第10話 TANZAWA Boot camp

翌日、グレーシーソフィ、アクア、二人のおかげか龍の体調はすっかりと回復していた。

イングリッドの車は本厚木市街に入った後、相模湖に通じる国道412号に入る。

道路は246号のように整備されていなく、アスファルトがなく、ところどころ道が盛り上がったり、陥没したり、草木が生い茂ったりとひどい道だったが、イングリッドの車は悪路をものともせずにしなやかに走り抜ける。

「すごいね、イングリッド。

 全然揺れないし、快適だわ」

実際は、ホバークラフトのように揚力をつかって、地表から1mくらいの高さを飛びながら進み、道の状態によっては数メートルの高さまで浮き上がったりと高度を変化させて進んでいたが、車内はそんなことを気が付かないほど静かな乗り心地だった。

「当然よ。

 私の技術力とドラテクを使えば、こんな道、なんて言うことないわ」

イングリッドは鼻高々の声を出す。

国道412号に入り、20分ほど進んだところの丘の斜面に龍の実家のある住宅街があった。

正確に言えばあるはずだった。

丘はそこにあった家を廃墟にし、それを覆い隠すほどの木々が育っていた。

イングリッドは車で進めるところまで行くと、車を止め、あとは歩きで行くしかなかった。

「龍の住んでいた家は、どこらへんなの?」

「この丘の上の方だよ」

丘は結構な傾斜があるのと、木の根などが地面から飛び出し、歩きにくく、5分ほど歩くと龍は息を切らしていた。

しかし、帯同するグレーシーソフィやアクアは息一つ切らさずに涼しい顔で、龍について来る。

龍は二人を複雑な顔で見ていた。

本来ならば10分ほどでたどり着くところだったが、その3倍くらい費やし目的地に到達する。

予想はしていたが、木造の家屋は跡形もなくコンクリートの土台の欠片だけが名残を残していた。

そしてバクテリアが分解できなかったプラスチック片があちらこちらに散っていたが、原形をとどめておらず何も収穫がなかった。

龍は小さくため息をつくと、何かが吹っ切れたような顔をする。

「二人ともありがとう。

 これであきらめがついた。

 イングリッドのところに戻ろう」

そういって歩き出そうとする龍の腕をグレーシーソフィが掴む。

「龍。

 大丈夫なの?

 戻っていいの?」

「ああ。

 もうここには、僕の住むところがなくなっている。

 過去に縛られず、この世界で生きていくことを考えなくっちゃね。

 二人とも協力してくれ」

「うん」

そして三人はイングリッドの車まで戻ると、車外でイングリッドが待っていた。

「何か収穫は?」

「いや、なにも」

「心残りは?」

イングリッドに尋ねられ、龍は下りてきた丘の方を仰ぎ見る。

昔家族で暮らした街並み、遊んだ広場、家族の笑顔を思い出したが、そのころの面影は一切なかった。

「心残りはないと言えば嘘になるかな。

 でも、時には逆らえない。

 これから、どうやって生きていくか、それを考えなくてはね」

「それが懸命よ」

イングリッドの言葉に龍は頷く。

「龍、あの…」

アクアが何かを話しかけようとしたが、龍はそれを遮るように話し始める。

「あのさ。

 三人にお願いがあるのだけど」

「え?

 なに?」

三人は何だろうという顔で龍を見る。

「今の自分は、グレーシーソフィとアクアに生かされているだけで、体力がない自分では何一つできない」

「…」

「まあ、どうしてもグレーシーソフィとアクアがいないと生きていけないのには変わりはないのだけど、せめてグレーシーソフィやアクアと肩を並べるくらい、いや、二人を守れるくらい体力を付けたいんだ」

「龍…」

「それで、頼みは僕に体力が付くように協力してほしい」

龍は三人に深々と頭を下げる

「ふーん。

 アクアが心配することはなかったみたいね」

「ま、まあね」

アクアとイングリッドが目配せしながら小声で話す。

グレーシーソフィは、優しい目で龍を見つめていた。

「ただ、どうやったら体力がつけられるか、強くなれるかがわからない。

 ここにはトレーニングジムも格闘技の道場もないし…。

 情けない話だが、どうしたらいいか、知っていたら教えてほしい」

龍は途方に暮れた顔をする。

「ならば話が早いわ」

イングリッドが楽しそうな声を上げる。

「え?」

「昨日、アクアと話をしていたのよ。

 今のあなた、弱っちくて、このままだと昨日みたいなことがあると、例え相手が女の子でも勝てないし殺されるわ」

「う…」

イングリッドは容赦なく言い放つ。

「イングリッド、そんな言い方しないで」

たまらずに、アクアが横から口を挟む。

「龍。

 この世界で生き抜いていくには、やはり、今の体力じゃ厳しいと思うの。

 私、トレーニングの方法を知っているの。

 私のことを信じて、任せてくれない?」

「アクア…」

グレーシーソフィがいつの間にか龍の横に立ち、その腕を握る。

「グレーシーソフィ」

グレーシーソフィは、優しく笑顔を見せ、頷いて見せる。

「是非、お願いします」

龍はアクアの方を向き、頭を下げる。

「よかった。

 どう切り出そうかと迷っていたの」

「ほんと。

 ない頭をひねってたものね」

「イングリッド!」

アクアはふざけて怒って見せる。

「でも、どこでトレーニングをするんだ?」

「ん?

 あそこ!」

アクアは楽しそうに指を指した方向には、丹沢山系があった。

「山?」

「そう。

 山籠もりよ。

 体力を付け、体を鍛え治すのにはとっておきの場所」

「山籠もりって、その間、イングリッドやグレーシーソフィは?」

「当然一緒」

「面白そうだから、ベースキャンプになってあげる。

 バス、トイレ完備よ。」

「私も行く!」

「当然よ。

 グレーシーソフィ。

 あなたみたいな可愛い娘を置いておいたら、あっという間に変な奴に連れて行かれちゃうでしょ。

 それに、あなたがいないと龍がもたないわ。

 いくら龍が体力を付けても必要栄養素が足りないのは前にも言った通り」

「やったぁ!

 龍、よかったね。

 頑張ろうね」

グレーシーソフィは無邪気に龍の腕にしがみつき、嬉しそうな顔をする。

「さあ、そうと決まれば早く出発しましょう。

 皆、車に乗って。

 ブートキャンプに出発よ!」

イングリッドも燥いでいるような声を出し、3人を促す。

「ええ。

 じゃあ、行きましょう。

 イングリッド、お願いね」

「任せて」

一行は、空を飛ぶように、丹沢の奥深くまで進んでいった、

丹沢のとある山の奥深く。

深い森林の中で、澄み切った水が流れる中腹の河原でイングリッドの車は止まる。

「ここをベースキャンプにしましょう。

 きれいな水もあるし、急斜面に森林とトレーニングにも持って来いよ。

 周りをスキャニングしたんだけど、フェアリーもいないし、当然、フーマやプルートもいないわ。

 いるのは動物ばかり。

 鳥は当然、鹿、猪、それにクマのいるわ。

 果実も野生化して、いろいろなものが取れるみたい。

 食べ物には困らないわね」

「じゃあ、ここで決まり!」

アクアが張り切った声を出し、グレーシーソフィも嬉しそうに頷く。

「でも、洗濯や洋服、日用雑貨はどうしよう」

「全部大丈夫。

 洋服も自在に作れるわ」

イングリッドは鼻高々に言う。

「そう言えば、今着ている服。

 イングリッドが用意してくれた服。

 これって、まさか?」

「そう、イングリッド様がデザインして自ら作成した、オール・イングリッド様・メイドよ」

「‟様‟だって」

「でも、凄いわ。

 着心地もいいし、デザインも好み」

「それはそうよ。

 あなたたちに似合うようにって、デザインしてみたんだから。

 それより、トレーニングのカリキュラムはどうするの?

 龍が心配そうな顔をしているわよ」

「え?」

行き成りイングリッドから話しを振られ龍はどきっとする。

「それなら問題ないわ。

 すでに考えてあるから」

今度は、アクアが胸を張る。

「龍も聞いてね。

 まずは基礎体力をつけること。

 この世界で生きていけるくらい十分にね。

 戦闘力は、そのあと」

「どうやるの?

 トレーニング方法は?」

龍は、すぐにでも取り掛かりたかった。

「もう、せっかちね。」

「そう。

 せっかち過ぎると、女の子に嫌われるわよ」

「イングリッド!」

アクアがわざと睨みつける。

「トレーニングは簡単。

 この私と‟鬼ごっこ‟するの」

「お、鬼ごっこ?」

「そう、私と‟鬼ごっこ‟。

 外で私と‟鬼ごっこ‟するの。

 最初は龍が鬼よ。

 私を捕まえられたら終わり。

 簡単でしょ?」

「嘘ばっかり…」

イングリッドが小声で言う。

龍も日頃のアクアの動きを見ているので、簡単なことではないと思ったが、どうみても、小学生並みの体格のアクアを見て比較的容易だろうと高を括る。

「私は、何をすればいいの?」

グレーシーソフィが心配そうな顔そして、話に割り込む。

グレーシーソフィにとっては、イングリッドやアクアのように明確な役割があるわけではなかったので、どうしたらいいのか戸惑っていた。

「グレーシーソフィには、あなたにしかできない大事なことをやってもらうわよ。」

「私にしかできないこと?」

「うん。

 常に龍をチェックしてもらうわ。

 オーバーワークになっていないか、どこか疲労がたまっているところがないか。

 それによって休憩を取ったりするから。

 ほら、トレーニングで逆に体を壊したら、元も子もないでしょ?

 それができるのは、あなただけ。

 見る相手の体力、戦闘力などを数値化できる能力を持っているあなただけよ。」

「うん、わかった。

 頑張って龍のことをチェックする」

「チェックするだけじゃないでしょ?

 龍の体力を回復させたり、満足させるんでしょ?」

「…」

「イングリッド!!」

真っ赤に顔を染め俯くグレーシーソフィを見て、アクアはイングリッドを叱る。

「あ…」

グレーシーソフィの横で龍もやはり顔を赤らめ、そっぽを向いていた。

それを見てアクアは吹き出しそうになるのをぐっと堪える。

「さて、ちょっと外を一回りしてくるわね」

「うん。

 気を付けてね」

グレーシーソフィは笑顔でアクアを送り出す。

小一時間ほどでアクアは木の実を腕いっぱいに持って戻って来た。

「ここは本当にいいところね!

 食べ物いっぱいあるし、トレーニングにはもってこいの地形だわ」

アクアはご満悦だった。

「さあ、龍。

 トレーニング、開始よ!」

「え?

 今、戻って来たばかりで休まなくていいのか?」

「ええ。

 大丈夫です。

 龍の体力を付けに来たんだから、早速やりましょうよ。」

「わ、わかった。

 じゃあ、トレーニングウェアって、ある?」

「龍。

 その格好で良いわ」

龍は、普通のカジュアルウェアにデニムのズボンをはいていた。

「え?

 こんな格好で?」

「だって龍は、いつもトレーニングウェア着ているわけじゃないでしょ?」

「そ、そうだけど」

「普段通りの恰好で動けるようにならなきゃ意味がないでしょ。

 でも、靴だけはスニーカーか厚底のウォーキングシューズにしましょう。

 足を痛めるといけないからね」

「う、うん」

龍はアクアの言うことを半分納得し、半分納得できないように頷く。

結局、アクアの言うとおり普段着に厚底のウォーキングシューズで車外に出る。

「龍、がんばってね」

グレーシーソフィの可愛らしい笑顔に送り出されて、龍は何だかすぐにアクアを捕まえられるような気分になっていたが、すぐに間違いだったと気づく。

「じゃあ、行くわよ。

 龍、私を捕まえてね」

そういうとアクアは軽快なステップで茂みに入り、急斜面を上がっていく。

その後をすぐに龍は追いかけて行く。

手を伸ばせば捕まえられるような距離だが、手を伸ばすとアクアは、あざ笑うようにするりとかわして先に進む。

地面は土と石、そして張り出した木の根で、何度も龍は脚を取られ、転倒する。

しかしアクアは、軽々と飛ぶように石や木の根を飛び越え進んでいく。

平坦な場所ではなく急斜面で、龍は場所によっては木を掴み、岩を掴んで前に進む。

当然アクアは腕を後ろに組み、鼻歌を歌うように軽快に飛び上がっていく。

スタートから20分で龍は目眩を起こし、その場でしゃがみ込んでしまった。

「はい。

 そこまでのようね。

 今日はここまで。

 グレーシーソフィのところへ戻りましょう」

アクアは追いつけず、20分くらいでダウンした龍のことを馬鹿にせず、優しく肩を貸す。

「情けない…」

逆に龍の方がプライドも何もかもずたずたになったようだった。

「仕方ないわよ。

 電気自動車に例えると、主バッテリーが機能していなく、最小限の機能を維持する予備バッテリーしかない状態だもの。

 動かさなければ予備バッテリーで1,2週間維持できるところを、大きな車体を動かせばあっという間にバッテリーが上がっちゃうのは当たり前のこと。

 主バッテリーが使えるように頑張りましょう。」

「あ、ああ…」

龍は項垂れながらアクアの肩に手を乗せ、しかし、どちらかというとアクアが龍の腰に手を回し、持ち上げるようにして歩いていく。

「お帰りなさい」

グレーシーソフィは車外で待っていたようで、龍達が戻って来ると、笑顔で走り寄って来る。

「グレーシーソフィ、龍をお願い。

 エネルギーが空っぽよ」

「うん、わかった。

 龍、車内に入りましょう。」

グレーシーソフィはアクアから龍を渡され、龍に肩を貸し、車内に連れて行く。

「どうだった?」

龍とグレーシーソフィが車内に消えて行くと、イングリッドが現れ、アクアに尋ねる。

「20分くらい?

 ‟最初は4,50分くらい持つのでは?‟って言っていたけど」

「うん…。

 もしかして龍のエンジンはF1並みかもしれない。

 普通に計算した半分でガス欠を起こしたから。

 F1のエンジンを軽自動車に入れた状態かしら」

「ねえ、アクア。

 例えが20世紀の例えになっているよ」

イングリッドが面白そうな声を出す。

「そうね。

 龍と話す時、龍がわかるように、龍の時代に合わせているからね」

「うふふ。

 でも、アクアの言うことが確かなら、ますます楽しみね」

「うん」

アクアとイングリッドは、龍とグレーシーソフィが入っていった車の方を見ていた。


「龍、大丈夫?」

車内のリビングのソファーに仰向けで横になっている龍。

その龍に覆いかぶさるようにしていたグレーシーソフィが、上半身を起こし、はだけたブラウスの前のボタンを閉じながら、恥ずかしそうに尋ねる。

「ああ」

片腕で顔の上半分を隠す龍。

「龍?

 どうしたの?

 どこか、具合が悪いの?」

心配そうにグレーシーソフィは尋ねる。

「いや…

 …

 グレーシーソフィ、君やアクアを守るようになるって言ったのに、このありさまだ。

 情けない…」

「龍…

 私ね、今、嬉しくて仕方ないのよ」

「グレーシーソフィ?」

「龍に会う前は、私は単なる食糧か玩具に過ぎなかった…

 決まったエリアの中で殺され、食べられ、そして再生する。

 時には玩具にされ、そして殺され、再生する。

 嫌で嫌で仕方なくても、逆らうことも死ぬことも許されない。

 それが私たちフェアリーとして作られたものの宿命だと思っていたの。」

「グレーシーソフィ…」

腕をどけると、龍を見てほほ笑んでいるグレーシーソフィがいた。

「龍と会ってから世界が一変したのよ。

 プルートの誘惑を断ち切ってくれた。

 どんなに嬉しかったか。

 目が覚めて目の前にプルートがいる恐怖から、初めて安心して眠れるようになったのよ。

 それに、エリアの外に連れ出してくれた。

 山や川、初めて見る風景で、とっても楽しい。

 でも一番は、龍、あなた。

 龍は私を殺したり、玩具にしたり、嫌なことはしない。

 それどころか私たちのことを大切にしてくれるし、守ってくれるって言ってくれた。

 今、初めて生きていて楽しいと思っているの。

 龍の傍にいられるのが嬉しい。

 私、龍のこと大好きよ。」

「グレーシーソフィ」

「だからね。

 焦らないでいいのよ。

 龍のためなんだもの、時間を掛けて体力をつけてね。

 私、喜んで傍にいるから。」

「グレーシーソフィ」

龍はグレーシーソフィの名前を呼び、優しいそうな笑顔で両手をグレーシーソフィの方に広げ、誘うと、グレーシーソフィは嬉しそうな顔をして、龍の腕の中に潜り込んでいく。

グレーシーソフィの躰は温かく、柔らかく、そしていい香りがした。

夕方、また、‟散歩に行ってくる‟と言って出て行ったアクアが4,50kgもあろうかと思える大きな野生の雌鹿の死骸を担いで帰って来る。

小柄なアクアは、シカを肩で担いで来ると体が鹿ですっぽりと隠れ、まるで鹿が歩いて来るようだった。

「イングリッド。

 食料として、鹿を捕って来たよ。

 どこに置けばいい?」

「あら、美味しそうな鹿だこと。

 後ろのハッチを開けるから、そこに置いてちょうだい」

窓から顔を出し、アクアの捕ってきた鹿を見てイングリッドが声を掛ける。

「え?

 イングリッドって美味しいかどうか、わかるの?」

「もう、失礼ね

 どうせ、人工知能だから味覚も何もないと思っているのでしょう。

 残念ながら、当たり!」

「あ、あたりかい」

「でも、データから美味しいかどうか判断できるわよ。

 美味しいと言われている動物の外見のデータは全て入っているし、切った時の肉の繊維質の付き方、タンパク質や脂肪の割合、その他諸々、その食材が一般的においしいと言われる部類かそうじゃないか。

 また、最適な調理法まで、なんでもインプットされているわよ」

ー」

さすがにアクアは感心する。

その声を聞きつけ、グレーシーソフィと龍が車外に出て来て、アクアと鹿を見る。

「わー、本当に立派な鹿ね。

 たくさんいるの?」

「うん。

 結構いるね。

 見た限り、ちょっと多過ぎるかなって思えるくらい。

 あと、猪や猿もいた」

「まあ、食べるとしたら鹿や猪でしょうね」

イングリッドが話しながら操作すると後部のハッチが開く。

「そこに入れてくれれば、さばいておいてあげるから」

「ありがとう」

「でも、アクア。

 どうやって鹿を倒したんだ?

 じっとなんてしていないだろうに」

龍が興味津々に尋ねると、アクアは周りをきょろきょろと見回し、“あった”と石をひとつつまみ上げた。

「これ。

 これで、頭を打ち抜いたの」

「ほえ?!

 す、すげぇ…

 スピードガンで計ったら何キロでるんだろう」

「野球のじゃ無理よ」

イングリッドが笑う。

「確かに…」

裸のアクアの体は細く柔らかく、また、腹筋やそのほかの部位も鍛え上げられたムキムキの躰ではなかったので、どこにそんな力があるのかと、今一度、不思議に思えた。

その夜は、早速鹿肉のステーキがテーブルに上る。

テーブルには4人。

龍とグレーシーソフィ、アクアとイングリッドが座って賑やかな食事となる。

イングリッドは、アンドロイドと言ってもどこから見ても、また、仕草一つとっても人間にしか見えないくらい高性能で、かつ、本来は食事の必要がなかったが、3人と一緒にテーブルを囲みたいと参加していた。

イングリッドが一緒に食事することに違和感一つなく、また、異を唱えるどころか、グレーシーソフィとアクアはイングリッドを旧知の仲のように接していた。

「そう言えば、グレーシーソフィは肉がダメじゃなかった?」

龍が思い出したように尋ねる。

「うん。

 あんまりだったけど、すごくいい匂いで、お腹空いちゃったから食べてみる」

そう言って肉を口に入れる。

「お、美味しい!

 これなら、このお肉なら普通に食べれるわ」

そう言いながら、グレーシーソフィは美味しそうに、また、肉を口に入れる。

「ふふん。

 料理の腕がいいからよ」

アクアは得意げだった。

「あら。

 私が手伝ったからよ。

 下準備がよかったのよ」

イングリッドが押しのけるように口を挟む。

「ま、まあ、それもあるわね…」

アクアが料理をする時には、捕ってきた鹿は綺麗に肉の塊になっていた。

「でも、グレーシーソフィ自体も味覚や体が変わってきているのよ。

 だから、肉のようなタンパク質などの栄養素が必要になってきているの」

「ふーん。

 そうなのかなぁ」

「そうよ。

 きっと今まで以上に、龍の相手は大変になるだろうから、しっかり体力をつけておかないと。

 龍も昼間1回、夜は二人と1回ずつ。

 最低でも合計3回頑張るんだから、精力つけておかないとね」

「イ、 イングリッド!!」

「だって、3回って最低回数よ。

 これから、体力をつけていけば、もっとだからね。

 アクアもしっかり体力をつけておかないと」

「イングリッドー!!」

3人は真っ赤な顔でイングリッドを睨んでいた。

「だって、本当のことよ」

「…」

何を思いついたのか、グレーシーソフィとアクアは顔を赤らめ、俯き、そんな二人をわけわからないという顔で見つめていた。

それから、1か月。

龍はアクアとの‟鬼ごっこ‟の時間が1時間と伸びていた。

しかし、アクアとの差は一向に縮まらないのと、高々一時間ということで焦りや落ち込む。

その度に、グレーシーソフィに慰められ、気力を奮い立たす。

「あなたたち、三人。

 本当に面白いわ」

イングリッドが感心したようにグレーシーソフィに話しかける。

龍は‟鬼ごっこ‟が終わり、車内でダウンしている。

アクアは、食料の調達と言って森の中に出かけ、イングリッドとグレーシーソフィが車外の河原にテントとチェアを出して、のんびり景色を眺めている。

「そう?」

「そうよ。

 だって、今のあなたとアクアなら、私が手を貸してあげると言えば自由の身。

 好きに生きられるわ。

 それなのに、龍に夢中になっていて。

 そんなに彼って、いいの?」

「いいに決まっているわ」

「だって、テクニックはまだまだ未熟よ」

「え?

 テ、テクニック?!」

思わず顔を赤らめるグレーシーソフィ。

「そのいいじゃないわ。

 一緒にいると、安心できるし、何よりも一緒にいると何でもできる気分になって来るの」

「ふーん。

 龍も龍よね。

 フーマとフェアリーの格差を感じさせないものね。

 高圧的な態度は一切見せないし、あなたとアクアには本当に優しいわ。

 まあ、ちょっと、あの時はアクアに意地悪するときがあるけど、アクア、それも喜んじゃっているし」

「え?」

グレーシーソフィには、イングリッドが何を言っているのかよくわからなかった。

「いいわよ。

 わからなくって」

「ふーん。

 でも、川の水って冷たくて気持ちいい。」

グレーシーソフィは、裸足の足を川に水につけて遊ぶ。

「あ、アクアが帰って来た。

 なんだかすごい塊を背負っている」

「本当だ。

 今晩はボタン肉ね。」

「ヤッホー、アクア。

 お帰り」

グレーシーソフィが手を振ると、アクアの笑顔で手を振り返す。

「あら?

 アクア、腕、怪我しているわ」

「本当だ。

 大丈夫かしら」

見るとアクアの二の腕に布がまかれ、血がにじみ出ているのか赤く染まっていた。

「ただいま。

 ちょっと油断して、牙にひっかけられて切っちゃった。

 イングリッド。

 後ろのハッチを開けて」

「はいよ」

イングリッドがリモコンのようなスイッチを押すと、後ろのハッチが開き、アクアが担いで来た80kgほどの猪を開いたハッチからカーゴの中に下す。

「怪我は大丈夫?」

グレーシーソフィが心配そうに腕を見る。

「うん…。

 10cmほど結構深く切られちゃった。

 跡残るかなぁ」

「それより、雑菌が入ると大事よ。

 グレーシーソフィ。

 アクアの怪我を消毒して手当てしてあげて。

 車内に救急セット出しておいたから」

「うん」

「私は、こいつを捌いているから、お願いね」

「わかった。

 アクア、行こう」

「うん」

2人が車内に入るとテーブルの上に消毒薬に感染予防のクスリ、それに傷を縫う用の針と糸、大きめのガーゼに包帯が用意してあった。

「さ、傷を見せて」

アクアが自分の腕に巻いてあった布を取ると、10cmくらいの切り傷が出てくる。

「まあ、たいへん。

 肉が見えているわ。

 結構、深くえぐられたわね。」

グレーシーソフィは心配そうな顔をして、消毒薬を手に取る。

「まずは、傷口を綺麗に洗いましょう」

「うん」

リビングの横の洗面台のハンドシャワーと液体石鹸で傷を綺麗に洗い流す。

染みるのか、痛むのか、アクアは顔をしかめる。

「大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、次は消毒薬で消毒するわよ」

消毒薬はスプレイ式で傷口を泡立たせる。

「くぅ…」

「沁みる?」

「う、うん」

思わず苦痛の声を上がるアクア。

「アクア、どうした?」

2人の気配を感じたのか、奥の寝室から龍が出てくる。

「ごめん、龍。

 起こしちゃった?」

「龍。

 アクアが猪と格闘して怪我したの」

「大丈夫よ。

 それにちゃんと仕留めて、持ってきたから」

「どれどれ、見せて」

アクアの怪我した二の腕を見ると、傷口から血のような体液がにじみ出ていた。

龍はアクアの腕を取ると、傷口に口をつける。

アクアの体液はブルームネクタのように甘かった。

「いっ、龍、沁みる」

「いいから、じっとして」

龍はそういうと、舌で広く傷口を舐め、体液、ブルームネクタを舐め取る。

「龍、痛いよ…」

アクアは痛そうに、顔をしかめるが、龍は一向にやめる気配がなかった。

「う、うう…

 痛い…」

初めは痛がっていたアクアだが、段々と顔が上気し、何とも言えない顔になって来る。

「龍、何だかくすぐったい…

 気分がふわふわしてくる…」

アクアの目が潤み、うっとりと龍を見る。

龍が口を離すと、アクアの傷は綺麗に消えていた。

「龍…、ありがとう…」

「じゃあ、お礼の印に向こうに行こう。」

龍がアクアを寝室に誘う。

「行ってらっしゃい、アクア」

グレーシーソフィの笑顔に送られて、アクアは龍と一緒に寝室に入っていった。

「驚いたわね。

 傷が、まるでなかったように綺麗になって」

イングリッドがどこからともなく現れ、呆れたような声を出す。

「うん。

 以前も、こんなことあったの。

 不思議でしょ?」

「そうね。

 俄然、興味が沸いて来たわ。

 本当に、あなたたちって飽きないわ。

 ん?」

「…意地悪しないで…」

寝室からアクアの嬉しそうな声が漏れ聞こえてくる。


2か月経つと、鬼ごっこは1時間、3か月経つと2時間と順調に伸びてくる。

3か月過ぎたある日、龍はイングリッドに声を掛けられる。

「どう、調子は?

 順調に体力がついて来たみたいね」

「そうだね。

 でも、全然アクアに追いつかないよ」

「馬鹿ね。

 だいたい足場が悪く傾斜のある山の斜面で、2時間も走り回れるフーマなんて、何人いると思うの?

 それに最近では、アクアだって息を切らし始めているわよ」

「そうかな」

イングリッドに言われ龍はまんざらでもなかった。

「でも、体力はついて来たのに、あれは下手ね」

「え?

 あれ?」

「そうよ。

 グレーシーソフィもアクアも、フェアリーだけど女の子ちゃんなのよ。

 それに二人とも性感帯が目覚めている珍しいフェアリーなのよ」

「せ、性感帯?

 珍しいフェアリー?」

「あら?

 忘れちゃったの?

 フェアリーは、食用と欲望を満たす玩具の二面性で作られたのよ。

 だから後者の場合、フーマを喜ばせるために、わざと感じているように見せているのよ。

 実際は、ほとんどのフェアリーが心の底から感じてなんていないわ。

 だから、性感帯の発達していないのが普通」

「…」

「でも、なんでだか、あの二人は龍に夢中。

 本当に‟なんでだか‟ね」

イングリッドは理解できないという顔をする。

「まあ、いいわ。

 その‟なんでだか‟のおかげで、二人とも性感帯が発達しちゃっているのよ。」

イングリッドの言葉で、二人が本心から喜んで自分に抱き着いていると思うと、ついワクワクしてしまう。

「だけどね、龍が下手だと欲求が満たされなくなって、チーラみたいな百戦錬磨の性技を持つフーマにかかったら、イチコロよ」

「イチコロ?」

「ええ。

 あっという間に身も心も奪われて、龍に見向きもしなくなるわよ」

「そ、そんな…」

龍は、グレーシーソフィやアクアが他の男に抱かれて行くうちに、喜んでいく姿を思い描き、胸が押さえつけられるようだった。

「だから、そうならないように、教えて・あ・げ・る」

「え?」

「いいから、ついていらっしゃい」

壁の一部が開き、3か月以上車内で暮らしていたのにも関わらず、見たことのないドアが出現し、イングリッドが中に入っていく。

「早くいらっしゃい」

中からイングリッドのせかす声が聞こえ、龍は中に入っていくと、後ろでドアが自動で閉まる。

室内は小さな蛍電灯が付いているだけで薄暗かった。

その中で、服がすれる音、家具がきしむ音が聞こえる。

薄暗さに眼が馴れてくると、龍はようやく部屋の中が見回せるようになる。

そこは、今はすべて電源が落ちているようだが、さまざま機材が壁一面に埋め込まれていた。

「す、すげえ…」

その圧倒的な機械の量に龍は舌を巻く。

「何を見ているの?

 こっちよ」

イングリッドの声のする方を見ると、壁際に一人横になればいっぱいになるような簡易ベッドが置かれていて、毛布の下からイングリッドが半身を持ち上げ龍を見ていた。

足元にはイングリッドの着ていた服が無造作に置かれていて、イングリッドは裸なのが見て取れた。

「狭いけど、龍も服を脱いで、入っていらっしゃい」

「え?」

「いいから。

 言うこと聞かないと追い出すわよ」

イングリッドの思わぬ剣幕に、龍は急いで服を脱ぐ。

「パンツもね」

言われた通り龍は全裸になるとイングリッドの待つベッドに近づく。

イングリッドは、怪しく微笑むと、毛布を持ち上げ、龍を誘う。

毛布の下のイングリッドは、予想した通り全裸で、褐色の肌、均整の取れたプロポーションで、思わず目が釘付けになるほど成熟した大人の女性の体をしていた。

「この体を見せるのは龍が初めてだから、ありがたく思いなさいよ」

龍は何も言えずに頷くと、イングリッドの横に滑り込む。

イングリッドからはグレーシーソフィやアクアとはまた違った、どちらかというと人間の女性の良い香りがした。

「懐かしいでしょ。

 フーマの女性の香りを再現してみたのよ。

 それも、発情している女性の

 うふふ」

イングリッドのなまめかしい仕草と声で龍の花糸と葯は爆発しそうになるほど勃起し膨張する。

「まずは、キスして。

 いつもグレーシーソフィやアクアとするみたいに」

龍はイングリッドに覆いかぶさる。

イングリッドの体は、グレーシーソフィやアクアのように柔らかく、そして、熱いくらいに温かかった。

龍は夢中になってイングリッドの唇に自分の唇を押し付けると、舌を絡めようとする。

「ちょっと、待ちなさい!」

イングリッドの手が龍の額を押して、顔を遠ざける。

「何をがっついているの?

 まさか、いつもグレーシーソフィやアクアにそうやっているの?」

「う、うん」

龍は、情けない顔をして頷く。

「はぁ~。

 だめね~、まったく。

 グレーシーソフィやアクアは女の子ちゃんなんだから。

 初めはソフトに、ムードを出すようにしないと。

 唇だけじゃなく、頬やおでこ、鼻の頭とかソフトにキス…

 あなた、いきなりぺろぺろ顔舐めていない?」

「う…」

「呆れた。

 それじゃ、まだ、愛液がにじみ出ていないんじゃない。

 最初は優しく、ソフトに顔中チュッチュして。

 それから、唇。

 それで、ゆっくりと舌を絡める。

 そうすると、二人とも興奮してきて愛液が滲み出てくるわよ。

 さあ、やってごらんなさい」

「う、うん」

それから、イングリッドに‟まだ早い‟、‟もっとソフトに‟、“もっと優しく‟と指導を受け、OKが出たのは20分くらい経ってからだった。

厳しい指導の階があってか、龍の葯はだいぶ小さくなる。

「次は、二人の感じるところへのアプローチね。

 二人が一番感じるところ、どこだか、わかっているでしょうね?」

「え?

 え…と…」

「はぁ…

 この数か月、龍はがつがつと、あの娘たちをしゃぶるだけだったの?

 それじゃ、食料と玩具と変わらないじゃない」

「う…」

‟そんなつもりではなかった‟と言おうとして、確かにいつもがっついていた自分を思い出し、しょげ返る。

「反省しているならいいわ。

 教えてあげる。

 グレーシーソフィは、首筋。

 アクアは腋の下。

 当然、他の場所もだけれど、そこが二人にとってのウィークポイント。

 丹念に攻め続ければ、あっという間に白旗上げるわ。

 やってごらんなさい。

 まずは、グレーシーソフィのウィークポイントから」

そう言ってイングリッドは髪を掻き分け、首筋を龍の前に見せる。

「あっと、いけない。

 まずは、髪を掻き分けて、首筋にたどり着くところからね」

「う、うん」

気を取り直し、始める龍だったが、直ぐにイングリッドから‟それじゃダメ‟、‟デリカシーがない‟と散々指導を受けることになる。

「次は、アクアのウィークポイントよ。

 何をへばっているの?」

「う、うん」

「ほら、アクアちゃんを喜ばせるためよ。

 アクアちゃんの嬉しそうな顔を見たいと思うでしょ」

「おお」

アクアのあの時の顔を思い出し、龍は気合が入る。

「そうだ!

 アクアちゃん、意外と‟M‟だから、両手を頭の上にこうして押さえつけて、それで、腋ががら空きになるから、そうしたら。

 うふふふ」

イングリッドは楽しそうだった。

「さあ、次は、いよいよ胸よ。

 いつも、どうやっているの?」

「だめ、全然なっていない。

 そんな強くしたってだめ。

 優しく舌の先でなでるように。」

「Gスポットは?

 違う違う。

 そこじゃないってば。

 指の腹の部分で優しく」

結局、龍は1時間以上、手ほどきを受け、イングリッドと交わることなく解放される。

「しばらくは、こっちの方も特訓よ。」

イングリッドの楽しそうな顔を見ながら、龍は疲れ切った顔をする。

‟これなら鬼ごっこの方がましか‟と思いながらもイングリッドの柔らかな体、魅惑的な香りにまんざらでない気分になっていた。

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