ありあわせカクテル

天﨑 羅宇(あまさき らう)

ありあわせカクテル

「飲まれてやらないと酒に失礼だろ」と笑っていた彼は、ひと月前に車に轢かれ、二度と目覚めることはなかった。例のごとく、酒に酔っていたそうだ。


それきり行けていなかった、お気に入りのスナックへ行くことにした。彼と足繁く通った思い出の場所だ。


ちょっと古臭くて、ピンボケした解像度の低い店内。どこにでもあるようで、ここにしかない私の心のよりどころ。久々に来て、私はいつも頼んでいたものより、少し強いお酒を頼んだ。


「なによ、彼、逃しちゃったわけぇ?」マスターのカヨコさんは、私の肩に手をかけ酒臭い息で囁く。彼(?)はゲイで気はないのは分かるが、ここまでボディランゲージが激しいと、肩で小突きたくなる。


死んだの、とカヨコさんに伝えると眉をひそめ、とぼとぼとカウンターに戻っていった。彼にも良くしてもらってたから、久々に来て、酒を不味くするようなことを言った気がする。


カヨコさんは、勘が冴えている。仕事で失敗した日には、私の好きなサラダを「将来につけとくわねぇ」といってサービスしてくれた。同僚と来た日には、その悩みを聞いて的確なアドバイスをしていた。


でも、今日はなんだか元気がなかった。どんな時でも笑顔で、人と話すことが生きがいであったはずなのに。


「珍しいですね、落ち込んでるなんて」

「……女には、女の理由があるもの」

カヨコさんの声は、どこか弱々しい。なんとなく、瞳も潤んでいるように見えた。そういえば、と私は彼と飲みに来たあの日のことを思い出していた。



◈―◈―◈―◈


亡くなるちょうど1週間前くらいのこと。私は、彼との関係にモヤモヤとしていた時期だ。その日は彼が仕事でミスをして、上司にこっぴどく叱られていた横を通り過ぎた。その日の夜のこと。


「こうやって飲みに行ける女友達、お前しかいないからさ」

なんて言われて、私の思いはより深いところに潜っていく。すっぱり言えば彼が面倒くさそうにするのは目に見えていた。だから今は友達という関係に上手いことハマるしかない。歪だけど、そう乗り切るしかないから。


「あらァ、いらっしゃい」

カヨコさんは、私と彼を見て笑顔で迎えた。来るやいなや、カヨコさんは彼の隣に座り

「何にする?随分、お疲れそうだけど」

とニコニコしている。カヨコさんは彼のことを気に入っている様子だ。


「あ、じゃあビールで」

「私は酎ハイと枝豆を」

彼に続けて私も注文をした。カヨコさんは嬉しそうにカウンターに戻りお酒を取り出している。


「カヨコさんっていつも楽しそうですよね」

と彼は呟いた。カヨコさんはお酒と枝豆をカウンターに置くと、自分のハイボールを注いで、軽くひとくち飲んでから彼の隣に座った。


「楽しそう、ねぇ。」

また一口飲んで、彼の方に向き直った。すっと、真剣な顔をすると、私はカヨコさんが「男」であることを再確認する。叱りつけるんだなと思った瞬間、いつも通りの笑顔になって続ける。


「客商売はね、アンタの思うほど、ラクじゃないのよ」

笑ってるんだけど、心からのものじゃなくて、営業スマイルで今喋っている。複雑に絡み合ってぐちゃぐちゃな感情を、無理やりに「喜怒哀楽」で呼ぶみたいな、そんな違和感。


私は私だから、カヨコさんが今どう思っているかなんて、あくまで推測でしかない。でもあの時、何かに嘘をついて、いつも通りを演じてみせようとしたことは分かった。


◈―◈―◈―◈


「……ねぇ、カヨコさん」

「どうしたの」

カヨコさんの声色はなんだか弱々しい。彼の件は後引くものがあるのだろう。


「一緒に、旅行でも行きませんか」

私はカヨコさんをじっと見つめた。驚いた目をして、こちらを見返してくる。


突飛な提案だったと思う。カヨコさんは、少し笑って、いいわね、と言ってくれた。

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