第6話 『狙われた女子高生』

 背の高い草が生い茂る草原エリアで、猪モンスターである『ワイルド・ボア』が荒ぶるように地面を蹴り上げている。


 対峙するリサリサはまるで居合でもしているかのように、ジリジリと静かに距離を詰めていく。


「そーっと、そーっと……」


 えっ……。

 あれって完全に猪にも気付かれてるよね?

 ゆっくり近付く意味あるのかな……。


 私がチュートリアルで体験した通り、確かに『ワイルド・ボア』のスピードは速い。でもグイデさんから教わった、タイミングよく回避して背後からズバンッが最も有効的な対処法なはずだ。


 もしかしたら、私が知らないだけで何か策略があるのかな?


 ——だって、リサリサもベテランゲーマーだし、お兄ちゃんと同じβテスターなんだから。


「ハァァァァァァ! ヤッ! エイッ!! ヤッ! キャッ……」


 周囲にリサリサの声が響き渡り、猪の攻撃を避けながら反撃に転じようと躍起になっている。大きな鎌で一撃……避けて動いて、また一撃。


 少しもたつきながらであったが、着実にダメージを与えていき、計12回の鎌での攻撃を終えた後、少し距離を取り始めた。


「ふっふっふー。ここからがスキルだよ! ——《ダークネス》」


 リサリサがスキル《ダークネス》を唱えると黒紫色をしたモヤモヤの塊が大鎌の刃に集まる。


「これでトドメッ!! ハァァァァァァ!」


 猪へ目掛けて大鎌を振ると、刃に纏われていた黒紫色のモヤモヤが飛んでいき、見事に命中した。


 12回に渡る直接的な攻撃に加えて、スキルによるトドメの一撃で『ワイルド・ボア』を瀕死に至らしめた。


「ハァ……ハァ……。1人でも勝てた……。どぉルミナ? これがレベル4の実力よ!」

「おーっ、スキルすごいよっ! リサリサかっこいい!」


 自慢げに親指を立ててくるリサリサに向けて、私は拍手を添えて返事をした。


 それよりも、チュートリアルと違って、本物のワイルド・ボアってかなり強いんだなぁ。

 レベル4のベテランですら、あんなに時間がかかるなんて……。


「さて、次はルミナの番だよ。練習練習ッ!」

「えっ! いやいや、私にはまだ早いような……」

「大丈夫。もし何かあっても、私がサポートしてあげるから。【付与術師エンチャンター】とは言え、モンスターを倒す練習はしておいた方がいいと思うし」


 うっ……。

 こんな強いモンスター相手に、私はうまくできるのかな……。


 レベル1では到底苦戦しそうなのが目に見えていたので、反射的に後退りしてしまう。


 ——ガチャン!


 え、何ッ?

 ガチャン……?


 どうやら後退りした際に、足で何かに触れてしまったらしい。


 私はそのまま、足元に落ちている見た事のないお香入れに似たものを拾い上げる。


「何だろこれ……。ねえ、リサリサこれって——」


 話しながらリサリサの方へ振り向くと、極度に青ざめた顔で口をパクパクしている姿が目に映った。


 あまりに酷すぎる表情であったため、私も途中で言葉を詰まらせてしまう。


「ルミナ、それだめ!! 今すぐ捨ててッ!!!」

「え、えぇ?!」


 捨てるよりも先に、お香入れから薄ピンク色の煙のようなものが立ち始める。


 え、なんなのこれ?!

 ちょっと甘ったるい、ピーチのようないい香り。


「……嘘。なんで課金アイテムの『魅了のお香』が捨てられてるの。これ、本当にやばいよ……」


 課金アイテム?

『魅了のお香』?

 ……名前的に何かを魅了して引き寄せるアイテムってこと?


 ただ何を引き寄せるためのものか、私には理解できない。


 そんな私の表情に気付き、リサリサは静かに口を開いた。


「これはね、モンスターを引き寄せるためのアイテムなの」

「え……どうしてモンスターを引き寄せるの?」

「パーティーメンバー最大の5人で狩りをするなら、モンスターをまとめて叩いた方が効率がいいからよ。私たちみたいに2人だけでこんなアイテム使っちゃったら——」



 ——敵の数の方が多くなって、蹂躙されちゃう。


 さすがの私でも、その先は聞かなくても想像できた。


 リサリサと話し合っている間にも『魅了のお香』に誘われた『ワイルド・ボア』が、周囲一帯を埋め尽くす大事件。


 その数は、10や20体どころではなかった。


「あはは。これはさすがにやられちゃうね……。デスペナルティは10分間のログイン停止と1時間の取得経験値半減……痛いけど仕方ないよね」


 デスペナルティ……ってことは、やられちゃうとペナルティを受けちゃうってこと? 

 そんな……。


「……ご、ごめんね。私がうっかり変なもの拾ったせいで」

「ううん、ルミナは悪くないよ。あんなところに『魅了のお香』なんかを捨てたプレイヤーが悪いんだよ」


 私のドジなせいなのに、こんな時まで優しい大親友に目頭が熱くなる。……と同時に、胸の奥が締め付けられる思いだった。


 何とかしなきゃ。

 ——私が何とかするんだ。


 私はこの危機を脱するために奮起するため、初期装備である『旅人の魔法剣(N)』をギュッと握りしめるのだった。





 ———————————————————————

【USO攻略兼雑談掲示板】


 187:彼女募集中の冒険者

『はぁ。まじレベル上がんねー』


 188:ぽんぽこたぬき

『分かるわ、それ』


 189:たらこくちびる

『お前ら"魅了のお香"使わねえの?』


 190:彼女募集中の冒険者

『それって課金アイテムじゃん……。課金してまで強くなりたくねえ』


 191:戦闘力53万の変態おじさん

『"魅了のお香"の本当の使い方教えましょうか?』


 192:たらこくちびる

『うわ、なんか変なやつきたぞ』


 193:さすらいの旅人さん

『こんにちは〜』


 194:彼女募集中の冒険者

『ちわ』


 195:たらこくちびる

『こんこん』


 196:戦闘力53万の変態おじさん

『ついさっき"魅了のお香"をオープンフィールドに捨ててきたんですよ』


 197:ぽんぽこたぬき

『は?』


 198:彼女募集中の冒険者

『え?』


 199:たらこくちびる

『どゆこと?!』


 200:戦闘力53万の変態おじさん

『近くで女子高生くらいの2人組がキャッキャッしてたから、置いてきたんですよ』


 201:さすらいの旅人さん

『渡したってことですか? びっくりした』


 202:彼女募集中の冒険者

『何だよただの優おじかよ。驚かすなよ』


 203:戦闘力53万の変態おじさん

『いや2人とも可愛くて、内1人はおっぱいデカすぎだったから仲良くなるために、床に捨てておいたんです』


 204:たらこくちびる

『は? やばくね。2人組って言ったよな?』


 205:ぽんぽこたぬき

『デスペナ確定じゃん。可哀想……』


 206:さすらいの旅人さん

『それに何の意味があるんでしょう?』


 207:戦闘力53万の変態おじさん

『戦闘で揺れるおっぱいが見れる。可愛い女子高生たちが蹂躙されていく姿が見れる。最高でしょう?』


 208:戦闘力53万の変態おじさん

『2人とも初期装備でスカートだったので、もしかすると、パンツも見れるかもしれないですね』


 209:たらこくちびる

『本物の変態じゃん、こいつ』


 210:さすらいの旅人さん

『聞いてられませんね。それで仲良くなれるとは思えませんし』


 211:戦闘力53万の変態おじさん

『デスペナで落ち込んだところに近付いてフレンド登録を……そしておっぱいを触るんですよ。あなたたち見ておきなさい!』


 212:彼女募集中の冒険者

『キモすぎ。おじさんに興味はないけど、これまじなら女子高生の子たち可哀想すぎないか』


 213:たらこくちびる

『近くに誰かいれば助けてもらえるかも……。頼むから2人とも無事でいてくれ……』


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