5
日が沈む前に、アセリアとフィフィ、他の子供たちは厨房に立っていた。
修道院では料理番はあまりしてこなかったとアセリアが伝えると、教えてあげるということで教わることとなったが、期待していたものとは大分違っていた。
「出来たから運ぼう」
フィフィが他の者達に指示をだし、すぐ隣の食堂へと運び始める。
子供用の皿にのせられているのは大人の拳二つ分のかぼちゃで他には何もない。味付けは知る限り塩のみで、それもかぼちゃに対して少量であった。
殆ど無味に近いだろうと香りから分かるが、不満の声をあげる子はいない。
行儀よく席に座り、一言も話さず。
全員分の食事が揃うまで勝手に食べ始める者はおらず、最後にアセリア自身が運んだ自分の分を座る席の前に置くと、ノアが食べ始めた。
それが合図であった。フィフィ以下誰しもが食べ始める。
粗悪な木のスプーンや突き刺す役割を全うできない先端がまばらなフォークが音を立てながらよく煮えたかぼちゃを切り崩していく。
アセリアはどう食べるべきか悩んだ末、煮汁をすくって一口飲んだ。
食べれないわけではないが、決して美味いといえるものではない。
かぼちゃを崩して食べるがかぼちゃの味以外はなにもせず、ただ腹を満たすためだけにしている作業といったところか。
周囲の反応を伺うも誰も不満をいうものはおらず、みな黙々と食べている。
誰一人として会話をする子はおらず、明るい食卓からは程遠い。
「フィフィ」
少し硬めの皮を食べ始めたフィフィがアセリアの声に手を止めた。
「パンとかはないのですか?」
「そんなものあるわけないよ。かぼちゃがあれば十分でしょ」
冷めた顔で思わぬ事を言われ、少し引き気味になってしまう。
仕方なくアセリアも他の子に倣い、考え事をしながら食す事で味を紛らわせた。
これからもこのような料理が続くのかと考えると、憂鬱になりそうになる。
改善が必要だ。
アセリアは隣のフィフィのかぼちゃが無くなるのを見ながら決意した。
夕飯が終わり、食器洗いを手伝いながらアセリアはフィフィにきりだした。
「フィフィ。パンはないとおっしゃいましたが、それ以外はあるのですか?」
「あるよ。でも、綺麗なものはかぼちゃぐらいしかない。あとはみんな萎びてたり、腐りかけてたりして美味しくない」
所謂、クズ野菜までも食材ということらしい。
「野菜以外にはなにが?」
「野菜以外……あっ」
何かを思い出したのか、フィフィが手をたたいた。
「山りんご!」
山のりんご。りんごは通常は平地などでまとめてつくるものだと記憶している。
山でりんごが取れるなど聞いたことがない。
「りんごも食卓にでることが?」
「本当にたまにだけどね。森の中に入って探すからあぶないってノアに怒られるけど、おいしいからついやっちゃうの」
苦笑いでフィフィが言う。
少なくともかぼちゃよりかは随分とマシな食べ物だろう。
「でもそれはどちらかというと、果物で食事のメインにはなりえませんよ。他にもっと魚や肉などといったものは食べないのですか」
「……食べたい」
アセリアには聞き取れない程の小さな声であった。
聞き取れず、同じ質問をしようとしたが顔を背けてしまう。
拗ねた顔で小さく束ねた藁の洗浄道具で擦り、手際よく人数分洗い終えると逃げるように廊下へと出ていった。
夕食を食べた後、干したまま忘れていた寝具を取り込む。
寝室に戻りたいという子が複数人おり、アセリアは急いで藁を均一に敷いて、その上に布を置いてやった。
敷き布に微かに残る石鹸の香りが寝室に広がり、その匂いに気分も少し晴れる。
匂いは廊下にまで達し、ふざけていた子供たちも寝室へと入ってきた。
「何かお話して?」
そんな声が聞こえ、アセリアは修道院で自身も聞かされて育ったおとぎ話を集まる子供たちに話始めた。
みな目を輝かせながら大人しく聞いてくれるので随分と話し易く、気づけば夜の帳が迫る頃、夕飯を食べた後に外で遊んでいた子たちが戻ってくる姿が見えた。
なにか忘れている。アセリアは少し考え、目の前の床に座った子供らの靴を見た。
「みなさん。水浴びはもう済まされましたか?」
聞き入っていた子供たちが突然我にかえったかのようにアセリアから目線を逸した。まるで聞こえていないフリでもするかのように、視線を彷徨わせ、話が再開されるのを待っている。
「水浴びはお嫌いですかね」
掃除したばかりの床を早速汚されているのだ。自然と声色は低くなり、苛立ちを含んだものとなる。
少し離れて人形遊びをしていたフィフィが様子に気づいてこちらへとやってきた。
一言も言わず、近くの子供の肩を叩いて耳打ちをした。
子供はゆっくりと頷いてフィフィに連れられて部屋をあとにする。
アセリアはすぐに水浴びをしにいったことを察した。
説教を始める事よりも黙って水浴びを促す方が賢い選択だろうか。
立ち上がり、手を叩いてみなを井戸に行くよう伝える。
まだ明かりがある内に済ませなければ。
全員が寝静まった事を確認し、アセリアはランプを手に持って自室へと戻ることにした。ランプは修道院にいた頃にいただいた贈り物で数年経つが未だ現役である。
踏む度に軋む床で眠りについた子達が起きなければ良いがと心配しながら、すり足で廊下を渡る。小窓が見えたので外の様子が気になり、覗いて見るも辺り一面は闇に包まれており、夜空の星々がなければ何一つ分からない状態であった。
すぐ近くには森があり、深まる闇がアセリアを吸い込もうとしている気さえ感じ、鳥肌がたち、慌てて窓から少し距離をとる。
そして、修道院の同僚たちを想いながら夜空を見つめた。
遠く離れた地にいても同じ空を見ていると嬉しい、アセリアは少し浪漫なことを考え、自室に入った。
昼間のままの状態で荷物は部屋の隅に置いている。
持ってきたバックを漁り、手に馴染んだ皮の感触を得て聖書を取り出した。
ゆっくりとベッドに腰掛け付箋代わりに敷地内の一本木の青い葉を挿したページを開き、読みかけていた文面を指でさがす。
アセリアにとって聖書を読むことは精神の安らぎへとつながる大事な行為であった。辛い記憶もある修道院での暮らしの最中であっても、救いは本にあると経験から学んだ。
しばし読み始め、数時間は経っただろうか。
時折、姿勢を変えながら読んでいても流石に長時間の読書は身体に堪える。
それになんだか眠気も始まり、端なく手も当てずに欠伸をしてしまった。
誰かに見られていないかと無意識に周囲を見渡してしまった。
寝た方がいい。
アセリアはランプを消さずに身体を横にし、目を閉じて今日を振り返る。
お世辞にも修道院とはいえない納屋に孤児院。
食事はかぼちゃの塩スープのみ。
身寄りのない子供たち。
問題が一斉に頭上に降りかかり、今のアセリアに解決する術は見当つかない。
司祭になりたての聖職者に課せられた使命にしては随分と難題なものを当てられたな、と遠のきつつある意識に抗うことはしなかった。
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