2


 

 道の先には森への入り口が見え、あの森を抜けた先に教会があると村長は教えてくれた。

 しかし教会の存在を伝える案内看板はなく、村長の先導して森へと入り、その背中を追う。

 森の中は馬車で通ったものとは違い、随分な悪路となっていた。

 思い思いに伸びた木々の根が地表にまで姿を現し、危うく足元をすくわれそうになる。鳥の悲鳴に似た鳴き声が森全体に響き、気味が悪い。

 路面の状況から察するに日頃から森に出入りする者は皆無で有ることが判る。

 

「この先に本当に教会があるのでしょうか?」


 木の根を跨いで越えたアセリアが尋ねると、村長は立ち止まり顔を向けた。

 

「ええ、随分と使われておりませんが」

 

 村長はそれだけ言い、淡々とした歩調で森の奥へと向かう。

 取り残されまいとアセリアも懸命に背を追い続け、やがて奥の方で木々が無い場所が見え始めた。葉に遮られる事なく陽光が大地を照らし、茂みや幹でまだ見辛いが確かな開けた場所にアセリアの足も軽くなり、期待を膨らませながらついに森を抜けた。

 

 そこは不思議な場所であった。

 森の中に突如出来た空白地のようで円を描いたようにして平地が続く。

 あまり広いとは言えないが、木々は一本も生えておらず芝生のような短い雑草が地面を支配していた。

 そして、その中央には大きな納屋が建ち、併設する形でレンガ造りの長屋が納屋の裏から続いている。長屋の隣にはみすぼらしい木の柵で囲まれた畑らしきものも見え、一部植物が生えているのを見て、手入れがされている辺り誰かが住んでいるのだろうと推測できた。

 


「あれです」


 やや疲れ気味の村長が指さす先にはその納屋があった。


 最初、冗談かとアセリアは笑い声さえもでずに困惑してしまった。


 あれを教会と呼ぶにはあまりにも不格好である。

 おそらく国中探してもここだけだ。


 アセリアは本当はもう少し別の場所にあるのではないかと、周囲を見渡すがここら一帯以外にそのような場所は無い。

 悪い冗談だろうと、納屋まで近づき視線を上に向けると疑いたくなるようなものが確かに存在していた。

 建物の入り口上部に、国教のシンボルである逆十字がしかと備わっていたのだ。

 しかしまだ疑問は晴れず、アセリアはしばし考え、結論を導き出す。

 察するにここは教会ではなく、敷地内にある教会が管理をする建物なのではないだろうか。

 そう考えればあの逆十字の意味もいきていくる。


「ここはどうやら教会所属の物置小屋のようですね」


 アセリアが少し分かった素振りで村長に確認をしたが、村長は首を振った。


「いえいえ、ここがフルト村の教会になります」


「私には農具や作物などを保管して置く建物にしか見えませんよ」


「うーむ……。では中を見ていただければ納得してもらえると思います」


 村長はそう言い、木製の観音扉を開けはじめた。

 長く使われていないと言った通り、木が歪んでしまっており、すんなりと思い通りに動かせず四苦八苦する村長にアセリアも加わり、ようやく開けることができたが、

むせ返すような匂いが風にのって鼻を刺激した。

 アセリアは顔を瞬発的に目を閉じ、顔を背けて深く咳払いをした。

 鼻腔に匂いが住み着いたように酷い匂いが続くのでしばし、扉の側で咳き込む。

 嗚咽も出そうになるも何とか耐え凌ぎ、落ち着いた所で涙を貯めた目をゆっくりとあけると、納屋内の異常な光景にアセリアは絶句した。

 

「なんですか、これは」


 天井の一部は剥がれ落ち、そこから陽が差し込んでいる。

 それが唯一の灯りであり、蝋燭の一本も置いてはしない。

 室内の左上隅には小さなオルガンピアノが無残な姿で置かれており、当時は美しかったであろう木目調は今や黒カビの斑点により塗りつぶされてしまっている。

 そして真正面の壁上部には綺麗な穴が空いており、かつてそこには美しいステンドグラスがあった事を匂わせるも、現在は流れる雲がこちらを覗いていた。

 

想像していたものを遥かに凌駕する惨状に常日頃から無表情でいるアセリアの顔もその面持ちを保てずに歪ませてしまっている。村長には知らせまいと顔を外へと背け、声色を平常に保ったまま尋ねる。


「ここを最後に使われたのはいつなのでしょうか」


 未だ慣れない臭いにハンカチを取り出し、鼻を抑えながら聞く。

 村長はしばし顎に手をあてた。


「さぁ。一体いつなのか私にもわかりません」


 村長は教会の場所は知っていても使ったことはないという。

 歳を考えれば五十年以上は使われていないのだろうか。


 アセリアはわからないようにため息をし、意を決して中へと入った。

 ハンカチは鼻から離さず、手前のベンチに目が止まった。

 至る所に苔類が生え散らかし、 木の表面は僅かにしか確認できない。

 随分と不衛生だと思えば、その後ろのものは無残に叩き壊されており、むしろそういった廃棄物となったベンチの方が圧倒的に多い。

 陽光で存在が顕となった蚊柱を気持ち悪そうにアセリアが避けると、村長が横にたちある箇所を指さした。


「シスター、あそこが孤児院の入り口です」


 目線でその先を追うと片開きの古びたドアがあり、ドアの手前には壊れたベンチがバリケードの様にして山積みになっており、


「村長、子どもたちがなぜここに住んでいるのですか?」


 村長も不思議な顔でアセリアを見つめ、互いに沈黙となった。


「シスターは孤児院の院長もされてると聞いておりますが」


「その話は一体どこからですか?」


 唐突な言葉に理解が追いつかず頭に何も浮かばない。


 大司教様がおっしゃった言葉をどこかで聞き間違えたのだろうか。


「数日前の話なのですが、ラグランジュよりいらした神官様が通達書を読み上げれまして。それで私どもはシスターがいらっしゃることを知ったのです」


 ラグランジュとは国の第二の都市の名前である。

 

ここへ来る前はラグランジェの巨大な教会で研鑽を積んでいた。


数名の枢機卿が在籍する重要な場所で大司教様も属されていた。


「その神官の名前は分かりますか?」


 恐る恐るたずねるが村長は首をふった。


 名を名乗らずとも相手を信用させることが出来る者となると、やはり枢機卿の一人だろうか。


 教えを説く以上、人々に理解してもらう必要がある。


 高位に付く者は奇蹟や祈りはもちろんのこと、話術でのし上がる者も数少なくない。


「分かりました。それで子どもたちはどこですか?」


 アセリアは諦めて受け入れる事にし、孤児達の居場所を聞いた。


「それでしたら、おそらくは大人に混じって農作業をしてます」


 少し悪い予感がした。


 村の入口でこちらを見ていた子どもたちの様子を思い出した。


 あの目つきは子どもがするようなものではない。


「いつ頃に帰宅するか分かりますか?」


「いつもですと夕方頃にはなるんですが、今日は全員が参加しているみたいで、帰りは昼になるかと」


「昼頃、ですか」


「シスターも色々とお疲れでしょうし、今日はここでお暇させていただきます」


 村長は押し付けて逃げるように来た道を戻っていった。


 森の中へ消えた事を確認し、改めて納屋もとい教会を見る。


 厄介払いでもされたのだろう、と手にもつ小さなカバンを持ち上げる。


 一人さびしく森の中を歩きはじめ、アセリアは教会の中へと静かに入った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る