第8話 ROUTE 246
「本当に、その格好で行くのか?」
出発する時になって龍は二人の恰好を見て呆れたように声を出す。
アクアは、タンクトップにホットパンツ姿。
グレーシーソフィは、半そでのブラウスに可愛らしいリボンタイとハーフパンツ姿。
腰まで伸び、ウェーブのかかった綺麗な金髪。
いつもの服装なのだが、どう見ても、若い女の子が、どこかにショッピングやテーマパークに遊びに行く服装で、これから悪路を何日もかけて遠出する格好には見えなかった。
「え?
どこかおかしいですか?」
「いつもと同じよ」
二人は自分たちの服装をまじまじと見て、不思議そうな顔をする。
出発して龍はさらに驚く。
グレーシーソフィは、例の大きなスーツケースに大きなリュックサック、アクアも自分と同じくらいの大きなリュックサックを背負って颯爽と歩いていく。
「え?
リュックの中?
着替えが入っているのよ」
「2日位なのに?」
「何言っているの。
私たちは女の子なんだから、2日分と言ったらこのくらいの量になるのは当り前よ」
リュックの大きさに驚いている龍を二人は笑い飛ばす。
「じゃあ、グレーシーソフィ。
リュックにスーツケースに大変だろうから、リュックを持つよ」
龍が言うと、二人は顔を見合わせる。
「私たちは大丈夫。
それより、龍の方は大丈夫なの?」
グレーシーソフィが心配そうな顔をして龍を見る。
龍もやはり着替えを持っていたが、肩から下げる少し大きめのショルダーバックを持っていた。
「大丈夫だよ。
君たちの荷物と比べれば、屁でもないよ」
馬鹿にされたような気がして、龍は少しムッとして答える。
「無理しないで、ゆっくりと行きましょう」
グレーシーソフィは龍の態度に全く気が付いていないのか、さらに追い打ちをかけるように言う。
3人は環状七号を南下し、途中から246号に入る。
(確かに大きな道路は整備されている)
環状七号も国道246号も龍が見ていたころと違い綺麗に整備されていた
「ここが、246?」
龍が知っていた国道246号は東京の千代田区から静岡県の沼津市に至る国道で、龍たちが踏み込んだ辺りは、上に首都高速3号線が通り、道も周りにはビルが立ち並ぶごみごみした場所のはずだった。
それが、上を走っていた首都高速3号線は綺麗に無くなり、また、道端のビル群も跡形もなかった。
整備されたといってもアスファルトで綺麗に舗装されているわけではなかったが、道幅は広く、平らで歩きやすかった。
「あ!
来る!!」
ふいに、アクアが警戒した声を出す。
「え?」
龍がアクアの視線の先を見ると、はるか遠くからトレーラーのような大型車が砂煙を巻き上げるようにして近づいて来るのが見えた。
「隠れましょう」
「え?
なんで?」
龍にはアクアが言う意味がわからなかった。
「こんなところを呑気に歩いているフェアリーや、フーマを見たら怪しまれて、なにかと厄介事になるかもしれないの。
アクアの言った通りに隠れましょう」
龍はグレーシーソフィに引っ張られるようにして、3人、道端の瓦礫の中に身をひそめる。
しばらくすると大きな荷台を3台連結した大型のトレーラーが龍たちの目の前を走り抜けていく。
ただ、龍の眼の引いたのは、車と行ってもタイヤで走っているわけではなく、ホバークラフトのように本来車輪のあるべきところから、空気のような気体を高圧で噴射し、車体を浮かせて飛ぶように走り抜けていた点だった。
その高圧で噴射された気体が地面の砂やほこりを巻き上げていた。
「ここはまだ平坦だけど、場所によっては凹凸が激しいところがあるの。
それに、一歩、中に入ると廃墟や道と呼べない荒れた道でしょ。
それで、ああいう乗り物ができたのよ」
「エネルギーは消耗するけれど、百メートル以上浮き上がることが出来るのよ」
「あんな大きいのが百メートル以上浮き上がるって?!
飛行機か」
「ええ。
タイプによっては、ドローンのようなヘリコプターや飛行機のように自在の空中を移動するものもあるの」
「たぶん、ヴィヴィを連れて行ったのは、ヘリコプタータイプだと思う」
グレーシーソフィはヴィヴィを思い出したのか、寂しそうな顔をする。
「さあ、もう大丈夫。
行きましょう」
アクアの言葉に従い、3人は再び平坦な国道246号の道路に戻る。
大型のトレーラーは新宿方面に走り去っていった。
「新宿の方に何かあるの?」
「うん。
昔の都庁の場所一体に研究所とは別にシルキーチャイナの駐屯地があるの。
そこが日本の各都市にある他の駐屯地をコントロールしている、いわば中心ね。
「日本をコントロール?」
「ええ、勤勉で器用な日本人の生き残りを支配して、食料、工業品を作らせ、本国に送っているのよ。」
「日本を支配?
アメリカは?
他の国は?」
「うーん。
ごめんなさい。
まだ、そこまで情報の箱の鍵が開けられていないの」
アクアが悔しそうな顔をする。
「いや、いいよ。
また、思い出したら教えてくれればいいから。」
「うん」
「はい」
3人は再び厚木方面に向かって歩き始めるが、直ぐに、龍に異変が生じる。
「あれ?
何だか、脚に、いや、体に力が…入らない…」
龍は、その場にしゃがみ込む。
場所は駒澤大学前。
中野のアジトから約10km。
2時間半近く歩いたところだった。
「グレーシーソフィ」
アクアがグレーシーソフィの顔を見る。
グレーシーソフィは、じっと龍を見てから、アクアの方に振り向き、顔を横に振る。
「やっぱり…」
「え?
な…、なに…が?」
龍は息を切らせながらアクアを見上げる。
「龍。
あなた、エネルギー切れよ」
「エネルギー…切れ…?」
「そう。
龍は、百年以上仮死状態だったのよ。
普通に考えても、生きていること自体不思議。
ずっと寝ていれば筋肉は衰え、体力もゼロの状態なのは当たり前の話。
それを、私やグレーシーソフィたちのブルームネクタを身体に入れることで、瞬間的に回復し、普通に動けるようになったと、誤解しているの。
中野から吉祥寺までの距離だとわからなかったと思うけど、ここはその倍くらいあるから一気にレッドゾーンに突入したのね。
私やグレーシーソフィのブルームネクタをいくら摂取しても、基礎体力がゼロで蓄積されないので、長時間の運動、そう、今のように長時間歩くと、需要に供給が間に合わなくなるのよ」
「そ、そんな…」
目の前が真っ暗になる気がして、起き上がろうにも体が鉛のように重く、龍はとうとう身動きできなくなる。
「まずいわね
どこかで休ませないと。
回復には、どのくらい掛かりそう?」
「うーん。
私とアクアが二人がかりで半日かしら」
「でも、動けるようになっても2時間で空っぽになるでしょ…
やっぱり無理だったわね」
「半日くらいは、大丈夫だと思ったんだけど…
今度から30分歩いたら、1時間位は休ませるようにしないとね」
「そうね」
二人のやり取りを聞いていて、龍は恥ずかしくなった。
(二人のことを心配する前に、まずは、自分のことを心配しないといけなかったのか。
情けない…)
「どうしようか。
見渡す限り、周りには身を隠し、龍を休ませるような、いい建物はないし…」
「そうね。
夜になったら、プルートも出てくるから高い建物がないと。」
「私、ちょっと見てくるね。
龍のこと、お願いするわね」
「うん、任せて。
でも、アクア、気を付けて。
この付近は、もう、テリトリ外で、どんなジードルがあるかわからないから」
「ジードル?」
龍がか細い声を出す。
「ジードルとは集落のこと。
フーマの中には、シルクチャイナに混じらずに、独立して何人かでグループを作る者がいるの。
まあ、ほとんどがならず者で、略奪や暴力、それに私たちフェアリーを集めて奴隷、そう、モーリーのようなやつ。
私たちみたいにフェアリーの中には、関係を持ったフーマーと離れなくなるフェアリーがいるのよ。
そのフェアリーが気に入ると、対でいるフーマからフェアリーを略奪し、自分の奴隷にする奴がいるの。
だから、ジードルには気を付けないといけないのよ」
「…」
龍は途中で意識が途切れ途切れになり、アクアの説明の半分しか聞いていなかった。
「あらあら。
急がないと。
じゃあ」
「うん。
気を付けてね」
アクアはグレーシーソフィに笑顔で頷くと走り出すが、直ぐに立ち止まり、道路の横の空き地のような平坦な場所を凝視する。
それは大きなトレーラーが1台十分駐車できるスペースがあったが、何も駐車しておらず空き地にしか見えなかった。
「アクア?」
グレーシーソフィが心配そうな声を出し、アクアが見つめる先を見る。
「…」
アクアは手を斜め下に広げ、グレーシーソフィに動かないようにと合図を送る。
それから、ゆっくりと空き地に近づいていく。
そして空き地のとば口まで近づくと、そこにないかがあるかのように見つめ、そしてゆっくりと手を掲げ、何かを触ろうとした。
その瞬間、アクアが伸ばした手の先の空間がいきなりゆがみ、陽炎のように波打ちだす。
「呆れた。
あなた、私が見えるの?」
女性の声が聞こえると、空間の中から大きな白いキャンピングカーが出現した。
「やっぱり」
アクアは、見えて当然だという顔してキャンピングカーを見つめる。
「…」
女性の声は黙っていたが、何かを考えているようだった。
そして、数秒沈黙が流れると、いきなり車体の中央部にあるドアが静かに開く。
「面白い子ね。
中に入って」
それを聞いて、アクアは龍達の方を振り向く。
「いいわよ。
あの可愛らしいフェアリーと、フーマも一緒にどうぞ」
女性の声がそういうと、アクアは二人に来るように促す。
グレーシーソフィは頷くと、龍に肩を貸すようにして支え起こし、キャンピングカーまで連れてくると、アクアの後から車内に乗り込む。
車内は信じられないほど広く、乗り込むとすぐに4人掛けのテーブルがあるリビングがあった。
「入口に自動洗浄のマットがあるから、そこに数秒乗って、靴の誇りを落としてね」
言われた通り、入口の直ぐ中に、マットがあり、その上に乗るとマットがブラシのように動き靴の底の埃や土を綺麗にする。
「好きなところに座ってちょうだい」
テーブルのモニターがいきなり点き、女性の顔が浮かび上がる。
女性は、浅黒い肌に黒く長い髪、エキゾチックな美人だった。
「私の名前は、イングリッド。
人工生命体よ」
「私はアクア」
「私はグレーシーソフィ。
私の横にいるのは、龍。
フーマよ」
イングリッドの言葉に応じて、アクアとグレーシーソフィが返事をする。
龍は、ぼんやりとした頭で3人の会話を聞いている。
「ふーん。
二人とも私が人工生命体と聞いても驚かないのね。」
「まあ、私たちも遺伝子操作やクローン技術で生み出された生命体だから、イングリッドと似たようなものよ」
「私なんて、食用なんだから、何の尊厳もないわ」
珍しくグレーシーソフィが硬い顔でつぶやく。
しかし、龍の手が触れると、直ぐに顔を柔らかくし、龍の顔を覗き込む。
「そちらのフーマさん…。
龍だっけ?
ずいぶん、弱っているみたいね。
大丈夫なの?」
「龍は、2か月前に“穴”から出てきたの」
「まあ!
じゃあ、ミイラちゃんじゃない」
「うん。
だから、私たちのブルームネクタでつないでいるの」
グレーシーソフィはイングリッドとアクアの会話を聞きながら、龍にぴったりと寄り添っている。
「いつまでも、それじゃ困るでしょ。
そろそろ、再生プログラムを作らないと」
「そうね。」
イングリッドの問いにアクアが答える。
「アクアは、プログラム作れそうね」
アクアは黙ってうなずく。
再生プログラムとは、イングリッドが言ったように、ミイラ状態の龍の筋肉組織や内臓などを運動や栄養素を取り入れ、元のように基礎体力をつけ、向上させるプログラムのことで、そのプログラムを組み立てるには、医学的知識、栄養学、運動力学など幅広い知識が必要だった。
いきなり、イングリッドの映っていたモニターが真っ暗になると、車体がぶるぶると身震いするように揺れる。
「カモフラージュを発動させたの。
これで、誰もここに車があることが見えないはず…だった。
あなたたちが来るまではね」
イングランドの声が聞こえ、運転席の方からスタイルの良い女性が、リビングにやって来る。
「イングリッド…?」
グレーシーソフィが戸惑った声を出す。
グレーシーソフィとしては、人工生命体と聞いてAIで、体はないものだと思っていたので、イングリッドが入って来たのを見て目を疑ったのだった。
イングリッドは、150cmくらいの身長で、長い黒髪は背中の半分位まで伸びていて、顔はモニターで見た時よりもエキゾチックな美人だった。
「ん?
この体は、私が作ったの。
素敵でしょ?
私の自信作よ」
「素敵。
ほんとうに綺麗」
横からアクアがうっとりした声を出す。
「うふふ。
女性のスリーサイズの黄金比を計算して、何年もかけて修正してきたのよ。
当然、顔にも黄金比率があるのよ」
「え?
そうなの?」
「髪の生え際から眉頭の下、眉頭の下から鼻の下、鼻の下から顎先までの比率のことよ。
これも、美人と言われた女性の顔を集めて計算したの」
アクアは、話しているイングリッドの腕をそっと触る。
「柔らかい!
それに、温かかくていい香り」
「でしょ?
それも、計算して素材を選んだのよ」
「でも、それじゃ、モテモテでしょ?
ほかに車内に誰かいるんじゃないの?」
アクアは少し緊張した声を出す。
「大丈夫よ。
私だけ。
嘘じゃないわ」
アクアは、そっと、グレーシーソフィの方を見ると、グレーシーソフィはイングリッドの言っていることが正しいと頷いて見せる。
「あら?
グレーシーソフィ、あなた、覚醒しているの?」
「え?」
グレーシーソフィは、たじろいだ声を出す。
「まだ、本人は自覚がないみたいだけどね」
「アクア?」
「グレーシーソフィ。
あなた、最近、自分の変化に気が付いているはずよ。
人の気配が感じられたり、見る相手の体力やパワーがどのくらいかってわかるはずよ」
「そ、そう言われれば…」
グレーシーソフィは、いつの間にか龍だけではなく見る人物、フェアリー、フーマ関係なく健康体なのか、弱っていないか、強いか弱いかなどがわかるようになっていた。
「以前、一緒にいたフェアリーも特殊な能力を開花させたわ。
それを覚醒というの」
「ふーん」
グレーシーソフィは、自分の目覚めた能力に興味なさそうだった。
そして、いつの間にかグレーシーソフィの膝枕で横になっている龍の頭を撫でる。
グレーシーソフィの体からは陽炎のような何かが立ち上り、それが、龍の呼吸と一緒に体に吸収されているようだった。
「ふーん。
珍しいわね。
フェアリーは、フーマに尽くすように埋め込まれてはいるんだけど、グレーシーソフィは自分の意志で龍に尽くそうとしているのね」
それを聞いてグレーシーソフィは嬉しそうな笑顔を見せる。
「あら、私もだからね」
アクアが不満そうに横から割り込む。
「で、なんで誰もいないの?」
「いたわよ。
最初の頃は、この体(車体)は小さくて、私もAIで箱の中。
乗って生活するにはフーマで二人くらいが適当なところだったわ。
その中でフーマが男女で生活したり、男同士だったり女同士だったり。
初めは皆、仲良しさん。
でも、喧嘩が始まり、出て行ったり、殺し合ったり。
最後に乗せていたのは、男が一人。
なんかつまらない男で、50年前かな、ノイローゼになり自殺したわ。
それからは、誰も乗せる気分もなくなったの。」
「ご、50年も一人だったの?」
「ええ。
でも楽しいわよ。
こうやって、アンドロイドの体を作ったり、車体も改造し大きくしたりしてね」
「え?
どうやって?
もしかして、オオカミ?
…
間違い。
泥棒?」
「そっかぁ。
だから、ミラージュ装置が完璧なのね」
「ば、馬鹿言わないでよ。
どうやって、この車体(からだ)で、泥棒ができるのよ」
「だって、そのアンドロイドの体があって、この車があれば、何でもできるじゃない?」
「まったく。
いやよ。
誰が、廃墟の中に入って、廃材を集めてこなくちゃいけないのよ。
そんな古臭いのを集めても、精錬なんてしてもボロボロのものしかできないわよ。
カビの付いた食べ物を、そのカビを払っても、お腹壊すでしょ?」
「あら。
チーズなんて、わざとカビを生やしているものもあるって」
知ったような顔で、さらりと言うアクアの顔を、イングリッドは睨みつける。
「ともかく、本質が劣化したものじゃ、どうしようもないわよ
それに不純物が混じって、美味しくないわ。
だから、あれを打ち落として、いただいているの」
そういうと、モニターが点き、画面の左から右に飛んでいくドローンらしき飛行物体が映し出される。
「あれは、純度の高い金属で作られているのよ。
AI搭載で、その部分にはレアメタルも豊富に含まれているの。
あれは、ドローンタイプだけど、他に鳥などの動物擬態のタイプもあるのよ。」
「あ、あれか…」
龍は、グレーシーソフィの膝枕で頭の中が少しはっきりしてきたようだった。
そして、グレーシーソフィが襲われた日、アクアが石で打ち落とした金属製の鳥を思い出していた。
「でも、あんなに飛んでいる物を、どうやって落とすの?」
グレーシーソフィが不思議そうに尋ねる。
「石よ!」
アクアとイングリッドは声を揃えて返事をする。
「へ?
石?」
「そう。
熱源探知レーダーが付いているから、下手にレーダーや機銃を使うとラボに報告され、山のように武装したドローンが飛んでくるわ。
だから、石を投げて落とせば、飛行中の事故か故障ということになって、それで終わり」
「でも、止まっているものなら出来るかもしれないけど…」
「あら。
鳥型も素早いのよ。
でも、時速200KMちょいで投げつければ、気が付いた時には、もう遅いって」
「200KM/H?
そう言えば、アクアが石を投げた時、軽く投げたように見えたけど、飛んでいく石は見えなかったな」
龍は、アクアが機械仕掛けの鳥を打ち落とした時のことを思い出す。
アクアの華奢な体つきを考えると、とても200KMの剛速球を投げることは想像できなかった。
「イングリッドは?」
「私は、アンドロイドを使って投げるの。
でも、ロックオンするときのレーダー照射がアウトなので、そのスイッチを切って投げるから、最初は、ノーコン。
当たるようになるまで、大変だったわ。
それから、投げて、落として、拾って分解、そしてシステム拡張と乙女の軟な腕には大変だったわ」
「…」
「…」
「な、なによ。
その眼は。
失礼ね」
“どこが、軟なの”と言わんばかりの冷めた目をするアクアとグレーシーソフィ。
それにむきになるイングリッド。
話の内容を無視すれば、どこにでもいる若い女子のじゃれ合いのように見える。
「ところで、イングリッド…」
「いいわよ!」
“龍の体力の回復のため、今日だけ車の中で休ませて”と話を切り出そうとしたアクアが、用件も聞かずに返事するイングリッドに、目を丸くする
「い、イングリッド?」
「今日だけじゃなくて、ずっといいわよ。
それに、どこかに行くなら連れて行ってあげる。
私、アクアとグレーシーソフィが気に入ったから」
にっこりと笑みを見せるイングリッドを見てから、アクアとグレーシーソフィは顔を見合わす。
二人にとって、移動の手段、快適で安全な住処の両方を手に入れたことに等しかった。
「イングリッド…」
「イングリッド、ありがとうー!!」
グレーシーソフィが、イングリッドに“本当にいいのか”を確認する前に、アクアが万遍の笑顔でイングリッドに飛びつき、その胸に顔をうずめる。
「こ、こら。
アクア。
危ないわよ」
イングリッドは、慌ててアクアを受け止める、抱きしめる。
「イングリッドの胸、柔らかいし、温かいし、そして、いい匂いがする」
「もう」
照れくさそうな顔で、アクアの髪を撫でる。
「僕も?」
龍は調子が良くなったのか、グレーシーソフィの膝枕から起き上がる。
「ええ、もちろん。
そうでないと、二人とも出て行っちゃうから」
あくまでも龍は、アクアとグレーシーソフィのためにここに置いておくだけだと言っているようで、龍は少し複雑な気持になっていた。
イングリッドの車内は、驚くほど広かった。
ベッドルームは、3人でもゆったりと寝れる広さで、ふかふかの布団でアクアとグレーシーソフィを感動させる。
「いつも、固い床にムートンを引いていただけだから、こんなにふかふかなベッドは初めて」
「うんうん、同じく」
龍も久々のベッドだった。
シャワールームも広く、アクアとグレーシーソフィなら二人同時に入れるほどだった。
キッチンも広く、冷蔵庫や電子レンジなどの家電も充実している。
「これ全部、イングリッドが作ったの?」
「そうよ。
ちょっと、ネットをハッキングして、情報を仕入れてね。
大丈夫よ。
そんな危ないところになんてハッキングかけに行ったりしないから。
普通の庶民向けのネットよ」
(嘘だ)
アクアとグレーシーソフィは、瞬時にイングリッドが嘘をついていると思った。
その夜。
龍とグレーシーソフィ、アクアは気持ちの良いベッドの中で、いつものように命の営みをしていた。
ただし、3人ではなくもう一人の視線を感じていたのは、グレーシーソフィとアクアだけだった。
その視線は、当然、イングリッドのもの。
イングリッドの車内は、イングリッドの体の中だけに、いろいろなところに、イングリッドの眼が付いている。
アンドロイドの体から制御を離したイングリッドは、今、その眼の一つを使って、龍達の命の営みをつぶさに観察していた。
(まあ!
グレーシーソフィったら、あんなにうれしそうな顔をして龍にブルームネクタを啜られて。
しかも、あんなに滲ませて。
あれなら、龍も見た目の体力は回復するわね。
でも、グレーシーソフィにも明日から栄養のあるものを摂取させないと…
…
あら?)
イングリッドの眼はレントゲンのように、グレーシーソフィの中に入っている龍の葯や花糸の形や動き、また、グレーシーソフィの花柱、子房も見ることが出来た。
グレーシーソフィたちフェアリーは生殖機能を持たないため、子房に卵巣がなく、フーマがいくら中で射精しても、全て流れ出るだけだった。
それを知っているイングリッドは、特に気に留めていなかったが。グレーシーソフィの中である変化が始まっているのを見逃さなかった。
それは、本来の子房の奥に、もう一つの口が開き、ゆっくりと龍の葯を飲み込むように包み込んでいく。
その口の奥は、子房ではなく何か空洞らしきものがあり、その先は見えなかったが、壁でないことは見て取れた。
(なにかしら…
ま、まさか、卍解?
ちがう、ちがう、昔のアニメの見過ぎだわ。
確か、‟満開‟ってやつね。
ごくまれに、フェアリーの中には気に入ったフーマを迎え入れる際、形を変えてそのフーマのすべてを飲み込むものがいるってファイルがあったわ。
それをされたフーマは、天国にも昇るいい気持になるって。
記録ビデオもないし、実物を見るのは初めてだわ。)
龍の葯がすっぽりと第二の口に包まれると、龍の血圧は上がり、動きが速くなってくる。
(そろそろ…ね)
そう思っているうちに、龍の葯の先から体液が勢いよく飛び出す。
第二の口は、その体液を1滴たりとも逃すまいとするように、グレーシーソフィの奥へ奥へと吸い込んでいくようだった。
そして、奥の空洞が龍の体液で満たされると第二の口は、そっと龍の葯を離すように、閉じて行く。
龍の葯がグレーシーソフィから出て行ったあと、溜まっていた龍の体液が薄れていくのが見える。
(え?
グレーシーソフィ、龍の体液を吸収しているの?)
龍のバイタルは、かなり蓄えられているのが見えたが、グレーシーソフィも龍の体液を吸収するのと比例して、バイタルがあがっていくのがイングリッドにはわかった。
(へぇ~。
あの二人、お互いに相乗効果になっているんだ。
満開って、そういうものなのかな…。
お、次はアクアね)
龍の葯がアクアの中に入っていく。
体格的なものなのか、龍の花糸全てがアクアの中に納まるものではなかった。
(アクアも、嬉しそう。
グレーシーソフィと同じように、あんなに滲ませて。
え?
もしかして、アクアも満開するのかしら)
するとイングリッドの予想通り、グレーシーソフィと同じようにアクアの中でも第二の口が現れ、懸命に龍の葯を飲み込もうとしているようだった。
そして、同じように放出された龍の体液のため込むと、口は閉じて行き、そして、吸収していく。
アクアもまた、バイタルが上がっていった。
(ふーん。
あの三人、結局うまいこと共存関係を作り上げていたのね
興味深い…)
嬉しそうに満足した顔で眠る三人を見ながらイングリッドの眼は閉じて行く。
翌日、三人を乗せイングリッドのキャンピングカーは一路、国道246号を本厚木に向けて南下する。
運転席には、アンドロイドモードのイングリッドが座り、助手席には、3人が交代交代で座る。
途中、シルクチャイナのトレーラーや特殊車両とすれ違う。
その際は、道端に停め、カモフラージュ機能で車体を見えなくしてやり過ごす。
走っている時はステルス機能を発動し、ドローンなどから車体が映らないように気を付けて進む。
多少、進み方がたどたどしくはあったが、三人にとっては快適だった。
イングリッドも何年振りか車を走らせているので、機嫌がいいようだった。
多摩川を超え、川崎、横浜を過ぎ、間もなく相模川を越えようとした海老名の辺りでイングリッドは車を減速させる。
「どうしたの?」
グレーシーソフィが助手席のアクアに声を掛ける。
「フーマの女の人が、フーマの男に襲われているの」
アクアの声とともにモニターに道端の草むらで男二人にのしかかられている女性が映し出される。
「助けなくっちゃ」
グレーシーソフィが声を上げると、車は停車する。
「イングリッド、アクア。
相手が犯罪者でも、フーマはフーマ。
追い払うだけよ」
グレーシーソフィ達フェアリーは、フーマを傷つけてはいけないと、遺伝子に刷り込まれていた。
「えー、面倒ね。
一気に機銃掃射してしまえば早いのに。」
「だめよ。
そんなことしたら女の人にも当たってしまう」
イングリッドは、そういう操作を受けていなかったので、フーマが相手だろうがお構いなしだった。
アクアはフェアリーになれなかった失敗作だったがため、多少、その遺伝子情報は刷り込まれていた。
「はい、はい。
じゃあ、石でも投げて追い払いましょう」
イングリッドは運転席から降り、道端に転がっている小石を片手いっぱい拾い上げると、ゆっくり振りかぶって、男たちの方に投げつけると、身を隠す。
小石と言っても時速200kmで投げられると、機銃掃射と同じくらい威力があり、男たちが潜んでいる木々の枝や葉を吹き飛ばし、また、地面に当たった小石が跳弾のように男たちを襲う。
「ぎゃあ」
「な、なんだ?!」
男たちはいきなりの事態に驚き、また、跳ねた小石が体を襲い、女性から体を離すと、ズボンを上げ、転げるように道の反対側に逃げていく。
「私はここで待っているから」
イングリッドが運転席に乗り込みながら三人に話しかける。
「わかった。
ともかく行ってみよう」
「あ、ちょっと待って。
この近くに、ジードルがあるわ。
念のために、グレーシーソフィ、これを」
アクアはそういうと金属製の首輪のようなものをグレーシーソフィに渡し、自らも首に巻く。
「なに?」
「これは、この首輪をしているフェアリーは所有者がいることを示すものなの。
前も言ったけれど、私たちフェアリーは、フーマにとって、美味しかったり、欲望の対象となりえるのよ。
それで、気に入ったフェアリーがいると奪い合って、時には殺し合ったりすることがあるの。
それを防ぐために、この首輪をしていると、その所有者から離れたり、所有者以外が外そうとしたり、所有者が死ぬと爆発することで、無意味な略奪行為を抑止するものなの」
「なんか、家畜みたいでいやだな」
「ジードルがあるから、あくまでも予防よ。
それに、これはフェイクで、爆発なんかしないわよ」
「そうか」
「それより早く女の人のところに行きましょう」
グレーシーソフィは躊躇なく首輪をつけると、龍をせかす
3人が近づくと女性は仰向けのまま片足を立て、動かなかった。
その足には、ピンク色のパンティが無造作に下され、片足の足首に引っかかっていた。
見ると胸は強引に服を引きちぎられたのか、白い豊かな胸が見えていた。
「大丈夫?」
グレーシーソフィが、恐る恐る女性に声を掛けると、女性は上半身を起こす。
乱れた肩まで伸びた黒髪を手櫛で撫でる。
22,3歳だろうか、ふっくらした可愛らしく理知的な顔をした美人で、ふくよかな胸や腰回りの魅力的な体つきをしていた。
「良く襲われるの。
食料を探しに出て他のジードルの男に見つかると、たいていは、これ。
少し我慢すればすぐに満足してどこかに行ってしまうわ。
男って本当に本能剥きだしの生き物なんだから。」
何事もなかったように女性はつぶやくと、グレーシーソフィ達を見上げる。
「あら?
あなた達はフェアリー?」
グレーシーソフィ達が頷くと女性の瞳に一瞬凶暴な光が宿ったが、グレーシーソフィ達の首輪を見て龍の方を見る。
「あなたたちの所有者が、彼ね」
女性は龍の顔を見ながら、わざとらしく科を作るような態度を見せながら、脱がされたパンティを履く。
「私は、
助けてくれて、ありがとう。
あなたは?」
光と名乗った女性は、少し潤んだような瞳で龍を見る。
女性からは男を凶暴化させるようなフェロモンが発散されているようだった。
「僕は龍」
「可愛らしいフェアリーを2体も連れて、もてるのね」
光は破かれたブラウスを合わせるようにして胸を隠すと、龍に立ち上がらせてくれと言わんばかりに片手を伸ばす。
龍はその手を掴み、ゆっくりと光を立ち上がらせる。
光の手は柔らかく、そして、温かだった。
「痛い!」
立ち上がったと思ったら直ぐに光は声を発し、しゃがみ込む。
「足を挫いちゃったみたい。
痛くて歩けそうもないわ。
ねえ、龍。
悪いけど、私のジードルまで連れて行ってくれる?」
「ジードル?」
「ええ。
ここから歩いて15分くらいのところ位あるの。
大丈夫。
優しい人達ばかりよ。
私が戻ってこないので、今頃、みんな心配しているわ。
ね、お願い」
光は、泣きそうな目で哀願する。
それが、また、色気があり、男心をくすぐる。
アクアには、それが演技にしか見えなかったが、何の証拠もなく黙っていた。
しかし、光の色気に鼻の下を伸ばしているような龍の顔を見て、ムッとする。
「ご主人様。
この方を連れて行ってあげたら?」
アクアのその一言が、悪夢の始まりだった。
グレーシーソフィはアクアの態度に苦笑しながら、龍に‟連れて行ってあげたら‟というように頷いて見せる。
「わかった。
じゃあ、肩を貸そう」
「ありがとう」
龍は光に肩を貸しながら、光が示す方に歩き出す。
その後ろを眉間に皺を寄せたアクアと、そのアクアを苦笑いしながらグレーシーソフィが続く。
肩を貸し密着した光からは、アクアやグレーシーソフィとは異なる、人間の女のフェロモン臭がして、アクアたちがいなければ、龍も正気を保つことが困難ではないかと思うくらいだった。
3人が茂みの奥に通じる道に消えて行ってから、しばらくして光を襲った男たちが逃げて行った道端の茂みから男たちの声が聞こえる。
「戻って来たのかしら?」
イングリッドがいち早く気が付く。
声のする方を見ると、茂みから二人の男が出てくる。
イングリッドの車体はミラージュ装置が働いているので、男たちには見えない。
イングリッドは、男たちに異変が起きているのに気が付き、注視する。
「お、おい。
お前。
ズボンの前が真っ赤だぞ!!」
光に下半身裸で馬乗りになっていた男のズボンの前、ちょうど男性の生殖器がある部分が真っ赤に染まっていた。
「ひゃっ!
ひゃー、なんだいったい」
「痛くないのか?」
もう一人の男が、気味の悪そうに話しかける。
「あ、ああ。
何ともない…」
男は恐る恐る、履いているズボンを下ろし、パンツの中を覗き込む。
その時、ボトっと音がし、何か塊が地面に落ちる。
「げっ!
お前、それは?!」
「え?」
もう一人の男に言われ、パンツを下した男は地面に落ちている塊に目をやる。
「こ、これ、これって、俺の…」
男は地面の塊を見ると驚愕の顔をし、直ぐに白目をむいて、その場にしゃがみ込み、項垂れるように頭を垂れて動かなくなる。
「お、おい…
だ、大丈夫か…」
道に落ちていたのは、その男の男性器だった。
「大丈夫なのかよ…
まさか、死んじまったんじゃないだろうな…」
男がしゃがみ込んでいる男の頭を小突くと、頭を垂れていた男がゆっくりと顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「おい。
大丈夫なのかよ」
立ち上がった男の姿を見て、もう一人の男は目を見張る。
抜け落ちた男の男性器の跡に、新しい男性器のようなものが生えていたからだった。
そしてその男性器は、一般的な男の男性器と違い、葯の陰茎の境が、カリがなく、棒状だった。
もっと特異だったのは、あるはずの陰嚢がなかった。
「大丈夫なのかよ…」
「ああ。
大丈夫だ。
それに気分は最高だ」
そう言いながら男は、心配する男を見つめ、一歩踏み出す。
「な、なんだ?!」
「お前、よく見るといい男だな」
「なんだよ、気持ち悪いな」
男は、怯える男に手を伸ばす。
そのあたらしく生えた陰茎は大きく膨張していた.
「や、やめろー」
掴んだ男の手の力は信じられないほど強く、男は引きずり倒され、その上に男が覆いかぶさる。
「や、やっめろー!!
助けてくれー」
悲鳴にも絶望ともとられる男の声が木霊する。
イングリッドは、モニターに映る二人の男を凝視していた
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