本当のはじまり②

「へぇ」


ニチャァという下卑た笑みをこちらにむける栞ちゃん。


この流れはまずい。このままだと天霧は栞ちゃんの言葉に翻弄され続け、いつしかとんでもない失言をしてしまう。流石に止めなければと思い、おずおずと切り出す。


「あのぉ、栞ちゃんはお前の反応を見て、楽しんでるだけだと思う......」


「え?......」


数秒間、フリーズ。


そして、薄く赤みがかった顔がだんだんと真紅に染まっていく。


「なななな、なにするんですか!」


顔を手で覆い隠し、その場でしゃがみ込んでしまった。


栞ちゃんはがはははと汚い笑い声をあげる。


「ごめん!冗談」


彼女はうずくまってうぅと唸っている。

流石にこれは可哀そうだ。俺ならこの場から逃亡したくなる。


「もういいから、本題だ!」


「彼女は、俺と同じ能力者だ。それを知った限り、放っておくことはできない。

栞ちゃんには、これから彼女をどうするのか。サングラス野郎共の対処もだ。

考えてほしい。今のままじゃ危険すぎる。」


俺が捲し立てると、栞ちゃんはやっと笑うのをやめた。

顎に手を添え、一点を見つめ続けている。今度こそ真剣に考えているようだ。



「そうだ!」


なにやら閃いたようで、目を見開き自慢げにこちらを眺めてくる。


「同棲すればいい」


「......」


「「はぁ!?」」


一瞬、思考が完全に停止。再び動き出したところで、俺たちは困惑の声を上げる。


何を言っているんだこの人は。訳が分からない。


「合理的に考えろ、お前が常に天霧さんの近くにいればすべて解決するだろう。

能力のついての事はお前が面倒を見ればいいし、あのサングラスの連中もお前が対処すればいい。簡単な話だ。」


「全部俺に投げやりじゃねぇか!あんたの仕事だろ!」


「どの口がそれを言う。あんたが天霧さんを連れてきたのにも関わらず、私にすべてを委託しようとしたじゃないか」


間髪入れずに俺の言葉を一刀両断。


「それは......」


俺が口ごもっていると、隣から加勢する声が飛んでくる。


「ちょっと待ってください!まず、なんで私はされる動物みたいな扱いを受けてるんですか!それに急に同棲なんか言われても無理です!絶対無理です!」


彼女の中の不満と不安が爆発したのだろう。声を張り上げ、栞ちゃんの提案に抗議する。


「理由は至極単純、能力者は狙われているからだ」


「どうして、狙わ......」


「狙われている理由も簡単。珍しいから。

能力者はいわば人間の突然変異体みたいなものなんだ。つまり、神みたいな力を持つ能力者は貴重なサンプルになるんだよ。あんたらの脳やら体やらを分解して、隅々まで研究したい。能力の解明をしたい。そんな馬鹿げたことを考えるマッドサイエンティストが世の中にはうじゃうじゃいるってことだ。」


淡々とかつ冷静に、言葉を吐く栞ちゃん。


「そんな......」


天霧の表情からは完全に血の気が引いてしまっていた。

天霧がどれだけ美しくても、どれだけクラスの子から人気だとしても、所詮はただの高校生。そんな高校生が自分の命は狙われている、なんて告げられるのだ。仕方ないだろう。


「もし、今までの生活を続けるのなら、私は何も言わない。

でも、必ず、君自身が傷つくことになる。いや、君だけじゃなく、君の家族、友人にも被害が及ぶかもしれないんだ」


すでに天霧の頬には小粒の雫が走っていた。


「それでも君は、今までの生活を続けようと思うかい?」


彼女は静かにかぶりを振った。まるで、頬にのった雫を振り払うように。


「脅すようなこと言ってゴメンね。でも、私は君を見殺しにするようなことはできない。私たちのそばにいたら絶対大丈夫。保証する。だから、少しの期間でもいいからさせてくれないかな」


栞ちゃんは優しく微笑み、そう彼女にささやいた。


「今日はもう遅い、新!泊めてやりなさい。

それと、天霧さんの両親には、私が連絡するから、後で天霧さんに両親の連絡先聞いておいて」


俺は言葉を使うことなく、頷いた。


「私、これから忙しくなるから」


それじゃ、と言い放ち病院を出て行ってしまった。


このタイミングで、二人きりかよ。気まずすぎだろ!


「おい、大丈夫か?」


力なく、床に垂れてしまっている彼女に声をかける。


「無理......立てない.....」

彼女は、微かな声量でそうつぶやいた。


まぁ、無理もないか......


「ほれ、帰るぞ。」


俺は背を見せるようにしゃがみ込んだ。


「ほら、早く」


触っただけで折れてしまいそうなほど柔く、白い肌が俺の首を巻きとるように伸びてくる。


「しっかり、掴まれよ!」


彼女の体を完全に預かってから、俺は立ちあがる。


背中越しから、彼女の肩が揺れているのが分かった。

よっぽど、怖かったのだろう。


「夕飯はなにがいい?」


「..................」


「栞ちゃんはあくまで可能性を述べただけだ。そこまで心配しなくても大丈夫だ。」


「..................」


「襲われることなんてめったにない。もし、襲われたとしても、俺たちの近くにいれば絶対大丈夫だ。」


「..................」


だめだ。少しでも励ましてやろうと思ったが、人の心はよくわからない。

普段は簡単に聞こえ来るのに。大切な時に限って、役にたたないものだ。


「..................豚汁」


「え?」


「豚汁............たべたい......」



俺は妙におかしくなって腹を抱えて笑った。


すると、照れ隠しのつもりなのか、ポスポスと拳を打ち付けてくる。


でもなぜか、嫌な思いはしなかった。






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