前触れなどはなく...
学校につくと、すでに始業式は終了しており、新しいクラスでのホームルームが開始していた。
自分の席についてすぐ、トントンと後ろから肩をたたかれる。
「今年も同じクラスだね!新くん。知っている人がいて良かったよ」
「うん、こっちこそ助かる。」
ゆったりとした声の調子のおかげか妙にホッとしてしまう自分がいる。
「どうしたの?始業式早々遅刻なんて...」
「あぁ......人助け......かな?」
「いや、なんで疑問形!?」
「えっと.........」
本当の事を言えるはずもなく、真実を語ったとしても信じてくれるかも疑わしい。
あんな馬鹿みたいな話でも、彼の事なら親身になって聞いてくれそうだが。
「実は俺、人の心が読めてだな。今朝急に助けを求める声が聞こえたんだ」
なんてカミングアウトする勇気は俺にはなかった。
どう言い訳したものか...
「まぁ、言えないような理由なんだね」
俺がバツが悪そうにしていると、彼は大丈夫だよとにっこり笑って見せた。
流石だなと思った。
彼、西沢凪とは去年からの付き合いだ。
去年の入学式の日。今みたいに後ろの席から話しかけられたのがきっかけだった。
凪は高校生離れした温厚さと落ち着いた性格の持ち主で、包み込んでくれるような穏やかな声も相俟って、彼の周りには慈愛に満ちたオーラが漂っている。
そんな気がする。
そして、少しぽっちゃりとした体形から去年のクラスではお母さんと呼ぶ人
もいた。呼ばれる本人も嫌がっている様子はなかったので、みんなも気軽に呼んでいたのだろう。
「それより!その腕どうしたの!大丈夫?」
彼は机に乗り出し、覗き込むようにして俺の腕を見ている。
「あ~......ちょっと捻っただけだ。」
「絶対嘘じゃん!捻ったぐらいでそんなグルグル巻きにはならないでしょ。」
「すまん......」
「嘘へたくそだよ......」
流石の凪もこれには怒り、というかほぼ呆れに近い様子だった。
「はい、じゃあ最後に自己紹介をしてもらおうかな」
小柄な女教師がそんなことを言い出し、出席番号の早い人から自己紹介が始まった。
「うわぁ、緊張するなぁ」
「そうか?」
「新くんはこういうの苦手じゃない?」
「いや、苦手」
なんて談笑をしていると、妙にクラスがざわつきだした。
その原因は一目見ればすぐに分かった。
「天霧空です。せっかく同じクラスになったからには皆と仲良くなりたいです!一年間よろしくお願いします!」
THE テンプレの台詞だというのにクラスは大盛り上がり。
まぁ、あの容姿に加えて人当たりもいいとなれば当然か。
「凄く美人だね!天霧さん」
後ろで目をキラキラさせている凪。
「あ、それと、成上新くん。放課後、私の所に来るように。」
「⁉⁉」
誰もが自己紹介が終わった、そう思った瞬間。彼女は流れるように巨大爆弾を投入していった。
そのイレギュラーすぎる台詞のせいで、クラスの盛り上がりは最高潮に達する。
クラス中の刺すような視線が一斉に集中するのを感じる。
明らかにクラスの皆さん、というか主に男子から敵対的な視線を受けているんだが......
なんで、このタイミングなんですかね......
自分の学校内のヒエラルキー理解してますよね?
俺は彼女と目をあわせ、心の中でそう訴える。
すると、彼女は済ました顔でニヤリと微笑んで、
『いい気味よ……』
そう心の中で呟いたのだろう。妙に誇らしげな声が脳内に響いた。
彼女は自分の学校での立ち位置だったり俺とのカーストの差を十分に理解しているだろう。そのうえで、この自己紹介という場で俺を名指しで呼んでみせた。
天霧空......なかなかいい性格してるなぁ......。
俺は彼女の目をじっと見つめたまま、そんな言葉を心で嚙み締める。
おそらく、この言葉も彼女には筒抜けになっているだろう。
ノイズ一つ入ることなく彼女の脳内に送信され、そのうち俺の声が反響することだ。
そして、それは俺の心だけじゃない。彼女の前では誰であろうと、心という名をした想いのフィルターを簡単に剝がされてしまう。声には出せない考えや気持ち、そのすべてがスケスケになってしまう。
なぜなら、彼女は俺と同じ『心を読む能力』を持っているから。
性別も違う、性格も真逆、容姿も対照的だというのに。
俺と彼女の唯一の共通点はこの不可思議な力だった。
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