第4話 実戦②

 王様が俺らの護衛に付くという普通じゃ考えられない展開に何とか納得しながら王国の外へ出る。

 王国の外はすぐに巨大な崖があり、王国は一つの崖の上に建っていたのだと初めて知る。

 崖の先には自然の力で形状が変化した険しそうな岩山に、ここから見ても最奥が見えない深い森、一歩でも踏み出せば奈落まで落っこちそうな深い峡谷。


 大体最初の王国から出たらだだっ広い草原が目につくはずなんだけど……。王国周辺の地形険しすぎね? まさか今回の実戦訓練は死亡の可能性も……? いや、ここは王様の護衛を信じて進もう。簡単には死なない為に一ヶ月も訓練をやってきたんだ。

 一ヶ月の間は王様と直接会う機会は無かったけど、訓練の休憩中に何度も差し入れをくれたり、本当に世話をよくしてくれた。


 今更疑うのはやめよう。


 そして実戦訓練の本開始。これから魔物と戦うのかと思いきや先ずはこの崖を下ることだった。

 崖のすぐ下を見れは底が見えない奈落。正確に言えば此処の崖は酷く手前に反っていて、例えロープを下ろしたとしても、足を休めるような岩壁がすぐ下に無いのだ。


「まずこの崖を下る。我が王国は断崖絶壁の上に建っている故、高すぎる高度に普通の魔物が生息しない。崖を下ってからが本番だ」


「あのー王様、これどうやって下るんだ?」


「無論、ロープだ。案ずるな。ロープは我が魔法で作る。そう簡単には千切れぬ。この先もまずはこの崖下りが先だ。慣れてもらう他ない」


 命綱は例え強度のあるロープでもたった一本のロープ。身体に巻きつける余裕も無く、単純な腕力だけで下っていく。手を離したら終わりだ。


「なぁ、先誰が行くよ?」


「お前ら怖がりだなぁ? 一番は俺だぜ! いやっほおぉう!」


 最初に降りて行ったのは怖いもの知らずの無技だった。高所とか全く怖くないんだろう。手にグローブをはめると、軽く崖から飛び降り様にロープを空中で掴み、なんと勢いはそのままにグローブを使って凄まじい速度で奈落の底へ消えていった。


 無理無理無理無理! いくら高所恐怖症でもない俺でもあの降り方は出来ないよ! やべぇ、実戦訓練初っ端から詰みそうだ。


 次に降りるのは玲だった。相変わらずの冷静さで、なにも言わずにゆっくり崖の外へ足を伸ばし、ロープを掴むと、無技程ではないが小刻みにずり落ちて行った。


 さて天野は大丈夫だろうか? 俺の予想は当たっていた。天野はひんやりとした風が崖下から吹くそこに座ることは出来ても、ロープを掴むという動作になかなか移れずにいた。


「む、無理だよ。こんなの、聞いてないよぉ……」


「天野、ゆっくりで良いからな。俺が先に行くよ。じゃ……」


 俺は玲と同じ動作でゆっくりとロープを掴むと、軽く手を離して降りる方法はあまりにも勇気がいるので、両手を使って一つ一つ降りていった。


 崖を下ること30分。体感時間は1時間2時間にも感じた。手を離したら終わりという恐怖があり得ないほどに冷や汗をかかせ、ようやく底まで降りた頃には暫く立ち上がれなかった。


 底にはすで先に降りていった無技と玲がおり、まるで待ち合わせの時間に遅れた友人を待つかのように退屈そうに地面に座っていた。


「やっと来たかよクロガネ。待ちくたびれたぜぇ。そういや天野は?」


「そういや遅いな……上で何かあったのかな……?」


 なかなか降りてこない王様と天野。もしかするとまだ崖上で震えているのだろうか。そう考えると先に行って天野を置いていったのを後悔しそうだ。

 だがそれは杞憂だった。突如真上から叫び声か上がる。


「うわああああぁぁ!!」


 ふと上を見上げると、王様の姿が見えた。そう、左腕に天野を抱えた。しかもロープ無しで。

 そうすれば、王様は勢いよく地面に着地。凄まじい砂埃が舞う。


 砂埃が収まり視界が開けると、無表情の王様が立ち、左腕にはぐったりと気絶した天野がいた。


「少々手荒な方法だったな。だが、我が下で戦うと決意したからには多少の無理があってもこのような恐怖は克服してもらわねば困る。

 しかし、まさかこれほどまでとは予想外だった。彼が目を覚ますのを待つとしよう」


 王様と天野が到着してから更に10分後、ようやく目を覚ました天野は目を擦り身体を起こすと、すぐに自分の状況を理解し、真上を見上げ唖然とした表情で固まる。


「僕、あの高さから落ちたのかぁ……」


 上を見上げれば大凡高さは100m〜200mを超えると予想出来る。それにせよ王様はロープ無しで直接足で着地した。王様、実はもう人間を辞めているのでは?


「目を覚ましたか。天野よ、お前には特別にこれをやろう。軽量化ポーションだ。一時的に己の体重を紙のように軽くすることが出来る。本来なら軽くしたい物に馴染ませることで荷物の重さを変えられるのだが、一応飲用も可能だ。

 恐れるものは仕方が無い。しかしこれを多用すると本来の体重も体質変化によって減ってしまうから注意しろ。早めの克服を望む」


 そう言って王様は目を覚ました天野に試験管ではない丸みを帯びた小さな小瓶をいくつか渡す。


「飲むのは一度に舌を出して一滴で良い」


「あ、ありがとうございます……」


「さて、ここからは十分に訓練した新兵でも戦える低級の魔物が出没する。用心して進め」


 そう言って俺らは峡谷の底にて、ようやく戦闘があるのかと緊張しながら歩き始めた。


◆◇◆◇◆◇


 歩き始めて数分、突如草むらがガサガサと音を立てれば、サッカーボール並みの青いスライムが現れた。


「キュウ?」


 これがスライムの鳴き声か。なんとも愛くるしい鳴き声だな。これは危険な魔物なのだろうか?


「油断するな。スライムは体内に超強力な硫酸を宿している。唾でも吹きかけられれば服どころか骨を急速に溶かす。

 ただこちら側から攻撃しなければ至って安全な魔物だ。しかしそれはこのスライムに限ることであり亜種のスライムは違うからここで始末せよ。

 普通に叩き斬っては貴重な武器を溶かすだけだ。体内に透き通って見える魔核コアを一突きで破壊しろ」


「ならまず俺がやってやるぜ! すまねぇな! スライムよぉ!」


 無技は王様のアドバイスを受けると大剣の切っ先を真下に、スライムの中央を捉えて垂直に構えると、その重々しい大剣を地面に突き刺す勢いで落とす。

 ズドンと大剣がスライムの身体を貫いて地面に刺さる。


「キュウウゥ……」


「良い。まだここは安全地帯とも言われている。奥へ進め」


 歩くこと15分。次に出てきたのは狼だった。相当腹を空かせているのか、口から涎をたらし、唸っていた。


「狼は普段なら群れで行動するのだが……どうやら餌の欲しさに集団から離れたようだ。ならば好都合。狼は凶暴性が高く、基本恐れを知らずに誰かれ構わず襲ってくる。

 更に機敏な動きに最初は翻弄されることがあるが、落ち着いて冷静に対処せよ。飛びかかって来たところを叩き落とせ」


「グルルルル……ガウッガウ!」


「なら次は俺にやらせてくれ。少し試したいことがある」


 俺はあまりの緊張に自分が失言を漏らしていることに気付けなかった。

 試したいこととは《万物の管理者》にある戦闘で使えそうなスキルだ。


「まずは《武器召喚》」


 俺は何も無い空中に手を伸ばすと、青い光と共に俺が武器庫で選んだ長剣のアーミングソードが召喚される。

 戦闘訓練を終えたらいつの間にか手元から無くなっていた。どうやらスキルの《武具拾得》によって俺が無意識に仕舞ったようで、焦ったことがあった。


「ガルルル……!」


 その間狼は俺の周りをぐるぐると回ったり、高速に動いたりして俺を翻弄しようとしたいた。が、俺はとにかく冷静になり、とあるタイミングを見計らう。

 そして次の瞬間、狼は俺の真横から飛び掛かってきた。


「今だっ!《射出投擲》」


 狼が飛び掛かってきた真横に向かって長剣の切っ先向けると、狼に向かって長剣が弾丸のように発射された。

 その弾速と勢いは凄まじく、ドォンと低く響くような轟音を鳴らすと、狼はあまりの衝撃に爆発四散。さらに同時に貴重な武器も粉々に吹き飛んだ。


「ふぅ……。あ……」


 自分の過ちに気づいたのは狼を倒した直後だった。無技は唖然とした表情に、天野は苦笑し、玲はため息を吐いていた。

 そして王様は興味深く俺を見つめる。


「ほう、最近の農民はそんなスキルを覚えるのか。とても興味深い」


「あー、いやぁ、これはぁ……そのぉ……」


 駄目だ全く言い訳が思い付かない。手品なんて言った所で信じてくれる訳が無いだろう。

 なら正直に言うか? いやそれは良くない。しかしでもこれはもうどうも言い訳がしようないだろう。


「我は知っていた。お前が誰よりも強力な力を持っていると。正確には分からないが、情報開示魔法で《分析不可能》と表示されていたからな。

 もう隠す必要は無いだろう。隠そうが晒そうが我には無関係のことだ。出来るならその力で魔王を倒すと良い」


「あー、そうすか。いやー皆ほんとごめん……」


 こうして俺の不注意によって俺の本当の称号が遂にバレてしまった。

 あぁ、早すぎる。もう少し隠していたかったなぁ。

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