第11話 式守燈火はエッチ認定されました
何てこった。こいつはまずい。俺の任務は玉白藻香という少女の護衛だ。当初の予定では、彼女に気付かれないようにしつつ事に当たる予定だった。
それを無難にこなすには、護衛対象と適度に距離を取るのが好ましい。そのはずだったのだが、現在の俺は何故か彼女の隣の席に座っているのであった。
「……よろしく」
「ええ、よろしく」
俺が戸惑いながら隣の席に座る玉白藻香に挨拶すると、彼女は普通のテンションで挨拶を返してくれた。
この感じだと、転校生である俺に対してそんなに興味を持っていない様子だ。その方が任務に集中しやすいので正直ほっとした。
この日は新学期初日と言う事もあって、授業の内容は二年生時のカリキュラムの説明が主だった。
どうやら一学期に山の中で模擬戦をやるらしい。退魔科と陰陽科合同のサバイバル形式で二日間に渡って行われるようだ。
その際、玉白と同じ班でなければ護衛がやり難くなる。事前に同じ班になれるように根回しをしておかなければならない。
そこで、俺は副担任である楪さんに目を向ける。朝、彼女が職員室にいた時は驚いたが、どうやら俺のサポートのための処置らしい。
この高校において俺の任務内容を知っているのは校長だけなので、身近な教員に仲間がいるのは心強い。
――その楪さんだが、昨日のスーツ姿も良かったが今日のワンピース姿も非常に可愛らしくて素晴らしい。
朝から眼福だ。男子は皆、楪さんを見てニコニコしており中には彼女に対して「ありがてぇ」と言いながら拝んでいる者もいる。
気持ちは分かるけど、本当に大丈夫かなこの高校。
授業は午前中で終わった。すると、数名の生徒が俺の所に来て色々と質問してくるのであった。
前はどこに住んでいたのか、陰陽科の授業はどういうものを受けていたのか、彼女はいるのか等々、予め予想していた内容だったので当たり障りのないように返答していく。
それ程珍しい答えが無かったためか、「バイバイ」と言って間もなく彼らは解散した。
その他大勢のクラスメイトは楪さんへの質問攻めに集中しており、まるで有名人の記者会見のようだった。
さっき俺に質問してきた彼らは俺に気を遣ってやって来てくれたのだろう。
「申し訳ない事をしたな。でもこれで一安心だ」
何はともあれクラスメイトの質問攻めから解放されてほっと一息ついていると、何やらすぐ近くから視線を感じる。
すかさず、その気配の方向を見やると玉白が俺をジッと見ていた。俺と目が合っても視線を逸らすことなく俺を見ている。
俺も視線を逸らせば怪しまれるのではないかと言う考えに何故か至ってしまい、彼女を直視し続けた。
金色の髪に金色の瞳の大きな目、白磁の肌に桜色の唇。『六波羅』で見た写真よりも現物の方が断然綺麗だと思わされる。
ちょっと気まずくなってきたので視線を少しだけ下に向けると、制服の上からでもはっきり分かる巨大な二つの山が目に入った。
「これは……いいものだ」
「何がいいの? さっきから私の胸をガン見しているけど」
玉白が呆れたような若干引き気味の顔をしているが、それでもその二つの山から目を離せない。
「あ、いや……あまりにも立派な富士山だったので拝んだ方が良いかなと」
両手を合わせて思わず本音をこぼすと彼女の頬が急速に赤くなっていく。両手で自身を抱きしめて胸を隠しながらジト目で俺を見る。
「…………エッチ」
「!?」
その一言が俺の胸に突き刺さる。〝エッチ〟という単語は俺に向けられた侮蔑の言葉のはずなのだが、何というか美少女が顔を赤らめながら言うと非常に萌えるものがあった。
こんなありふれた言葉にこれだけの破壊力があるなんて知らなかった。
さっき楪さんを拝んでいるヤツを見て大丈夫なのかと思ったが、今の俺の思考はそれ以上に駄目かもしれない。
ここは彼女に素直に謝り、一旦距離を取って冷静になる必要がある。
「不快にさせてごめん、謝るよ。それじゃ、お先に――」
「ちょっと待って」
この場から緊急離脱しようとした俺を彼女が呼び止める。まさかの行動に戸惑ってしまう。
「な、なに?」
「あなた、以前私と何処かで会った事ないかしら?」
「いや……ないけど」
これだけインパクトの強い相手と出会っていたら、忘れる事はないだろう。
「そう。ごめんなさい、変なことを聞いて。――それじゃ、行きましょうか」
「行くって何処へ?」
次から次へと状況を変えていく彼女のペースに振り回され、正直へとへとだ。本気であの幽霊屋敷に帰りたいとすら思えて来る。
しかし、彼女にそんな気はないらしい。
「田所先生が言っていたでしょ? 校舎を案内するわ」
確かにそう言っていた。だが、そんな事を逐一守る必要は無いだろう。彼女にしてみれば、エッチ認定した男と一緒に行動しないといけないのだから身の危険を感じるはずだ。
「ありがとう、玉白さん。でも俺は一人で大丈夫だから。さよな――」
「まずは最上階の四階から案内するわ。付いて来て。――それとエッチな事したら怒るから」
人の話聞いてる? それにそこまで俺を警戒するなら放っておけばいいじゃん。この子が何を考えているのかさっぱり分からない。
それから玉白は俺に校舎内を案内してくれた。
大まかに言うと四階は一年生の教室、三階は二年生の教室、二階は三年生の教室があり、一階は職員室や保健室といったオーソドックスな部屋の配置だ。
体育館は一般の学校よりも大きく、彼女の説明によると退魔科の体術の授業や陰陽科の符術の授業などの時は護符による結界処置をするらしい。
校舎を一回りし教室に戻って来ると、既に他のクラスメイトは帰宅していた。授業中は狭く感じた教室がやたらと広く感じる。
「玉白さん、ありがとう。お陰で校内の配置はだいたい分かったよ」
「いいえ、こちらこそ無理やり付き合わせた形になってごめんなさい。それじゃ、帰りましょう」
俺たちは荷物を持って学校を後にした。
「それじゃ、また明日」
「ちょっと待って、式守君」
校門を出て、彼女と反対側に歩いて行こうとすると再び彼女が俺を呼び止める。いったい俺に何の御用があるというのでしょうか。
「式守君が住んでいる所って私の家の近くでしょ? 帰り道は同じ方向だと思うんだけど?」
「どうしてそれを?」
彼女がハッとした表情になり慌てふためき出す。何だこの動きは。一見クールそうに見えるのに動作や表情の一つ一つがやたらと可愛いじゃないか。
玉白は落ち着きを取り戻すと深呼吸して上目遣いで俺を見る。
「その、ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったのだけれど、隣で質問攻めにあっている時に聞こえてきたから――」
「ああ、それで」
迂闊だった。質問してきたクラスメイトには、それとなくぼかして伝えたのだが彼女はその内容でもそれとなく自分の家の近くだと分かったらしい。
少しボケて話を逸らすか。これ以上俺の素性を詮索されるのは得策じゃない。
「まだ、引っ越してきたばかりで慣れてなくて。そうか、家はこっちのほうかー」
「式守君が行こうとした道は山の方だから、あまりそっちに行く選択肢は出ないはずなんだけど――」
やばい、ちょっとわざとらしくボケすぎた。妖を討滅するよりも女子と会話をする方が難しい。
俺が戸惑っていると彼女はクスクス笑う。
「式守君って、もしかして方向音痴? ふふっ、こんな単純な道で迷うなんて相当ね。さっ、行きましょうか」
こうして護衛対象である玉白藻香と一緒に下校する事態になってしまった。俺は初日から何をやっているんだろうか。
これから先が心配で仕方がない。
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