心を読む能力を持っている俺。なぜか、同じ能力を持った女の子と同棲することになった

下冬ゆ〜だい

はじまり

『……女は……どこに!……はぁ!?』


野太く、それでいて鋭い声が脳内に響く。


またかこれか、と思いつつも非常に緊迫した声の様子に少し狼狽えてしまう。


声の主を探そうと首を左右に振る。

そこは、見飽きるほど往復した通学路の街並み。

香ばしい匂いを漂わせるパン屋に、信号待ちで暇そうにスマホを眺める同じ高校の生徒。

スーツをビシッと着こなすサラリーマン。

そんな普段と変わらない朝だった。


それに、ほんのり肌寒い空気とお天道様からの柔らかい日差しが春を体現していて、行き交う人々も柔和な雰囲気を漂わせていた。


「はぁ……平和だ……」


あのが聞こえてくるたびに、他者とかけ離れた次元に自分が存在しているような感覚に襲われ、寂しさが体をやんわりと包み込む。


あぁ、まただ。


この感覚はいつになっても不愉快で、到底慣れるものでもなかった。


露骨にため息をつきながらも目線だけを下に向ける。


手首に巻いた小さな時計は八時十五分を示していた。


ここからだと学校までは約十分。


何事もなければ八時三十五分に始まる朝のホームルームに遅れることはない。


「気のせいか......そうだ.....俺の勘違いだ......」


あの脳に直接響くようなは世界でたった一人、俺にしか聴こえないのだから、その声を無視しようとも誰にも咎められない。


それに、声を聴いた上で、行動の選択をするのはなんだか卑怯な気もした。


「ふつうなら聞こえない声なんだ......無視してもいい......」


そんな言い訳じみた言葉を自分に言い聞かせるように呟き、普段の日常へと歩みを進める。


その刹那だった。


『誰でもいいから......助けて! 』


さっきの大男のような声とは違い、甲高い声色がより明確に脳内に響いた。それはもう悲鳴と呼べるものだった。


「ごめん!これ持ってて!」


「いってぇ!!」


今度は怒号でも悲鳴でもない、爽やかで快活そうな声音がしっかりと自分の鼓膜を揺らすと共にドスっと背中に強い衝撃が走る。


怒涛の展開に戸惑いつつも、衝撃のほうへ振り向くと。


そこには見覚えのある服を身に纏った少女の姿があった。



ネイビー単色で構成された飾り気のないセーラ服におまけ程度に彩られた淡い藍色のリボン。


そんな陳腐な制服にかかったデバフを物ともしない佇まいは凛々しく、肩を撫でながら波を打つ黒髪は艶やかに輝き、妙に色気を含ませている。


「............」


思わず息をのむ。


まるで青春映画のワンシーンみたいだ。

そんな、ありきたりな感想しか出てこないほど彼女の姿に引き込まれていた。

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