第28話 聖女 茜は夢の中でも戦う(後編)
「なるほど……」
アッシュが画面から目を放し横を見ると、魔塔主から笑みは消えて一瞬真面目な顔になった。すぐに困ったような笑いに変わる。
「うーん……ちょっと茜君じゃマズいかもねぇ」
「え? あの女が何か分かるのか?」
「何というか、あれは闇の魔法使いだよ。何でそんなものが茜君の夢に現れているのかは分からないけど……もし本当に2人が戦うのならば今の彼女じゃ勝ち目無いんじゃないかな?」
「闇の魔法使い……」
アッシュは茜から聞いた事があった。それに、あの髪色、容姿……どれを取っても間違いない。過去を変える前のノエルだと確信した。
だが、その存在が何故今茜と戦っているのか?
「ぐふっ!!」
眠っている茜の口から血が吹き出す。画面を見ると闇の魔法使いのノエルの魔法で茜が吹き飛ばされていた。
どういう訳かは分からないが、その女は確かに茜の夢のゲーム世界の中に存在しているのだ。
★★★
「ぐふっ!!」
ノエルの魔法から生まれた黒い竜に吹き飛ばされ、茜は血を吐いた。ガードしきれず竜が内臓を食い破るかのような衝撃に襲われる。
黒い竜はノエルの周りをぐるぐると回った。まるで獲物をじわじわと弄ぶかのように茜が起き上がるのをじっと待っていた。
「……本当に魔力を失ったのね」
「……ノエル……何でアンタが居るの? 未来は変わったはず……そもそもまだ……その時じゃ」
「さぁ。何でかしらね? 私を消した貴女に恨みを持ったからとか? それとも何とかして生き返りたいからとか……?」
ノエルの言うような恨みや生への執念は彼女からは感じられなかった。ただ茜を傷付けるために来たような印象だった。それも、会えて嬉しいから戦っているような……
「もしくは……ただ会いたかっただけとか?」
ノエルの口からそう言われた時に茜は心臓の鼓動が早まった。これは願望? それとも後悔か……?
「……もう2度と会えないかと思っていたけど、会えて嬉しいわ」
茜は立ち上がり拳を握った。
「そう? でも、ちょっと再会するのが早すぎたみたいね」
ノエルが手をかざすと回りを巻いていた黒い竜が竜巻のように舞い上がり、そのまま茜目掛けて襲いかかる。激しい烈風に言葉を発せずに固まっていたルビーも吹き飛ばされた。
茜がその竜を掴むが、手からは瘴気が漏れる。聖気を放出するも闇の力が強く、すぐに侵食されてしまう。
「くっそ……やっぱダメか……っ!」
『茜君! 闇の魔法使いに聖気は意味が無い!』
「んな事は分かってんのよ!!!」
闇の魔法使いや闇の竜に対抗する手段はゲームにも描かれていた。
ラスボスであるノエルと戦う為にレベルを上げたが、対抗手段は魔力を高めながらイケメンと恋をして光の魔法を完成させる事。ゲームの中では闇に操られた攻略対象が聖女の愛によって光を見つけ、それを聖気と魔力で光の魔法として生み出したのだ。
だが、今の聖女には魔力も無ければ光を生み出すイケメンもいない。
光の魔法はチート魔法であるが、一方でやり込みプレイヤーは少ししか効かない物理ダメージでひたすら戦ってチート無しで勝つとかいう地道な方法を編み出した話は聞いていた。
乙女ゲームのオマケみたいな戦闘にやり込みを求めるアホがどこに居るのかと噂程度に聞き流したが、もっとちゃんと調べてみれば良かったと茜は後悔した。
最初に過去に戻った日……何処ぞの騎士が闇の竜を素手で殴っていた。……無い話ではないのだ……
「くっそ!!! が!!!!」
茜は竜を力いっぱい投げ飛ばした。竜はそのまま壁に打ち付けられ消える。
だが、聖女の身体には龍を受けていた時の衝撃が残り、あちこちに火傷と傷が入っていた。
くらりと足の力が抜けそうになるが何とか踏ん張っている。
『ふふ……ふふ、茜君、君1人の力じゃ難しいんじゃないかなぁ?? 私もそちらに行っちゃあダメかな?』
魔塔主の心配しているのか羨ましいのか楽しいのか分からないような声が聞こえてきた。
「うるさい!! 邪魔すんな!!!」
「あ、あの! このまま負けちゃうと、あの人の奴隷になっちゃいますよ! 大丈夫ですか?!」
心配そうに駆け寄るルビーの手を茜は振り払う。
「逃げるなら負けて奴隷になるのと同じ事よ。絶対に……逃げずに勝たなきゃいけないのよ……」
茜はもう1度ノエルに向き直った。
ノエルもまた黒い竜を何匹も呼び出し、周りに泳がせる。茜が拳を握り走り出すと、黒い竜も次々と迫って来た。
竜を避けながらノエルに少しずつ近づく。上手く交わしているものの瘴気で服が焼け、時折竜を受けて吹っ飛ばされた。
それでも立ち上がり、ノエルに近づく。
「やっと、掴んだっ」
「?!」
ボロ雑巾のようになりながらも茜の両手はノエルの上着の胸元をしっかり握りしめていた。
「それでどうしようっていうの? 私が闇の魔法使いだから肉弾戦なら勝てると思った?」
ノエルが拳に闇の波動を集めようとした時、茜がニッと笑い……そのままブラウスごとノエルの服を引きちぎった。
「え……」
露わになるノエルの胸元。動揺する彼女を茜はそのまま引き寄せ、そのまま唇を重ねた。
「あ、これ、エンドのスチル……え? でも幸せなキスじゃないと……」
ルビーの目に映ったのは、負けて下着姿になった攻略対象と幸せなキスをする主人公のスチル……と同じものだった。
そのまま夢のゲーム『トキメキが止まらない〜ハートがキュンする夢の恋愛都市』の世界は暗転した。
★★★
『エンド』という文字と共に暗くなる画面をアッシュとシルバーが見つめていた。シルバーは手を叩いて笑っていた。
「いやぁ、予想外の展開だったねぇ」
「それで、あいつは無事なのかよ……」
アッシュが振り向くと、茜は勢いよく起き上がり咳き込んだ。
「ごほっ……あー……流石に死ぬかと思った……」
茜は咽せていたが無事なようだった。夢の中で打ち付けられた時のダメージや外傷だけが残っている。
「結局……一体なんだったんだこれ」
「うーん……不思議な現象は夢の世界だけかと思っていたんだけどねぇ。実際にゲームとやらに存在しないどころか茜君の記憶だけにしか居ない存在が攻撃を仕掛けてきて、しかも外傷まで残っているなんてねぇ」
「つーことは……やっぱあのノエルは私の記憶の一部じゃなくて、何処かに実際に居るって事?」
「ああまでの力を持つ存在なら、仮に過去を変えて消滅したとしても何処か歪んだ空間に残っていてもおかしくない。実際、並行世界と繋がっている場所があるくらいだからねぇ」
シルバーの話を聞いて茜は難しい顔をした。
「ま、私の方でも色々調べてみるよ。謎な夢の世界が実際にある事も分かった訳だし。モニターありがとう」
「……ねぇ、闇の魔法使いに魔法を使わずに勝つ方法って……あるの?」
「魔法を使わずにねぇ……」
シルバーはうーんと考えて、思い出したように手を打った。
「そう言えば、闇の剣士と戦った光の剣士が居るかも」
「剣士? 闇と、光の……」
「ああ。闇の呪いを打ち負かす程の精神力で魔剣を操った闇の剣士と、それと渡り歩いた光の剣士が居るんだよね」
「それ……それって、何処にいるの?!」
「結構旅に出たりしてるから何処に居るのかは分からないけど、その人の家なら帝国にあるよ」
シルバーが紙に地図を書いて渡した。アッシュはそれを読んで首を傾げた。
「これって……騎士団長の家では?」
「そうだよ。ジェドの両親だねぇ」
その言葉に2人は顔を見合わせた。
★★★
魔塔を出て帝国へと戻る最中、茜は振り向いて魔法学園を見た。
「何だ……結局貴女も私の事……」
ノエルの真意は結局分からなかったが、次に会う時には堂々と勝たなければならない……
再会の嫌な予感を拳に握りしめ、茜はまた修行の旅に出た。
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