アイドル

定食亭定吉

1

 タクヤ。三十三歳。、チャーハンを食べ切る。油物の後のお茶は格別だ。

 今日もレッスンに通う。彼は三十三歳になっても、アイドルを目指している。

 食事を済ませて、鏡で自分の顔を眺める。童顔で目がくりっとしているから、二十代前半にも、時々、見られるが、アイドルとしては限界があるのかも。

 自宅を出発する。最近は、夢を叶えるというよりは、諦めをつかせるという感じだ。しかし、三十三歳で、就職は難しい。アイドルを続けるのも、辞めるのも地獄だ。

 最寄り駅の道中。

(ニャー)

いつもの駅近交差点の今川焼き屋にて、猫がタクヤに甘える。

「おはよう!」

猫に挨拶するタクヤ。

(ニャー)

更に勢いよく、タクヤのスネに頭突きし、足に絡み付く猫。

「お兄さん、クロに好かれてますね」

見知らぬ若い男から、声をかけられるタクヤ。どこに彼がいるか迷い、四方を見渡し気付いたタクヤ。今川焼屋の販売バイト、ツヨシだ。

「そうですね。猫のアイドルですね」

しばらく、まとわり付く猫。

「おい!クロ、エサだぞ!」

シロ色の柄なのにクロだ。長男なのに、二郎と名付けているようなものだ。

 キャットフードを与えるツヨシ。勢いよく、エサを食べるクロ。

「お兄さん、チーズ味を一つ」

まだ朝食を食べていないタクヤ。

「はい。ありがとうございます!」

背が低く、可愛らしい顔立ちをしているツヨシ。モテそうな感じで、つい彼に惚れてしまうタクヤ。

「お兄さん、おいくつなの?」

「二十二歳ですね」

「ニャンニャンですか?」

右手で猫のモーションをするタクヤ。

「そうですね。ニャンニャンです!」

ツヨシも愛想で同じモーションをする。彼の事を愛おしく思うタクヤ。

「それではまた」

油を売っていたら、レッスンの時間は迫った。急いで最寄駅へ向かうタクヤ。

「また、お待ちしてます!」

接客なのに、個人的に言われたようなタクヤ。それから三十分ぐらいで、養成所へ到着。

 いつものようにレッスンを受けるタクヤ。若いメンツに混じり三十三歳。レッスン生で最年長だ。年齢は無制限であるが、大半は二十二、三歳までに芽が出なければ、自主退所していく。しかし、タクヤは諦めない。

「はいっ!今日から新しいレッスン生を紹介します!ツヨシ!」

講師はダンス練習中のレッスン生に、手を打って合図をする。

 どこかで見たことあると感じたタクヤ。しかし、アイドルを目指すぐらいなので、イケメンは多いし、ツヨシなんて、一般じみた名前だ。

「どうも、ツヨシです。よろしくお願いします!」

他の情報は本人から開示されなかったが、タクヤの居住地である、今川焼屋の店員を確証した。

「それと、タクヤ、ちょっと!」

講師はレッスン室の隅に呼ぶ。

「そろそろ、向いてないから辞めた方がいいよ」

優しい口調で宣告する講師。

「そうですね。自分も歳ですから」

受け入れた理由は他にもある。ツヨシがここに来たからだ。名前なんて知らなければ。

 その後、すぐに帰宅するタクヤ。

「ニャー」

タクヤはクロのアイドルにはなれたようだ。それでも幸せだった。次の人生を探そう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイドル 定食亭定吉 @TeisyokuteiSadakichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ