6
朝日が建物を照らし始めた頃、アセリアは誰よりも早く起床した。
まだ寝ている子たちを起こさぬよう音を立てずにドアを開けると、廊下をすり足で進む。
そして教会へと通ずるドアをあけた。
忘れていたカビと立ち込める泥臭い臭いに慌ててハンカチを鼻にあてる。
改めて見渡すが、酷い有様に気持ちも辟易としてしまう。
容易にここを修復することは不可能だろう。
いっその事、取り壊して一度更地にしてくれれば良いものを、とシスターらしからぬ事を胸の内で思ってしまう程、荒れ果ててしまっている。
アセリアは何も見なかったことにしドアを締め、再び廊下に戻った。
「アセリア?」
誰も姿がない廊下で声が聞こえ恐怖を覚えるが、なにやら良い匂いがしてきたので厨房のほうへと向かうと、フィフィが踏み台に立って朝食を作っている姿があった。
呼んだのはフィフィらしく、聞けば足音でわかったらしい。
「他の子はぺちぺちって音なの。でもアセリアのはノアみたいにぎぃぎぃ言うからすぐに分かっちゃった」
「でもノアの可能性もあったのでは?」
「ノアは早起きが苦手だから絶対違うよ」
朝食を手伝いながらフィフィが教えてくれた。
鍋に入っているのはやはりカボチャであった。
作り方は昨日と同じで塩を入れて味を調整し、あとはかき混ぜる。
時折、かき混ぜ棒で切ったカボチャをつつき、形が崩れたら完成。
2日続けてのものだが、アセリアは黙々と手伝った。
料理が出来上がる頃、フィフィは子供たちを起こしに寝室へと向かった。
厨房まで伝わるモーニングコールの後、複数のぺちぺちとした足音が廊下を通り過ぎていく。
そして食卓のドアが開くと、目をこすりながら子供たちが椅子へと腰掛ける。
「アセリア、ご飯を配って」
食器棚をあけてそれぞれに朝食を注いでいく。
何人か呼んで、運ぶのを手伝わせ配膳を始めた。
ノア率いる男の子たちも手伝ってくれるのは意外であったが、早く食事をとりたい一心からだとすぐに分かった。
各々の前に食事が出された後、ノアが食べ始めるとフィフィたちも食べ始めた。
まだ半目の子や座ったままうたた寝を始める子が残るなか、黙々と食事がすすむ。
アセリアはそこで対面に座るフィフィに相談することとした。
「フィフィ。食事のあと、よろしいですか」
「ん?いいよ」
食器を片付け終え、今日はノア達だけということで男の子組は畑の手伝いへとむかった。
「それで用事ってなに?」
服で濡れた手を拭きながらフィフィが聞く。
アセリアは庭に連れ出し、あの畑の前まできた。
「この使われていない畑を使って何か育てませんか?」
アセリアは気になっていた畑をゆびさした。
耕しはされてはいるものの植物の芽が一つもないということで気になっていた。
種がないのだろうか、それともからしてしまってやる気が失せたか。
ならば代わりに自分が作ればと思い立ち、フィフィに相談した。
「アセリア。アセリアは知らないかもしれないけど、この畑ってだめなんだよ」
「だめとは?」
「私達もね、村の人からもらった種とか蒔いてみたの。でもね、何回やっても芽が出ないの」
「……全部の種がですか」
「うん。変でしょ?」
アセリアは視線を畑に向ける。
一見すると何の変哲も無い何処にでもありそうな土にしか見えない。
「水はちゃんと与えていますか?」
「それぐらいはやってるよ」
「それもそうですよね」
農作については門外漢であるため、適切な助言はできそうにない。
原因の究明をするには専門家が必要になるだろうが、この村にそこまで長けた人物はいるのだろうか。
その中から必要なものだけを手にし、外へと出た。
そして畑の横で誰にも見つからないように作業をはじめた。
金槌の代わりにそのへんで拾える石を使い、道具を加工していく。
本で得た知識のみで実践するのは初めてであるが、初回にしては良いものが出来上がり、さっそくそれを持って森へと入る。
あまり奥にはいかず、森の中から教会が見えるかどうかの位置で止まり、辺りを見回した。
人の手が加わっていない自然の様相があるこの場所ならば、と決めた。
アセリアはさっそく自作した罠を設置しはじめた。
餌はカボチャの皮やここへ来る途中で見つけた木の実である。
正直なところ、この程度の罠で動物が取れるとは思ってはいないが、昨日の子どもたちの様子から居ても立っても居られず、突発的に行動をしてしまった。
それにアセリア自身もそろそろ肉が恋しくなりはじめていた。
罠は全てで3つ有り、ある程度の距離を離してから設置した。
これでいいだろうと帰ろうとした所、遠くの茂みが微動した。
体が強張り、思考が停止する。
逃げなければ、しかし足が動かない。
動悸は激しくなり、怖気づくようにその場で片足を地に着けた。
口に手を当てながら息を極力抑え、音のした茂みを注目する。
人のような何かが見える。
時折、物と物とが擦り合わさって軋むような音をさせ、その何かは
相手の進みが鈍いせいでアセリアはそこから動けずにいるが、幸いにもこちらに気づいた様子はなく、このままやり過ごせばどうにかなりそうな状態ではある。
遠すぎて正体が鮮明には分からないが、少なくともモンスターの類とみてまず間違いないだろう。
息の方も落ち着き始め、恐怖も和らいできている。
長居するのも危険なので今のうちにと低い姿勢のまま慎重に敷地へと戻った。
戻る途中でノア達に出会った。
アセリアは何も言わずに一礼すると、ノア以外の子たちはみな返事を反してくれた。
今日も手伝いなのか、とそれを横目で見る。
今まで細かく見ていなかったが、どの子にも目立たないぐらいの傷跡がある。
着ている服は女の子達の物よりさらに粗悪で、引きちぎれたままの箇所も見受けられた。
「何だお前」
ノアがアセリアの視線に気づき睨みつけた。
逃げ去るように足早に森を抜けると、フィフィたちが畑に水をやる姿が見えた。
「あ、アセリア。どこ行ってたの?」
そういえば誰にも伝えずに外へ出たため、フィフィが心配そうに駆け寄ってきた。
「いえ、少し森の中でも散歩しようかと思いまして」
「そうなんだ。森にはモンスターがいるから危ないよ」
そのモンスターなら先程見かけたと言いそうになったが、直前で飲み込み澄ました顔でうなずいた。
「種はどうですか?」
フィフィに悟られよう話題を変える。
「昨日蒔いたばかりだからまだまだだよ」
呆れた笑顔でフィフィが答える。
聖水をかけた土からは瘴気が再発した様子は見られない。
まだ聖水をかけていない畑とは距離を離して隔離した場所で菜園を行っているので、そちらの瘴気が伝染したことも感じられない。
アセリアが種を蒔いた場所にも芽は見当たらず、暫く時間はかかるだろう。
「アセリア、今日は何をするの?」
水撒きが終わり、フィフィが率いる女の子たちが集まってきた。
「そうですね……」
特に考えてはいなかったが、強いてあげるなら薬品作りをしたいと考えた。
「この中で植物のことで詳しい子はいますか?」
アセリアの問いにフィフィが真っ先に手をあげ、もう一人も手をあげた。
「では、フィフィ。それとそちらの子」
「アンネだよ」
フィフィが教えてくれ、女の子がうなずいた。
「ではアンネ。昼食後に一緒に森へ行きましょう。そこで野草を採取するので手伝ってください。他の子は自由時間とします」
朝に遭遇した件を避けるよう、昼からはフルト村との間の森の中を探索する。
あまり大量に持って帰ると全て使い切れないため、最初から袋の量が小さいものを用意し、3人は森の中へ入った。
村へと通じる道を主軸としてその周りからあまり遠くに離れないことを条件に、別れてから各々が採取を開始した。
小さな綿毛が見えるが実は棘となっている少し危険な野草や、都市では高級素材だった物を見つけることもできた。聖水の素となる素材もあり、今から思った以上の期待が出来そうな場所である。
中にはアセリアが本でしか見たことない物がたくさんあり、使い方を改めて調べなければならないほど種類も豊富で、ついつい夢中となって半刻もせずに袋の4分の3が埋まってしまった。
「アセリアー、ちょっとこっち来てー」
フィフィが呼ぶ声が聞こえる。
一度、道に戻って再び声がする方へむかう。
すると周りの木より一回り大きい木の傍にフィフィと女の子が上を向いて立っていた。
アセリアもそれに
「あ、アセリア」
「はい。採れるかやってみますね」
こういう時に魔法が使えると楽なのだろう。しかし、アセリアには適正がない。
少し考えるが、どれもある程度の道具が必要で教会には無い。
一番単純なのは木に登ることだが3人の中で木登りができそうな者はいない。
仕方なく落ちている細長い幹を探す。
程なくして2メートル弱程あるものを見つけたが、アセリアには非常に重く、持ち上げることすら叶わない。
だめで元々ということで小石をあげてみるが明後日の方向へ飛んでいく。
「だめみたいですね」
三人が途方に暮れて物欲しそうに果物を見上げていると、後ろよりガサガサと音が聞こえた。アセリアは
一人の少年が飛び出してきた――ノアであった。
「ノア!」
フィフィが驚いて声をあげる。
「なにしてんだお前ら」
三人の驚きの顔を不思議そうに見ていたが、やがて木に実る果物を見るやその状況を察した。
ノアは無言のままその木に近づき、周囲を回りながら観察していく。
そして革靴を脱ぎ捨て、素足の状態となって身軽に木をのぼりはじめた。
そのまま勢い良く登っていき、細い枝元を手で掴んで力を込めた。
枝がたわみ始め、そのままゆっくりとアセリア達のほうへ頭を垂れる形となった。
そのまま実った果実を各々がもぎ取り、それが終わると次の枝元といった具合に全ての果物を取ることができ、持ってきた麻袋では持ち帰れないほどの数となった。
「ちょっと袋とってくるね」
フィフィとアンネが教会に向かって走っていき、アセリアとノアが残された。
互いに無言のまま重たい空気が流れる。
アセリアは極力、目を合わさぬように地面を見たままでしばし時が過ぎるのを待った。だがノアが声をかけてきた。
「なあ、あんたいつまでいるんだ?」
「と、特には決まっておりません」
「じゃあ、まだしばらくってことか」
「そう……なりますね」
彼とは打ち解けたいと思っているのだが、言葉に一つ一つに重たいものを感じ、会話が弾まない。
この話し方が自然体なのだろうか。
「ああ、それと」
「はい」
「森には勝手に近づくなよ」
ノアの声が一段と重たくなるのを感じた。
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