心話

6限の終了を合図する鐘が鳴り、俺は体をぐっと伸ばす。


周りからも息を漏らす声や、やっと終わった、などという声が聞こえてくる。


「やっばり、久々の授業は疲れるね。ふあぁ」


猫のような欠伸の後、瞼に浮かぶ雫を指でなぞる。


久々の授業で疲れているのは凪も例外じゃないらしい。


「始業式なんだけどな.........」


「一応うち進学校だもんね.........」


俺たちが通う高校は県内でトップとまではいかないが、それでも実績のある正真正銘の進学校である。その分、やはり授業量も多いのか始業式まで授業を行う鬼畜ぶりである。


「悪い、今日は早めに帰るわ」


流石に今日は疲れた。


休み明けの授業はもちろん負担となったが、なによりも今朝のことだ。


家に帰って今すぐベットにダイブ。朧気の意識の中、うたた寝してしまいたい、そんな気分だ。



「うん、僕も今日は部活があるから。大丈夫だけど......」


「ん?どうかしたか?」


凪は苦笑いを浮かべながら、うーんと唸っている。


「何か言いたいことがあるのか?」


適当にテーピングしたせいか、凪に心配された右腕もだんだんと痛みが増してきた気がする。思わず返事を催促するぐらいには、早く帰りたい気持ちが高まっていた。


「あれ、本当に覚えてない......あ......」


凪は俺から視線を外してすぐ、驚いた様子で目を見開いた。


その視線の先には......


「成上新くん。どこに行くつもり?」


笑顔のままじりじりとこちらに近づいてくる天霧空がいた。

しかし、彼女の目の奥は笑っていないどころか、彼女の背後からはゴゴゴという効果音が見える。気がする。


「もちろん、家に帰るつもりだが」


彼女から目線を逸らし、応える。


相手に心の声が筒抜けになっていると思うと、想像以上に話がしにくい。

というか、単純に不愉快だ。


「ちゃんと目を見て話してくれない?コミュニケーションの基本よね?」


くそ!痛いとこをついてくるな...

さっき、露骨に目を逸らしすぎたのだろう。

思考を読まれることを嫌がった俺に気付き、無理やり目を合わせるよう仕向けられた。


ここで目を合わせなければ、陽キャ女子に狼狽えて目を見て会話できないすらできない惨めな眼鏡陰キャ男子になってしまう。


俺としてはそれは避けたい。ここは大人しく従うしかないか。


「あぁ、すまん。それより、用件は?」


俺は彼女の透き通った瞳を見据える。


ここからは、俺の思考のすべてが彼女に晒されることになる。


覚悟せねば......


『要件なんて一つしかないでしょ。今朝の事よ!』


彼女の強い口調が脳内で反響する。


学校でのイメージとは天と地ほど差があるな......


ていうか、なんでこんなに怒ってるんだこの人。


『君は女の子に理想を抱きすぎ。愛想もいい、顔もいい、そんな天使いるわけないでしょ。ていうか、あんたのせいで怒っているのだけど自覚してない?』


気を付けようと思った途端、この有様。思わず、俯いてため息をついてしまった。

まぁ、ある程度は仕方ないか。心の声なんてそう簡単に抑えられるようなものでもない。


俺は再び覚悟を決め、彼女の瞳に焦点を向ける。


『自覚もなにも、なぜ俺がキレられてるんだ?今朝、助けてやったよな?感謝の一つや二つあってもいいと思うんだが...』


『君も随分、態度が違うみたいだけど。今朝は「かわいい......」とかなんとか呟いてたけどね』


『ああそうだ。心底残念だなぁ。あんな可愛い女の子がこの性悪女なんて考えたくもなかったよ』


『私が性悪なら君は性欲の権化かなぁ。私が弱ってる隙に漬けこんで、家に連れて行こうとしたもんねぇ」


『くっ......あれはなぁ!……」


凪によると、この時の俺たちは数十分間無言で見つめあっていたらしい。


それも二人して、眉間にしわを寄せたり、目角を立てたり。


そんな俺たちの奇怪な行動は、たくさんの疑問を抱かれることとなり、程度の低い憶測が飛び交う原因となってしまうのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る