第21話 燈火と藻香

「俺が般若面と対峙した時、あいつは俺を『たかが高校生』って言ったんだ。俺は破魔装束を着ていたから、何も知らない人からしたら高校生かどうかなんて判別はつかない。――でも、あいつの口ぶりだと俺が高校生だと知っている様子だった。それを考えると、あいつは校内で俺を見たか、登下校中の俺を見たかということになる。ただ、登下校時は周囲には強い魂式や妖力の気配はなかった。そうなると高校内部に紛れている可能性の方が高いんだ。あそこには一般人よりも強い魂式を持つ人たちがたくさんいるからね」


「木を隠すなら森の中ってこと? だとしたら、これからどうすればいいのかしら?」


「校内にいる時も周囲に気を配って生活しよう。とりあえず、玉白はなるべく一人にならないようにしてくれ。俺は護衛をしながら、ヤツの尻尾を掴む。そうすれば後はヤツを叩き潰すだけだ」


 俺が意気込むと玉白は考えるような仕草をしてから再び口を開く。


「式守君、私も一緒に戦うわ。ある程度の符術や式神も使えるし、あなたの足手まといにならないように頑張るから。――いいでしょ?」


 玉白の提案に対して俺が返答を言い淀んでいると、彼女が俺の方ににじり寄って来た。その目は真剣そのものなのだが、このシチュエーションは色々とヤバい気がする。

 元々、ベッドの端に座っていたので逃げ場がない。立って距離を取ろうとしても追いかけてきそうな雰囲気だ。

 

「――分かったよ。ただし、無茶はしないように。基本的に戦いは俺と楪さんに任せてもらえればいいから」


「ええ、分かったわ!」


 玉白は笑顔になってご満悦の様子だ。日中校舎内を案内してもらった時にも感じたが、結構ぐいぐい来るタイプのようである。

 すると今度は、はにかんだ表情で俺を見ているのに気が付く。本当に表情がくるくる変化するので面白い子だなぁ。


「あの……もう一つ提案があるんだけど。ほら、この家には玉白って二人いるじゃない? 式守君はお婆ちゃんを名前で呼んでいるけど私は苗字でしょ? おかしくない? だから、私も下の名前で呼んでほしいんだけど――どうかな?」


「そう言えばそうだったね。分かった、藻香って呼ばせてもらうよ。それじゃ、俺のことは燈火って呼んでくれないかな。仲間は皆俺をそう呼ぶから、そっちの方がしっくりくるんだ」


「分かったわ。燈火、よろしくね」


「ああ、よろしく藻香」


 俺たちは互いに手を差し出して握手を交わした。すると何かに気が付いた彼女が俺の掌に注目する。


「そう言えば、戦いが終わった時にした握手で思ったんだけど燈火の掌って、すごいごつごつしているわよね」


「子どもの頃から毎日刀を振るってきたからね。マメとか潰れまくったしタコで皮膚が厚くなってるから。……その、もういいかな? ずっと触られてるとさすがに恥ずかしいんだけど」


「えっ!? あ、ごめんなさい。それじゃ、お休みっ!」


 藻香は顔を真っ赤にして脱兎の如く部屋から出て行った。


 これは……これはヤバいぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 一日目からこんな調子だと、護衛対象である藻香との間に何か間違いが起きてしまうかもしれない。

 肝心のストッパー役にしても、そっちはそっちで危険な雰囲気が漂っているし、これはもうとっとと般若面を見つけボコボコにして任務を早く終了させなければならない。

 ――頑張ろう!!




 一方、自室に戻った藻香はベッドにうつ伏せに倒れ込み足をバタバタさせていた。


「うう~、男性の手をあんな風にべたべた触っちゃって絶対変な風に思われたわ! それに燈火が家に来てからというもの、私のガードが緩いのを散々披露しちゃったし、下手をしたら男慣れしているように見られているかも!? 私そんな経験全くないのに~!!」


 藻香は深呼吸して心を落ち着かせようとするが胸の動悸は中々収まらない。


 ――トクン。


 ふと思い出すのは先の戦いの事だった。般若面の狙いは自分であり、大人しくこの身を差し出せば祖母や皆に迷惑を掛けずに済むと思った。

 しかし、燈火は「守らせてくれ」と言っていた。その言葉に自分はここにいていいのだと思えるようになり、心から安堵したのである。

 そして、その時の少年の真剣な顔を思い出し再び胸が熱くなる


 ――トクン、トクン。


「燈火の手、すごく逞しかったな。それにお姫様抱っこまでされちゃったし」


 冷静になろうとすればするほど、今日一日で起きた燈火との出来事がフラッシュバックしてくる。

 頭の中が出逢ったばかりの少年のことで一杯になって来るのを藻香は自覚した。すると胸の高鳴りがますます速くなっていく。


 ――トクン、トクン、トクン、トクン、トクン


「えっ、ちょっと待って、この気持ちってまさか私、燈火のことを――」


 それぞれが状況の変化に戸惑いつつも夜が更けていくのであった。

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