第7話 夢
……懐かしい味噌汁の匂いが鼻をくすぐる。コトコトと恐らく味噌汁を煮詰める音と、懐かしい鼻歌が聞こえてくる。
目を開けて時計を見れば朝の7時……どうやら少し寝過ごしてしまったようだ。掛け布団をどかして起き上がる。うん、100点満点中80点のいい朝だ。
「……リビング、行くかぁ」
立ち上がり少しフラつきながら寝室を出る。寝室からリビングへ近づけば近づくほどに、結良の気分良さげな鼻歌は鮮明に聞こえるようになっていく。
「……最近出たロボットゲームの音楽か?」
最近結良が夢中で遊んでいるパソコンのゲームの背景で聞いたことがある気がする曲が聞こえた。なんだったっけ……TF2とかなんとか言ってたけどゲーム興味ないし分からねぇや。
「ふんふふ~んふふ~ん――あ、おはようございます、あなた」
「……ああ、おはよう結良」
何故か、胸が締め付けられた気がして少しだけ表情を歪めた。
■□■
「……うん、美味しい。やっぱり最高に美味しいな」
「でしょ? なんせ最高の料理人である旦那さんに教わりましたから」
「そうか?」
「そうですよ……でも、私はあなたの料理の方が美味しいと思うんですけどねぇ」
朝食をリビングで食べながら話をする。結良の一言一言が何故か嫌に心に沈んでいく。
「……やっぱり、愛じゃないかなぁ」
「愛ですかぁ」
「そうだよ」
「愛……エヘヘ。そりゃあ沢山込めてますからねぇ!」
照れているのを誤魔化しているのか、少し声を大にして言う結良を見ていると思わず笑みがこぼれる。そしてそれと同時に嫌に気分が沈んでいく。結良の一挙一動一言全てが俺の何かに深く、深く突き刺さる。
「……どうしたんです? そんな草葉の陰からクサバカゲロウが顔面にヒーロー着地して来たみたいな顔して」
「どんな顔だ?」
「今のあなたみたいな顔ですよ」
「そうか」
「そうですよ」
結良の可愛らしい”にへら”といった蕩けるような笑顔を眺めながらする他愛もない会話は、俺に重く圧し掛かる。何かが飛ばされた。
「んくっ……ふぅ……ごちそうさま」
「お粗末様でした……さて、今日は用事、ありませんよね?」
「? あ、ああ……8時から配信があるけ、ど……配信?」
あれ? 配信って何するんだっけ……そもそも俺はもう仕事をしていないからブログやSNSの更新はしなくてもよくなったはずだ。じゃあ何を配信するって言うんだ俺は? あ、れ……どうして結良が――
「……今日は、何もない休みですよ。でしょう? あなた」
「ああ、そうだった。今日は何もないな。いやぁ、俺もついにボケが始まったか」
「そんなことないですよ」
特に友人との約束も無いし店からのヘルプも来ていない。つまり暇である……ニートの定義には当てはまっていないからニートじゃなくてただの無職である。どっちにしろゴミクズだな俺。何かが飛ばされた。
「あなたはゴミクズじゃないです」
「なんで考えることが分かった?」
「愛ですよ」
「愛か」
「愛です」
なるほどそれなら仕方が無いな、と呟いて立ち上がりからになった食器を片付け……無い!?
「……もう食器片付けたのか」
「えっ? あ、うん! 何か考え込んでたみたいですしね」
そういう結良の目が少し泳いでいる……なんでだ?
「んで、どうして休みなんて聞いたんだ?」
「えっっっ……っとぉ。いやぁ……一緒に、遊びたいなって」
なんでそんなことを一大決心みたいに言うんだこいつは……なんかこころなしか手が震えてるし。
やべぇ、小動物みたいでちょっとそそるな……っと、落ち着け俺、クールであれ。そんなんだから2人並んでると警察に職質されるんだ……あれ理不尽だよなぁ。
「別に良いぞ、何やるんだ?」
「TF2やりましょ!」
「……分かった」
ゲームはしたこと無いが結良の頼みだ。聞かなきゃ男が廃るってものだ……結良に楽しんで欲しいし。さてと、練習時間貰わないとなぁ。
「……危なかった」
■□■
「……なんで俺こんなに出来るんだ?」
【悲報】俺氏練習無しでマッチのMVPを取る。
いや……なんでだ? 俺全然ゲームとかしてないのに……なんというか、こう、体が覚えてるって気がする。え、どうして? マジでどうしてだ?
「きっと自衛隊の頃の経験が生きてるんですよ」
「ああ、きっと自衛隊の頃の経験が生きてるんだな」
それもそうだ。体に染みつくとかいうレベルを超えて魂に刻まれるレベルの訓練だったしな……親父もなぜか稽古つけてきたし。
「……さて、まだまだ行きましょう!」
「
それから何度かゲームで遊んだ。何度も、何度も、結良は1回1回を噛みしめるようにして遊んでいた。時間が飛んだ。
殺して、殺されて。2人して一喜一憂しながら遊ぶのは本当に楽しい。うん、思い出した。
……ははっ楽しいなぁ……本当に、結良が生きてる頃にこんなことをしたかった。
「……きづいてたんだ」
「そりゃあそうだろ」
「どうして?」
「愛だよ」
「あい、ですか」
「ああ」
と、いうのは大分冗談で、本当の理由はやけに時間の流れが早く感じたからなんだが……なんと言えばいいだろうか。
倍速されてる映像というか……飛ばし飛ばしで書かれている小説を読んだ気分というか……あと思考がおかしかったり、何かヤバいことは察してた。
「まぁ、最後の一押しはお前だったから……やっぱ愛なんだよなぁ」
「そう、ですか……」
あと知らないはずのゲームなのにBTが見えた時に涙が出かけたし。
「それは、だいなしですよ?」
「これが俺クオリティってやつだ……」
結良の顔は見えない。ただ声からして泣いているのだろう……なんか舌足らずになってるし。うっわ……こりゃあ後で罪悪感で死にかけるぞ俺。
「……ふみひろさん?」
「なんだ?」
これは夢なのだろうかと考える。答えは否だ。夢は夢と気付いた時点で明晰夢となって見ている人……つまるところ俺の思い通りになるはずだ。だが現実はどうだ? 俺は結良の顔すら見れていない。
ならばこれはなんだ……わっかんねぇなぁ。
「けっこんするとき、わたしをしんでもはなさないっていってましたよね?」
「ああ……言ったな」
「だけどさいきんふみひろさんは……わたしいがいのおんなのことなかよくしてるでしょ?」
「あっ、ああ……でも担当さんとはビジネスライクな付き合いだかr――――」
「だめ」
背中が重くなる。誰かに……結良に圧し掛かられたようだ。結良なら重くないから背中が重くなったは訂正しなきゃな。羽のように軽いわ。
「……浮気しないでくださいね?」
「りょうかーい……俺ってそんなに信用無いの?」
「藍とよくイチャイチャしてるでしょ……」
「あっ! 孫もダメな感じ!?」
「ダメです!」
あっ、駄目かぁ。
「でもあの子レズだよ?」
「え゛!?」
「しかも初恋お前だし……多分それで性癖歪んだっぽいし」
「ファッ!?」
だから藍とはイチャついているというよりは同じ人が好きだった者同士の傷の舐めあいなんだよ。まぁ、普通に孫として可愛がってる割合の方が圧倒的に多いけれどね。
未だに藍とは結良の胸と尻どっちが良いか論争が続いてるし……あの慎ましやかな胸がいいと分からないなんて藍はまだまだおこちゃまである。
「だれのむねがつつましやかって?」
「そりゃあお前ってイテテテテテテテ!?」
思いっきり腕を固められる。肩が外れるぅ!!
てか、どうして俺の一族ってキチガイしか生まれないんだろ……爺ちゃんは14股したクズ男で親父は不死身の英雄……んで、俺は……多分マトモだな! で、息子は激重感情持ってるヤンデレで孫はレズ……なんだこの小説みたいな一族。
「……そう考えると血筋的に浮気しそうです」
「しないしないしない、俺の爺ちゃんはほら、ジョセフみたいなものだから。一族の例外だから」
「そうですか……まぁ、良いです。もう時間がヤバいので……」
抱き着いてるし……自爆でもするんか?
「サイバイマンじゃないです……」
「そうか」
「そうです……ちょっと残念そうにするのやめてください!」
自爆は男のロマンだし……ってか一体何の時間がヤバいって言うんだ? 俺の貧弱な脳みそじゃぁ想像つかないなぁ。ヒェッ……なんか首に手回されたんだけど? あ、これ首折られて殺される感じか? まぁ、結良に殺されるらまだマシな気もするし……よし、殺せぇ!!
「殺しませんよ、刻み込むだけです」
「刻みこ――んん!?」
「それじゃあっと……はむっ」
イッタ!? 噛ま、れ噛まれ、噛まれたッ!? え、ちょ、あっちょっ……イッテェェェェェェエエエ!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
噛まれてる痛みじゃねぇぞこれ! これあれだ覚えある! アッツアツの鍋を触ったときの痛みだこれ! あっ……やばい痛い熱い苦しいウゲェエエエエエ!? 結良お前関節固めるんじゃねぇ固められてなくても逃げれねぇんだからよぉ!!
あっ……なんか意識が……ヤベェ気絶するなんていつぶりだろ……自衛隊時代振りか?
「―――――――――?」
■□■
「はっ!?」
目が覚め、勢い良く起き上がる。時間は朝の4時……日にちも特にはおかしいところはない。
「……はぁ~」
全身から力が抜けてもう一度布団に沈む。うわぁ……なんつー夢見てんだ俺……夢で結良泣かしたし……マヂムリ、セップクシヨ。
「はぁ……飯、作るかぁ……結良の味噌汁もっと味わっときゃ良かった」
にしてもなんか……体、重いなぁ。夢のせいかなぁ?
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名前:
年齢:78
性別:男
好きなもの:魚・ゲーム・妻・子供・孫
嫌いなもの:特になし
趣味:釣り・ゲーム・料理
説明:我らがジジイ。趣味の釣りは結良が魚が好きだから、ゲームは生前の結良がしていたから、料理は結良が喜んでくれるからと妻の結良ありきの重い男。基本的に何でもできる万能野郎だが逆上がりは出来ない。自衛隊の言えない部署出身元プロ料理人現Vtuberとかいう意味の分からない経歴の持ち主である。
また、一見まともに見えるが実際のところは面白ければ何でもする向こう見ずな馬鹿でもある。
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