帰り道

校舎の外へ出ると、日はすでに傾き始めていた。

夕暮れの橙赤に彩られた桜の花びら。それを後押しするかのように吹く生暖かい風。学校の敷地内のはずなのに、その桜の木の周りだけは此処とは違う世界から切り取られた、そんな幻想的な景色だった。


「ほんと最低な一日だったわ!」


幻想的な景色に見惚れる、なんてことはなく彼女はずっと目くじらを立てている。


「あぁ、同感だ。」


「なに共感してんのよ!君のせいでしょ!全部!」


「いや......さっきのは俺の失態だが。すべてではない!」


「今まで私が築いてきた富、名声、力、すべてが崩れ落ちたのよ!君の意味不明な言葉で!」


わざとらしくため息をついては、もう明日から学校いけないよ...と小さくぼやく彼女。


彼女がこんなにも怒り狂ったり、急に塩らしくなったりしているのは、恐らく先ほどの俺の言動だろう。


放課後、数十分間無言で睨み合っていた俺たちを見かねて、凪が「ここじゃ目立つし、どこか違う所でやれば?」と切り出してくれたのだった。


そんな凪のファインプレーによって本来なら、これできっぱりと解散。のはずだったのに...


「じゃあ、家来るか?」


そんな俺の発言のせいで、クラスは大混乱。

悲鳴や囃し立てるような声が教室を反芻し、挙句の果てには俺たちの仲を邪推し始める者も出てきた。


逃げるように教室から出てからはずっとこんな感じの様子。

かなりご立腹みたいだ。


「うん、その......なんかごめん」


つい先ほどの自らの行いを省みて、流石にやってしまったと思い、そう口にする。


それを聞いた彼女は手をひらひらと天に向けながら、


「ごめんで済んだら警察はいらないの。あ、でもやっぱり必要だわ。誰かさんに無理やり家に連れ込まるかもしれないし」と言い放った。


誰でもいいから、今すぐこの女の口を塞いでほしい。


次からは絶対に謝らん。


「あのなぁ、俺が誰のために家に来いって言ってるのか分かってるのか?」


「君の醜い欲望を発散するためでしょ?」


よくもまあ、こんなにポンポンと口から嫌味がでるものだ...


「お前なぁ......もう少し真面目に考えろよ......」


「私が君の家に行くことのメリット?」


俺は小さくうなずいた。


それまで続いていた会話が途切れ、静寂が訪れる。


顎に指を置きながら、何やら考えているようだ。


「なら、ヒントを与えてやろう」


不思議そうな顔でこっちを見る彼女。

そんな何気ない仕草でも、見惚れてしまいそうになる。JK恐るべし......


「ヒントはだ」


「は?相違点しかないでしょ」


切り捨てるように放たれた言葉は、酷く冷たく俺の心を突き刺した。

彼女の顔は最大限に歪められていて、今もなお不快感を包み隠すことなく表現している。


前言撤回だ。こんなやつ全然可愛くない。


「おい!流石の俺でも今のは傷つくぞ!」


「あはははは、冗談だって。」


さっきまで、怒った顔ばかり見ていたせいか、その笑顔は妙に輝いて見えた。

不意に見せられた表情に、ドキッとしてしまう。

だまされるな。こいつは隙あらば、憎まれ口を叩く性悪女だ。だまさるなよ俺。


「心の事でしょ?」


笑顔からすっと真剣な表情に変わる。


「分かってたのかよ」


「勿論、教室で言われた時にはもう気づいてたわ」


君の反応が面白くてつい、といたずらっぽく笑う彼女。


「はぁ......」


今日の出来事を思い出すだけで無意識にため息が漏れた。

朝は人助け。学校では数多の視線と質問攻め。放課後には女子と帰り道を共にした。


濃すぎる一日。でも、もうそんな一日も終わり。後は、心について相談するだけ。


もう少し頑張れ俺!と自分を鼓舞し、大きく声を上げる。


「よし!こっちだ!」


気合を入れなおし、歩みを進める。




この時の俺は、が長く続くことになるなんて、思いもしなかった。


これ以上の苦労がこの先待っているなんて伝えればどんな顔をしただろうか。


すべてはこの日、俺が天霧空を家に招待したせいで始まったのだ。


家に上げるんじゃなかった。人助けなんてするんじゃなかった。


そんな身勝手な後悔が募るばかりである......







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