第2話

 ルーヴィック家の屋敷がある森。その奥にある湖にエスラは来ていた。姉はあの後すぐに出立し、屋敷に残された彼女は一人では悶々と考えてしまいそうになったからだ。

 屋敷にはメイドの他には病弱な母もいる。姉についての事で母に相談しようものならエスラ以上に心配してしまい体調が悪くなってしまうやもしれない。

 仕事の内容も内容な為迂闊にメイドにいう訳にもいかず、結果彼女は日課のように来ている湖にいた。

 木を背に、三角座りをし、脚を本立ての代わりとし読書する。

 右手でページを捲る一方、左手は虚空を彷徨うように動いている。不自然な格好だが、これは“操霊術タクト”に必要な事らしい。

 より正確には並列思考マルチタスクが必要らしいので、その練習と反復だ。

 エスラの“操霊術”は感覚が何よりも大事だ。次いでそれを行いながらの思考や別の動きも出来なければならない。

 事実、本を読みヴァンと話しながらも手は休まず虚空を掴んだり振るったりしている。その動きに合わせるように先程から宙を一枚の葉が踊っており、合わせるように近くでは白い蝶が舞っている。

 既に五分以上舞い続けるそれは、やはり自然現象ではなく、意図したもの――つまりエスラの“操霊術”によるものだ。

 “操霊術”とは精霊の力を行使する為のすべであり、現代においてその方法は“精帯”によって発せられる“霊言”と呼ばれる特殊な言葉が使われている。普通の人間の耳には決して聞き取れぬ、精霊にのみに通じる言葉は、それ自体が『力』を持つ。

 故に本来ならエスラが“操霊術”を使えるはずはないのだ。

 しかし、“精帯”を使うやり方はあくまで現代の主流というだけで、昔の時代にはそれ以外のやり方があった。

 それを知る人間は死に絶え、文献や伝承、あとは口伝や細々と継承している一族くらいしかいない。

 だが、人間以外の存在であればそれを知り、教授することも可能だろう――。


「ほぉ、“精霊喰い”か。随分とまた珍しい名を出したな」


 湖の中央に座している精霊――ヴァンは宙に舞う光玉を右の手のひらに乗せながら目を細める。

 エスラが姉の初仕事や“精霊喰い”に関して話し、それを聞き終わった所。

 余裕を持った言葉遣いだが、その顔は険しい。

 

「なるほど。“オーブ”の異常発生の原因はそれか」


 周囲を見渡せば、手のひらに収まった光の玉と同じ物が幾つも浮遊していた。

 “オーブ”。自然界に存在するマナから形成され、生まれるのが精霊であるが、オーブとは端的にいってそのなり損ないだ。

 属性を含んだマナの集合体。そこは同じだが、精霊と違う点としては方向性が定まっていない……“個”が固まっていない状態だ。

 説明を聞く限りは悪いように思う者もいるだろう。しかし、オーブが発生する地はマナが豊富であることを意味している。

 それに『なり損ない』と形容されてるだけであり、実際には『過程』の段階でもあるのだ。

 マナの集合体である以上、何かしらの干渉を受けることで精霊として姿を変えることもある。

 事実、今ヴァンが手にしているオーブは透明な発光体の姿をとっていたが、彼が目を向け、方向性を与えることで発光体は水色の玉に変わり、それが徐々に変じていく。

 球体は不定形となり、そこから更に型が出来、ものの数秒でそれは魚の姿となる。

 そして彼の手から零れ落ちるように湖に入水すると姿を暗ました。


 傍から見れば神秘的な光景の様にも思うだろう。実際エスラも何度か心を奪われた。

 しかし、今の彼女にそんな心の余裕はない。


「知っているの?」


 姉が関わる事案故か、やはり気になるようだ。

 本を閉じ、“操霊術”も止めてヴァンに詰め寄る。倣うようにさっきまで葉と舞っていた蝶はエスラの肩に止まると、ヴァンを見た。


「まあな、俺が何年存在していると思っている? 下手な年寄りより物知りだぞ」


 人間の様な寿命がない為基本長い期間存在している彼等は多くの事を知っている。今回の件もそうなのだろう。


「やっぱり危ないの?」


「モノによるな」


 “精霊喰い”。その名から良い印象を受けることはない。実際に今回被害があった街では精霊が次々と姿を消し、更に精霊師が契約したもの達すら被害にあっているという。


「オーブで満足するくらいならまあ、大地からの恩恵は少なくなるが、人間的にはまだ有害ではない。そいつの心持ちではあるがな」


 精霊と同じくオーブはマナの集合体だ。その上、精霊の様な力がない為“精霊喰い”にとっては正にいいカモだろう。

 精霊の存在そのものがマナの生成に必要とされている為、その幼体ともいうべきオーブを減らすのはマナの生産性を減らすこととなる。

 『マナ』とは、自然……大地からの恩恵であり、それはあらゆるものに大小様々な影響を与える。

 マナの少ない土地は荒れて植物は育たず、動物も住まない。反面、マナが溢れた土地は自然豊かで植物も動物も多い。

 現にヴァンが治めるこの土地は、彼が長きに渡りマナの管理を行ってきた為豊かな大地だ。

 それだけマナというのは自然界において重要視されている。

 人間の街などは自然は少ないが、それでも植物も動物もいる。数は少ないが精霊もいる。その為オーブも見かける機会は幾らかある。

 精霊がいればオーブは生成される為それを喰らうだけなら多少居心地が悪くなる程度で済むのだが……。


「問題なのは“味を占めた”場合だ」


「味?」


「“精霊喰い”になる奴は決まって味覚に異常がある。人間の食べ物が泥や砂の様に感じてしまう。反面、マナに対し味を覚えてしまう」


 実は精霊に対して働く器官がもう一つ存在する。それが“霊舌”というものであり、精霊……より正確にはマナの味を感じるという器官だ。

 だが、精霊と共にあろうとする者が多い世界で、精霊を喰らいその味を堪能するなぞ、それは禁忌ともいうべきものだ。

 何よりも本来であれば持って生まれるはずがない器官。後天的に発現する理由は不明だが、その大半は味覚に異常をきたした者達だ。

 しかも彼等は先に味覚障害が発生し、物が食べれなくなってから暫く……それこそ餓えに喘ぐまで追い込まれて初めて“霊舌”が目覚めるのだ。

 そうなったら腹を空かせた獣の如くマナを喰らい続ける。


「精霊は吸収や取り入れる様な形だから味は感じないし、感じたとしても人間の様に腹一杯やそれを超えてまで……てことはしないんだよ。そもそも人間の『空腹』とは違うからな」


 精霊と人間の身体構造の差異はこういった所にも表れる。故に同じ『マナを身体に取り込む』という行為でも意味や役割が異なる


「だが“精霊喰い”は人間だ。味覚と食欲がダイレクトでリンクしている。美味いと感じれば食いたくなるのは当然の帰結だろう」


 美味い食べ物を一口だけ、一品だけで我慢できるか? と問われ一体何人が我慢できるだろう。

 それがたった一つのものだけでなく、探せば出てくるようなものなら?

 しかも餓えて死ぬ寸前までに追いやられた状態だったら?

 考えるまでもない事だ。


「先も言ったが、これもちゃんと限度を弁えれば問題はない。しかし人間の三大欲求という事もあり、自制できる奴は中々にいない」


 食事は生きる為に必要な行為である。故にそれ自体を『悪』と断じるのは無理な話しだ。

 しかし、同時に人間にとって『食』は欲望だ。行き過ぎれば悪食や暴食というマイナス方面に振り切れてしまう。

 そして、その振り切れてしまうのが“精霊喰い”だ。


「おまけに奴らの性質だ。あいつらはマナを喰らう。それは則ち喰われた精霊はマナに還元されない」


 通常、精霊が死ねばマナとなり大地に還る。そしてマナで豊かになった大地から新たな精霊が生まれてくる。大地とマナと精霊、これは切っても切れない循環サイクルとなっている。


「だが“精霊喰い”はこのサイクルに必要な精霊とマナの両方を潰す存在だ。もしそんな事が長期に渡り起こされたらどうなると思う?」


「循環に必要な二つの存在を断たれる……つまり大地には全く供給がなされないから疲弊していく……それが続くとなれば……」


 大地の死。それは人間どころか、生物全てが住めなくなる事を意味している。

 事実、本で得た知識ではあるが、そうした死した大地をエスラは知っている。

 常時悪天候に見舞われており植物は育たず、干ばつした地面は幾つもの大きな裂け目によって移動が困難だ。宙には砂や塵が常に吹き荒んでいる為息をするのも一苦労。

 おおよそ人が暮らせる土地ではない。それどころかあらゆる生命が生存出来ないとされている。


「そういう訳だ」


 そんな環境を生み出しかねない存在、それこそが“精霊喰い”。

 ヴァンが渋い顔をする訳だ。

 そんな危険な存在を放置するのは、長年土地の主務める身としても看過は出来ないだろう。

 ……とはいえ。


「……ま、俺にはどうする事も出来ないがな」


 不貞腐れるようにエスラから顔を逸らすとつまらなそうに頬杖をする。

 やる気のない仕草は事実その通りだ。

 どれだけ危険な存在であろうと、対処しなければいけない存在であろうともヴァンにはどうする事も出来ない。

 それは彼が精霊故に天敵だから……という訳ではない。

 広大な土地の主ともなればその力は高位の精霊以上。“精霊喰い”が如何に精霊にとっての天敵であろうと、天候や地形すらも変えることが出来るとされる高位精霊なら十分相手取れるはず。

 ヴァンが争い事に力を行使する姿を見た事はないが、強大な力を持つ精霊であるのは疑いようのないのをエスラは知っている。

 何せ、今エスラの肩に止まっている蝶……下位の――故に言葉を話すことが出来ないとはいえ――風の精霊を彼女の前であっさり生み出したのだ。それだけでもエスラが知る他の精霊とは一線を画す存在だ。

 だからこそ力や相性的な問題ではないのだ。

 彼には動けない理由がある、だからこそ――


「ねぇ、ヴァン。わたし、行ってもいいかな?」


 憂いているように見えた彼の代わりに自分がその問題に関わろうと考えた。


「お姉ちゃんのこともだけど、そんな危険な存在の事を知ったらどうにかしたいって思って……ダメかな?」


 “精霊喰い”が如何に危険な存在か。それを聞かされた今見過ごす事は出来ない。

 確かに自分は精霊師としての才はないし、契約してくれた精霊も下位のもので大きな戦力ではない。

 もし仮に“精霊喰い”と対峙したとして勝てる見込みもない。

 それでも父や姉と同じく貴族の端くれだ。力でどうにかならないとしても今まで蓄えた知識で助力できるのではないか。

 少なくとも“精霊喰い”についての情報は今得たばかり、恐らくは調査を始めたばかりのエルデシアよりは有益な情報のはずだ。

 それを報せるだけでも価値はあるのではないか?

 そう思っての進言だ。


「……お前、知恵はついたが、頭でっかちになったな」


 その様子に、ヴァンは呆れた。

 昔のエスラであれば下手に考えるよりも早く身体が動き、姉のいる下に向かって駆け出していただろう。

 それをしなくなった辺り、ある程度の分別はついたようだが、今度はその分ブレーキを掛け過ぎている。

 色んな知識が着いた分、起こりうる様々な展開を想定出来るようになったが、結果判断力……一人で踏み切る覚悟が衰えたように思う。

 実際、彼女は進言こそはしたが、それでも最後の許可をヴァンに委ねている。

 確かに“精霊喰い”の危険性を知るヴァンに伺うのは間違いではないが、それでも選択を委ねるのではなく、自分自身の意志できっぱりと言い切って欲しい所だ。


「言ったはずだ。『価値とは意義』だ。行動を評価するのは他者だが、どうしたいかはお前自身が決めろ」


 ――勇気と蛮勇は違う。

 当事者でない者がそれをいうのは簡単だ。後から結果を知った者なら偉そうに言えるのは当然だ。

 だがその時、その瞬間、その場所に立ったものにしかその選択を選んだ意義なぞ分かるはずがない。

 そんな気持ちを知らずにただ唾棄するのは、賢い振りをしてるに過ぎない。

 ヴァンはそんな人間が嫌いだ。例え蛮勇と捉えられたとしても、苦悩の末に見出した選択なら、それはその者にとって価値があるはずだ。

 きっと今の状況やエスラ自身の状態を知り、先の進言を聞いた者がいたら「愚かだ」と言う輩はいるだろう。

 確かにヴァンから見ても自殺行為にしか思えない。冷静になれ、一旦考えろなど制止の言葉を掛けることも出来る。

 だがその結果、その場で足踏みをするだけなのはいただけない。

 ちゃんと前に進んで欲しい。苦難や困難が待ち受けようと乗り越える強さを見せて欲しい。


「“約束”。たがえるなよ」


「あ……」


 ヴァンの口から零れた言葉で、昔――初めて会った頃を思い出した。

 “精帯”を持たず、精霊師として『欠陥品』と称され、家族でありながらもエルデシア達との違いをまざまざと知らされ、孤独を感じていた。

 そんな時に唯一声を掛けてくれた精霊がヴァンだった。

 最初は鬱陶しがっていたが、話を聞いてくれて応えてくれた。

 泣かされる事もあったが、厳しくも不器用に諭してくれる姿に嬉しくなった。

 大袈裟かもしれないが、エスラにとっては失意の底から掬い上げてくれた恩人だ。

 その恩人が自分の守護精霊になってもいいと言ってくれた。

 条件付きとはいえ、その言葉は本当に嬉しくて飛び跳ねた程だ。


 ――高位精霊に認められろ。そしてその力を十全に使いこなしてみせろ。


 突き付けられた条件は苦難の道に彩られていた。

 精霊師の中でも中位精霊に認められる者はそう多くない。才能にもよるが厳しい教育、弛まぬ努力をしても必ず認められる訳ではない。高位精霊ともなれば更に稀少だ。

 『欠陥品』と蔑称された少女が挑むにはいくらなんでも高過ぎる壁だ。

 それでも、エスラはその条件を呑んだ。

 それは、確かに彼に守護精霊になって貰いたいと思ったのもあるが、純粋に彼の期待に応えたかったからだ。

 「頑張ればできる」。一見適当な応援のように感じるだろう、だがエスラにとってその言葉は軽いものではなかった。

 “精帯”を持たない彼女が大好きな姉に憧れ、必死に精霊師になろうと努力しても、どうにもならない。そんな世界、世の中だ。

 「頑張らなくてもいい」と家族は言ってくれた。それは才能がないのに足掻くエスラを見ていられない故だろう。

 そこに悪意はなく、寧ろ痛ましい思いをしている彼女の事を考えての行為だ。

 しかし、それはエスラの願いを否定するに等しかった。

 「頑張るな」という言葉は遠回しに「無駄」だと言っているようなものであり、心意はどうでありエスラは自身はそう捉えてしまった。

 ただ家族と同じ事をしたい、できるようになりたいと願って頑張ってきた少女に対し、その仕打ちはあんまりではないか。

 どんなに頑張っても報われない。そう言われたようで悲しくて泣いてしまった。

 そんな中、「頑張ればできる」。そうヴァンが言ってくれたのは嬉しかった。

 期待されている、『できる』と言ってくれた。子供心にどんなに救われただろう。

 例え彼にとって暇潰し程度にしか思ってなくてもエスラには大事な出来事だった。


「……うん」


 あの時結んだ『条件』は契約ではないが、大切な『約束』だ。

 エスラ自身がそう言い換えて、ヴァンもまた承諾した。

 

「ヴァン、わたし行くよ」


 想像し得ない困難や苦難が待ち受けているかもしれない。しかし、そんなのはあの『約束』をした時点で承知していたはず。

 今更および腰になるのはらしくない。

 迷いを振り切り、自らの意志を示すとヴァンは口の端を釣り上げた。

 それでこそだ。そんな気持ちが表したような笑みにつられてエスラも笑った。


「餞別だ」


 右手を挙げると周囲に浮遊していたオーブがそこに集まる。

 群体の如き集結した光の群れは徐々に姿を変える。

 不定形ながらも泡の集合体を彷彿とさせる。ブクブクと激しく鳴っていた気泡の音が治まっていく。それに合わせて人の形となる。


「手を貸してやれ、ウィーネ」


 水で作られた人形。そう形容できる姿の精霊は主の言葉にコクリと頷いた。

 そして空中を泳ぐようにして、エスラに近付き、頬に手を触れると弾けるようにして姿を消した。


「中位精霊の中で、お前でもギリギリ扱える奴だ。状況が状況だ、手は貸してくれよう。ま、もし『契約』したいならお前次第になるだろうから、そこは肝に命じておけよ」


 姿は見えないがどうやら同行し、力を貸してくれるらしい。

 確かに“精霊喰い”は危険な存在だ。下位精霊では対処が出来ないかもしれない。上位精霊はエスラの現段階の技量では手綱を握るのは難しい、その上下手に暴走しようものなら二次災害が起こる可能性がある。

 だからこその中位精霊か。実際、十年に及ぶ特訓の成果でそれ程力の強くない中位精霊なら行使できる程にはなれた。

 ヴァンもそれがわかっている為に、見合った精霊をあてがったのだろう。


「ありがとう」


 礼を言い、踵を返した。

 今から馬車を手配して向かっても、同様の手段で先行したエルデシアに追いつくのは難しい。

 状況故に姉が心配だ。焦る気持ちはあるが、それでもどうにもならない問題でやきもきするのはよそう。

 ともかく急ごう。それこそ空を飛ぶような気概で――


「ああ、それと、サービスだ」


 瞬間。

 身体浮いた、足が地面から離れた。


「え? え? え?」


 困惑し、上下左右を忙しなく見澄ます。

 一見何もないようだが、よくよく凝視すれば風が蔦の如く身体を被っている。

 精霊の仕業だ。そう認識すると同時にヴァンに顔を向ける。

 すると彼は悪戯でもするようにクシャと笑う。


「送ってやるよ」


「待って! ヴァ――」


 言い終えるよりも早く、エスラは一陣の風と共に姿を消す。

 風の精霊、ヴァンの眷属による仕業だ。エスラは文字通り『風と共に』目的地に向かった……正確には『運ばれた』というべきかもしれない。

 そうしてヴァンは、彼女がいなくなった場所を暫く眺め、目を閉じ、ため息を漏らした。

 ――“精霊喰い”。

 ヴァンが知る限り、最後に確認されたのは百年以上昔の話。それから発見例はなかった。

 何より“精霊喰い”が生まれる理由は飢餓とマナの不安定さによるものだが、少なくともヴァンが管理している此処ら一帯は十分安定し、豊富なはず。

 距離が離れた街とはいえ、少なからず恩恵は受けられている。

 状況的に生まれる事はない。

 それなのに……。


「……こちらも色々と調べてみるか」


 どうにも腑に落ちない。

 呟くようにそう言うと湖に落ち、水底へと沈んでいく。

 実体を持たない故に落ちた音も無ければ、気泡すら発たない。

 彼も姿を消した事で、先程まで賑やかだった森は、一変静かになる。

 残ったのは、淡い光を放つオーブのみ。

 ふわふわとシャボン玉を思わせる動きで薄暗い森の中をゆっくりと浮遊するのだった。

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