はじまり②

「それー!学校に持って行ってくれない?」


彼女はこちらに向かってすっと指を突き出す。


彼女の指先を追うように見ると、俺の足元に学校指定のカバンがぽつんと横たわっていた。


おそらく、さっきの衝撃はこのかばんが背中にクリティカルヒットした時のものだろう。


て言うか、結構重いぞこれ。こんなもん投げつけてきたのか。


「そうそう!それ!頼んだからね!」


俺がカバンを手に取ったのを確認すると、彼女はすぐに学校とは真反対の方向へと走りだした。


「お、おい!ちょっと!」


思わず、声を上げる。


「んー!どうしたの!」


すでに離れたところを駆けている彼女は留まることを知らず、首だけをこちらに向ける。


「名前はー?」


あの地味な制服を見るに同じ高校なことは確かだし、名前を聞いておけば、後からでも荷物を渡せるだろう。そう思い立って大声を張り上げる。


街中で大声を出すのは少しむずがゆかったがそんなのを気にしてる余裕はなかった。



すると、俺の声を聞き取った様子の彼女は一度足を止め、こちらに振り返る。


「天霧......空!」


肩で息をしながらも、にこやかな笑顔でそう言い放ち、再び颯爽とアスファルトの地面を蹴っていった。


かわいい............。


彼女の動きに合わせ、自然に靡く漆黒の髪と紺色のスカート。


内面から優しさが滲み出たような満点の笑顔。


その笑顔を後押しするかのように背から指す春の日差し。


すべてが相まって彩られた彼女の姿を網膜で捉えた俺は、不意にそんな感情をこぼしてしまう。


おっとしっかりしろ。俺。今すぐ煩悩を捨て去るんだ。


相手はまともに会話したこともない人間。


外見に囚われ相手の本質に向き合わないことがどれだけ愚鈍な行いか。


自分が一番分かっているはずだ。


って、しまった。


彼女に見惚れていて一つ重大な失態を犯してしまった。


これまで十分すぎるほど注意してきて、もはや意識せずとも失敗することは無かったのに。

完全に油断した。


振り向きざまに向けられた柔らかい笑顔が脳裏によぎる。


彼女とを合わせてしまった。


『助けなきゃ!』


後悔する暇もなく聴こえてくるその声は、先ほどまで鼓膜を通して聞いていた風鈴のように爽やかな声だった。


しかし、件の爽やかな声でさえも聞こえ方が違うせいか、心地良いものではなかった。


漠然とした孤独感にほんの少しの罪悪感。


他にも自分では咀嚼しきれない、そんな感情が押し寄せる。


『どこだ......どこにいる……早く助けないと!』


焦燥感を煽るような声が聴こえる。


「......ん?......ちょっと待てよ......」


自分の中の違和感の正体を探るようにこれまでの出来事を思い出す。


一番初めに聴こえた男の怒鳴るような声。


次に聴こえた女の子の悲鳴のような声。


そして、たった今聞こえた彼女の声。


「ちっ、新学期早々遅刻かよ.........」


絶対的な確証ではない。ただの思い違いかもしれない。


でも、ある可能性に気付いてしまった以上無視はできない。


俺は彼女の後を追うように、学校の真反対の方向へ足を踏み出した。


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