第3話 『チュートリアル』

「ではでは、まずはチュートリアル会場に移動しますよ」


 グイデさんがそう話すと、真っ白なだだっ広い空間が薄暗い洞窟のような場所に切り替わった。


「急に場所が変わった? 薄気味悪くて、ちょっと怖いね……」

「ここはダンジョンと呼ばれる場所です。実際のゲームにも組み込まれておりますので、慣れるには良い場所ですよ」


 グイデは初めてのチュートリアル説明に意気揚々と説明を続ける。


「チュートリアルの細かいことは、次々に説明しますのでまずは戦闘をこなしてもらいます」

「え……いきなり戦闘?!」


 私が驚く間もなく、瞬時に灰色の毛皮に覆われた猪型のモンスターが目の前に姿を現す。


 えぇっ!

 どうして床から猪が出てくるの?!


「この猪は『ワイルド・ボア』と呼ばれるモンスターです。特徴はプレイヤーへの突進攻撃。しっかりと攻撃を見極めて回避しつつ、背後からズバンッとヤっちゃいましょう!」


 グイデさんの説明が終わると同時に、私の手元にはどこからともなく現れたクリスタルに輝く魔法剣が握らされた。


「そ、そんないきなり言われても無理ですって。ちょっと、グイデさん? 聞いてます?!」


 どうやら私に拒否権はないらしい。

『ワイルド・ボア』は私の姿を見つけるなり、文字通りので突っ込んできた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 攻撃を見極めて回避しつつ、後ろからズバッンと?!

 むりむりむりむりむりだってー!!!!!


 ひたすら猪に追いかけられながら、必死に走って逃げ続ける。

 走る度に大きな胸がユサユサ揺れ続けるので、ものすごく走り辛い。


 細かく作り込まれているのがVRゲームの魅力とは言え、わざわざ胸の重みまで再現しなくてもいいのに……。




 ——息を切らしながら走り続けること10分。


 さすがの猪も疲れてきたのか、少し距離が開き反撃に打って出るチャンスが訪れた。


 あっ……この距離感なら、いけそうかもっ!


「えいっ! えいえいっ!!!」


 私は猪の攻撃をしっかりと見極めて、回避すると同時に煌めくクリスタルの魔法剣を叩きつけるように振り回した。


『テッテレー! おめでとうございます。ワイルド・ボアを倒しました!』


「ハァ……ハァ……。やっと倒せたあ……」

「ルミナ様、おめでとうございます! さすがです!」


 走りすぎてグッタリと座り込む私に対して、グイデさんは拍手をしてくれた。


 時間は掛かったし、戦闘の難しさを感じたが自分の中で妙な達成感を覚えていた。


 次は、もう少し上手くできるかな。


「おぉ? その顔はもう一度挑戦されるおつもりですね? その調子でいきましょう!」


 グイデさんは嬉しそうに微笑みながら、再び『ワイルド・ボア』を召喚してきた。


 うぅ……。

 本当はもう少し休憩したいのが本音なんだけどなぁ。


 疲労で重たい身体を起こしながら、私はもう一度猪と対峙する。


「よいしょっと……。いいわよ、どこからでも掛かってきなさい!」


 私は少しでも慣れるために、ひたすらモンスターとの戦闘を繰り返し続けた。



 ***



 ——チュートリアルを始めて、それなりに時間が経った頃、ようやく最期のモンスターとの戦いまで終えることが出来た。


 猪から始まった戦闘は、ゴブリン、オーク、コボルト、トロール、シルバーファング、ワイバーン、リッチ、ミノタウロス、オーガと続き、最後には巨大な三ツ首のケルベロスと戦うまでになっていた。


 ケルベロスとの戦闘もすでに350回は繰り返しただろうか。


 私自身もようやく戦闘に慣れたと実感していた。


「チュートリアル完全制覇おめでとうございます! 初の制覇ですよ。すごいです、ルミナ様!」

「途中から面白くなっちゃって、ついつい夢中になりすぎちゃった」

「かなり一生懸命されてましたね。ここで、チュートリアルクリアボーナスのお話をしますね!」


 グイデさんから提示された、チュートリアル参加及び初クリアのボーナスは選択制だった。


 ———————————————————————

【チュートリアルクリア特別ボーナス】


 ▶︎①チュートリアル中に得た取得経験値を5倍にして還元します。


 ▷②チュートリアル中に得たステータスポイントを10倍にして還元します。


 ▷③チュートリアル時に使用していたクリスタルの魔法剣をプレゼントします。———————————————————————



 えっと……。

 これはまた迷う選択肢ね。


 正直、何を優先にすれば良いかが分からないので、私にはどれも魅力的にしか見えなかった。


 使い熟していたクリスタルの魔法剣を選びたい気持ちが本能的には勝っていたが、装備の強さの位置付けがまるで分からない。


「まだですか? 早く選んでくださいよ?」


 数分間無言で悩んでいたので、グイデさんも痺れを切らしたらしく選択を急がせてくる。


「……ここは、やっぱり数字の倍率が大きい方が良いのかな。ええいっ! 2番にするよ!」



 ———————————————————————

 ▶︎② チュートリアル内で得たステータスポイントを10倍にして還元します。———————————————————————



 カーソルが②へと動き、私はステータスポイント10倍を選択した。



『ルミナはステータスポイント4000Pを手に入れた!』

『初期付与ステータスポイントにも当ボーナスが適用されます』

『現在の保有ステータスポイントは5000Pです』



「これってすごいのかな……。分からないけど、いっぱい貰えちゃった」

「いっぱい貰えちゃいましたね! ちなみにステータスポイントは、チュートリアルに参加した方は1レベル上がると20貰えるので、今回は20レベル分にボーナス値が加わった形になります」


 あんなにいっぱい頑張ったのに、レベル20しか上がってないなんて……。


 取得経験値5倍を選んでいれば今頃100レベルに到達していることになるので、そちらにすれば良かったと後悔してしまった。


「ぶっぶー。もう変更はできませんよ?」


 グイデさんは憎たらしくそう話してくる。

 どうやら、クーリングオフはできないらしい。


「では旅に向かわれる最後に、ステータスについてお話しておきますね!」


 うへぇ……ステータスかあ。

 1番難しそうな話だけど、私に理解できるかなぁ。


 不安に思いながら、ポップアップされたステータス一覧の画面を見つめる私は、謎の短縮された英語表記に絶望することになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る