第10話 護衛と言う名の学園生活開始
何故なら朝早くには起床し、玉白神社の近くから護衛対象である玉白藻香の監視を開始しなければならなかったからである。
起床し朝食を摂った後、『中崎陰陽退魔塾付属高校』の制服に着替えた。
この学校の制服は、破魔装束と同じように破魔絹が使用されているため、非常に防御力が高い優れものだ。
男子の制服は、紺色のブレザーにグレーのスラックス、白いシャツ、赤に紺色のラインが入ったネクタイという構成になっている。
思ったよりも動きやすいため、これなら任務にも十分対応できそうだ。さすがに破魔装束でそこらへんをうろうろするのは目立つから丁度いい。
玉白神社の近くに神社の敷地内を見渡せる大木が何本も立っている。これはかなり使えるな。
周囲に人がいない事を確認し、大木に登り大量の葉の中に身を隠して様子を窺う。
朝六時になった頃、一人の女性が家から姿を現し箒で境内の掃き掃除を始めた。腰まで届く金色の髪に金色の瞳を持つ美少女だった。
「間違いない。彼女が護衛対象の玉白藻香か――」
上は白い小袖に下は
手慣れた様子で掃き掃除を終わらせて家の中に戻って行った。恐らく朝食や登校の準備をするのだろう。
少し時間が経過し、七時半に彼女は再び姿を現した。
今度は紺色のブレザー、赤色のチェックスカート、白いブラウスに赤を基調とし紺のラインが入ったリボンという『中崎陰陽退魔塾付属高校』の女子生徒の制服に身を包んでいる。
「お婆ちゃん、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい藻香。気を付けてね」
「はーい」
祖母の玉白吉乃に声を掛けて玉白藻香は家を出た。彼女が神社の敷地内を出た後、俺は大木から下りて適度な距離を保ちながら彼女の後を追う。
彼女は登校途中で他の女生徒たちと合流し、そのまま高校に入っていった。
「現状、特に危険な様子はないな。周辺に妖力の気配もない、か」
正直拍子抜けだ。今朝俺が目の当たりにしたのは、ごく普通の平和な朝の登校風景だった。
街ものどかな雰囲気だし、本当に一級退魔師が必要な事態が起きるのだろうか?
この任務の不透明さに色々な不安を感じていると、学校のチャイムの音が聞こえてきた。
朝一の護衛任務は終了した。今度は校内での任務に入る。そう言えば初登校だったので、まずは職員室に行かなければならない。
俺は慣れない環境に戸惑いを覚えつつも職員室を目指すのであった。
『中崎陰陽退魔塾付属高校』は中高一貫校である。中高共に一学年二組であり、高校に入ると退魔科と陰陽科に別れ、より専門的な授業を受ける。
退魔科では退魔師になるため、身体能力の強化を重視したカリキュラムが組まれている。
一方、陰陽科では陰陽師の得意分野である符術や式神行使の訓練をしていく。
玉白藻香は二年一組陰陽科の生徒であり、自分の席に着いて校庭にある桜の木々を眺めていた。
既に桜は満開であり、もう少しすれば葉桜になってしまうだろう。そこに少し寂しさを感じてしまう。
(これだけ綺麗なのだから、もう少し長い期間咲いてくれたらいいのに)
藻香がアンニュイな気分に浸っていると、落ち着きのない男子生徒が大声である話をしていた。
「俺、登校の時に見たんだよ。見慣れないヤツが職員室に入っていくのをさ。ここって中高一貫だから一年の顔も皆分かるじゃん? でもあの顔は見た事が無い!」
「それってつまり転校生って事? 高校に転校してくるなんて珍しいね。うちか、それとも退魔科か――そういや、性別は? 女? 女だったら嬉しい!」
「残念だったな――男だった!」
「はい、かいさーん!」
珍しい転校生の話に浮かれていた男子生徒たちであったが、転校生が男だと分かると急速に興味を失ってしまう。
そんな露骨な男子生徒たちの姿に女子たちは冷ややかな視線を送るのであった。
それと同時に転校生が男子と分かって、今度は女子たちが色気づく。
「イケメンかな? あんな子供っぽいのとは違って大人な感じの男子だったらいいなー」
「誰が子供だ! お前らこそガキじゃないかよ!」
「なに、私たちの会話に割って入ってんのよ! サイテー!」
女子たちの言動を聞いていた男子たちが反論し、教室内は一気に騒がしくなる。
中高一貫でクラスも二組のみのため、生徒たちは皆とっくに顔馴染みである。
おまけに高校に入ってからは退魔科と陰陽科に完全に別れ、クラスのメンバーが固定されるため高校三年間はずっと同じ顔触れになる。
そんな変化のない水面のような状況において、転校生と言う一石がどのような波紋を起こすのか、皆少なからず興味津々なのであった。
「ねえねえ、藻香は転校生気になる?」
転校生の話題にテンションが上がった藻香の友人が彼女に訊ねるが、藻香はあまり興味が無い様子だ。
「私は別に興味ないかな。それに男子なら、うちより退魔科の可能性が高いでしょ? それに三年生の可能性もあるし」
「あー、確かに」
退魔師と陰陽師における男女の割合では、退魔師の約八割は男性で、陰陽師は半々と言った具合だ。
この傾向は養成所である付属校のクラスにも如実に表れている。
その時、教室のドアが開き男性の担任教師が見慣れない女性を伴って教壇に立った。
「えー、皆進級おめでとう。これからの一年間もよろしくお願いします。まぁ、皆も気になってしょうがないようなので早速説明させてもらうと、彼女はこのクラスの副担任になる武藤先生になります。彼女はなんと二級退魔師で符術も得意ということらしい。そのため、この陰陽科の授業でもその手腕を振ってもらおうと思っています。――では、武藤先生挨拶を」
「はい。皆さんおはようございます。田所先生から説明のあった武藤楪と言います。今年教員になったばかりの新米ですが、精一杯務めさせていただきますのでよろしくお願いします」
水色のワンピース姿の楪がにこりと笑うと、思春期真っ只中の男子生徒たちは「うおおおおお!!」と歓喜の雄叫びを上げる。
女子生徒たちは、それを再び冷ややかな目で見ながらも綺麗な年上のお姉さんの姿に憧れの視線を向けるのであった。
だが、新学期早々のイベントはこれだけではなかった。担任の田所から噂の転校生の話がされたのである。
「あー、皆も既に知っていると思うがこのクラスの転校生を紹介する。――式守君、入りなさい」
「はい」
ドアを開けて教室に入ってきたのは、赤みがかった黒い短髪に赤い瞳の少年、式守燈火だった。
「式守燈火です。仕事の都合で色々と転校してきました。そのため、ここでも短い付き合いになるかもしれませんがよろしくお願いします」
(よしっ! 練習通りだ。すぐにいなくなるような相手であれば深く関わってくる人間はいないはず。――あとは任務に集中するだけだ)
燈火は一瞬だけ藻香に視線を向けたが、その時彼女と目が合ってしまった。意表を突かれ、燈火は内心焦ってしまう。
(やべっ、目が合った! 迂闊だった。――あまり彼女の印象に残るような行動は慎まないとな)
燈火は藻香から視線を外して他の生徒たちに一通り目を向ける。
そうしていると、田所が燈火の席を確認する。
「えーと、式守の席は、と」
(玉白の後ろが確保できれば護衛がやりやすい。丁度彼女の斜め後ろの席が空いている。田所先生、そこが狙い目ですよ)
「先生、私の隣が空いてます」
「――へ?」
隣の席が空いていると言ったのは藻香だった。
確かに彼女の左隣の席が空いている。あまりに唐突だったので燈火は間抜けな声を出してしまった。
(ちょっと待った! 隣はやりにくい! 隣になんてなったら、彼女を横目でチラ見するような構図になる。明らかに挙動不審じゃんか! 彼女の斜め後ろにしてくれ田所せんせー! 後生だから!!)
「――じゃあ、玉白の隣で。あっ、それと玉白、悪いんだが後で式守に校内を案内してやってくれないか?」
「分かりました」
(田所ーーーーーー!!! 嘘だろーーーーー!! 何してくれてんだーーーーーー!!)
こうして思惑は外れて燈火はあろうことか護衛対象である藻香の隣の席になってしまった。彼女による校内案内のおまけつきで――。
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