藻香に構わず行って来るようにジェスチャーで伝え、彼女は足早に廊下を歩って行った。
身体を起こした萩原がいきなり小突いた俺を睨んで来る。
「何すんだよ式守! いきなり酷いじゃねーか!」
「お前がデリカシー無さすぎなんだよ。女子がああ言って去る時はトイレに決まってるだろ」
「――そなの?」
俺の指摘にキョトンとした顔をする萩原。フレンドリーな性格ではあるが、場の空気を読むのが苦手らしい。
俺は子供の頃から師匠や姉弟子と暮らしているし、今は藻香の家でお世話になっているので、それなりに女性の行動に対応できている。たぶん。
「式守君って不思議ね。この間はしょうもない発言をしたかと思えば、さっきは敢えて余計な事は言わずに藻香を送り出したし。どこか女性慣れしている気がするのだけど彼女でもいるの?」
いつの間にか俺の後ろにいた松雪が質問をしてきた。全く気配を感じなかった。俺が簡単に背後を取られるなんてちょっとショックだ。
「いや、いないけど」
「そう、まあいいわ。――それはそれとして、あなた達藻香に感謝しなさいよ。あの子はあなた達があぶれたら可哀想だと思って、他の男子の誘いを全部断っていたの。さっき本人も言っていたように今のあなた達の境遇に対して負い目があるのも事実でしょうけど、きっと純粋に放っておけなかったのね」
藻香のことを話すときの松雪の表情は柔らかく、まるで妹を心配する姉のような感じだ。
「ちょっと待てよ。あのクールな玉白がそこまで気に掛けてくれるという事は、もしかして俺に気があるのでは?」
「それはないわね。藻香の好みは落ち着いた大人の男性よ。女性の胸の話をして猿のように騒いでいる子供はアウトオブ眼中よ」
とても毒舌な松雪の発言で萩原はしゅんとする。それにしても、今時アウトオブ眼中なんて死後を使う女子高生がいたのか。
それから間もなくして藻香が戻り、俺たちは模擬戦に向けて話し合いをするのであった。
――そして、数日が経過し模擬戦当日の朝。
準備万端の俺と藻香はジャージ姿で玉白神社の境内にいた。ここで萩原、松雪と合流し模擬戦の現場である
教員である楪さんは一足早くに現場に向かって諸々の準備をするらしい。
一晩山で過ごすことになるが、そのためのキャンプ道具や模擬戦で使う護符は学校から提供されるので自分たちの荷物は食料や着替えなど最小限で済む。
そのため俺の荷物は小さなリュックサック一つのみ。この中に荷物が収まっている。
一方、藻香の荷物を見て俺は引いてしまう。大人一人が軽く収まるであろう巨大なリュックサックがドスンと地面に置かれていたのである。
「あのさ、藻香。――今からエベレストにでも登るの?」
「どういう意味よ」
「どうもこうもあるか! たった一晩山の中に泊まるだけなのに、こんなに荷物いる!? 山の斜面を移動したりするんだぞ。こんなもん背負って歩けるのか? そもそも中には何が入ってるんだよ?」
「食料に決まっているでしょ? 腹が減っては戦ができぬって言うし、沢山あるに越したことはないじゃない」
「それはそうだけど、多すぎだよ。満腹過ぎても戦えないからね? 少し量を減らしてくれ」
本人も少し量が多すぎたと思っていたらしく、渋々ながらリュックから食料を取り出し始めた。
中から次から次へとお菓子が姿を現す様子を目の当たりにしてどれだけ大食いなのかと思ってしまう。
この玉白藻香という少女はとにかくよく食べるのだ。祖母である吉乃さんも、子供の頃からの親友である松雪も、藻香はよく食べると太鼓判を押している。
「普段からあんなに食べているのにどうして太らないんだ? 謎過ぎる」
俺が疑問をぽつりとこぼすと、藻香はお菓子を外に出しながら当たり前と言った口調で答えた。
「うちの家系はどんなに食べても太らないのよ。お婆ちゃんも若い頃は結構食べていたらしいし、お母さんも私と同じくらい食べるけど標準体型だったわよ?」
「それじゃあ、あれだけ大量に摂取したエネルギーはいったい何処に。――ん?」
そこで目に入るのは、あの細身の体に不釣り合いな巨大な胸だ。
彼女のジャージは高校入学時に購入したものらしいが、既に胸の辺りがぱつぱつになっている。
「ああ、そこですか」
「何がそこなのよ。――ガン見してるし本当にエッチなんだから」
最近では一日に最低五回は彼女にエッチと言われているのでさすがに慣れてしまった。逆に言われないと不安になってくる有様だ。
こんな俺は変態なのかもしれない。
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