不穏

「おい!どこまで行くつもりなんだ!」


彼女の背中を追い続け、数分が経った頃。


気が付けば、仄暗い雰囲気を帯びた路地を彷徨っていた。


あたりはシャッターで閉ざされたお店か、人の気配を微塵も感じさせない住宅ばかり。それに加え、微かなカビ臭がこの路地の不気味さを助長していた。


「聞いてるのか!なぁ!」


数分間、猛スピードで走り続けた分の疲労と返事が来ないことによる少々の憤りが積み重なり、大きく声を荒げてしまう。


しかし、彼女はそんな言葉にも反応を示すことなく、前を向き続けている。


それどころか、どんどんと加速していく。


ちょっと速すぎませんか?この人。


もう五分以上走り続けてるはずなのになんでまだ余力があるんだよ。


なんて考えてる間にも彼女との距離が離れていく――


「きゃっ!」


その刹那。前を駆けていた彼女は、小さな悲鳴とともに暗闇へと吸い込まれていった。


「おい!大丈夫か!?」


声をかけるも、返事はかえって来ない。


聞こえるのは気味が悪いほどに反響した自分の声のみ。


不気味な街並みのせいか、自分から溢れるのは負の感情ばかり。


頭の中で嫌な予感がぐるぐると休むことなく渦巻いている。


足を止めて、彼女が消えた曲がり角の近くまで歩みを進める。


走っている途中に溜まっていた唾を飲み込みながら、一歩二歩と踏み出していく。


その度に、体内に緊張感が染み込んで心臓の鼓動が騒がしくなる。


そして、曲がり角に踏み入れた、その時。


顔に向かって、厚い手が勢いよく伸びてきた。


その敵意むき出しの手を一瞬にしてつかみ、自分の体の方へ引き込む。そのままの流れで分厚い肩を壁に強く押し付け、肩と腕を引き剥がすかのような体制に入る。


腕の厚さや肩の筋肉量が明らかに普通の二十代男性とは違う。


手触りだけでも分かるほどに鍛え抜かれた強靭な肉体。


ひょっとしたら俺は物凄くまずいところに首を突っ込んでしまったかもしれない。


嫌な予感というただの推測が、時間が経つにつれ揺るぎない確証に変わっていく気がする。


俺はそんな恐怖心を隠し、畏怖の念を力でねじ伏せるように押さえつける手に力を籠める。


そして、なるべく歴然とした態度で言い放つ。


はどこにいる」


「....................................」


「まぁ、わざわざ聞く必要ねぇか。」


俺は、大男の顔がこちらに見えるよう押さえつけたまま体制を変える。


「さぁ、彼女たちの居場所を教えてくれ………って、サングラス!?」


思わず素っ頓狂な声がでた。


それが今までの推測のすべてが確証に切り替わった合図だった。


くっそ!やっぱりか!

俺はこみあげる怒りを眉間に集中させ、大男を睨む。


すると、大男は口角をねっとりと動かし、皮肉的な笑みを浮かべた。


「......こいつ!」


押さえつける手に更に力が籠められる。


一発、殴ってやろう。本気でそう思った刹那だった。


『危ない!!!!……後ろ!!!!』


閑静な路地裏に鈍い金属音が響いた。














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