第29話 11人は聖地へ行く

 


 竜族の女が11人。

 今日は彼女達の夢にまで見た日だった。


 待ちに待った例の集会――ついに、ついにあのお方に会えるのだ、と。


「長かった……ずっと待っていたわ」


「私もこの為にずっと働いて来ました。お金もバッチリ準備してきました」


「勿論小銭で!」


 ジャラジャラと小銭を袋に入れ、バック片手に11人は戦場へと向かった。



 ―――――――――――――――――――



 竜族の11人の女達は、竜の国に嫌気がさし……山の麓でその抜け道を守っていた。


 だがある時、帝国に行く事を決意……その発端となったなった薄い本の奥付を頼りに帝国へと旅立った。

 帝国で皇帝に謁見し、その移住を認められた。竜族の女達は魔法にも長けているので皇城で住み込みで働かせてもらえる事となった。勿論竜の姿では目立ち過ぎるので、普段は普通の人間に姿を変え働いていた。


 それなりに貰える給金を全然使わないので皇帝は心配したが、この日のためだと言うと「頼むから別の事に使ってくれ……」と暗い顔をされた。

 そんな顔をされても11人の鋼の意思は変わらない。


 皇城にはイケメンが多かった。特に騎士団は身体の良過ぎるイケメンの宝庫であった。

 11人はふと、もしかして誰かが裏切ってイケメンと恋に落ち、リアルが充実してしまうのではないかと不安になった。

 だが、よくよく見ると皆デュフフフデュフフフ言いながらイケメンを観察しているだけだった。腐の国の住人にとってはイケメンは燃料でしか無かった。鋼の意志を持つ仲間達は裏切るという選択肢など無いのだ……少しはそんな素振り無いのかとお互い少し不安になる位である。


 金も気力も溜まり、満を侍してその時がやってきた。例の集会である。


「い……いよいよね……」


「はい!」


 準備万端である。下調べもした。入り口ではパンフレットなる地図が配られていて目的の場所は把握していた。

 集会は入り口から凄い熱気と人の密集である。こんなに1ヶ所に人が集まる事などあるのだろうか? 戦場かここは……と11人は躊躇い2の足を踏んだ。

 いかんいかん、何の為に竜の国を捨てたのだ、全てはこの日の為だと皆で頷き合い目的の場所を目指した。


「議長……道がありません!」


「それに……暑い……」


 中はまるで密林のようだった。いや、プレリの密林でさえちゃんと歩ける道はある。何故他の人は上手く歩けているのか分からない位に道を人が塞ぎ、通れるスペースなど存在しなかった。

 何とか11人は僅かな隙間を通り抜ける。だが……11人居た竜族の女達はいつの間にか6人に減っていた。


「皆はどこ?!」


「議長、いけません! 今戻るとまた人の波に飲まれてしまいます!」


「だれかが辿り着ければきっとまた合流出来ます……無事を祈りましょう!」


「皆……」


 逸れた5人の無事を祈りながら残りの6人は先へと進んだ。


 奥に進むにつれ更に暑さは増していった。他の人達は何故涼しい顔をしているのだろうと思ったが、何のことは無い。薄着なのだ。

 11人は山の住人であり、帝国に来た時は既に秋……まさかこんなに暑いとは思わず長いローブに身を包んでいた。

 こんな密集した所で魔法陣を展開するわけにもいかず、掌に収まる簡易の魔法陣を作った。あまり周囲に迷惑がかからない程度のそよそよとした風が前髪を揺らした。


「道理で近くの売店では栄養補給のポーションが沢山売っている訳だ。ここは戦場だ……」


 歴戦の勇者達は氷のマジックリングや身体強化、耐熱耐性、導線確保の魔法や魔術具をすでに展開し、何なら分身して買い物に挑む奴も居た。だから余計に道が狭いのだ……


「くっ、諦めてはいけない……」


「議長! ここは我々が道を作ります!!」


「我々に構わず先に進んでください!!!」


 5人が人混みを押し除けあの壁への道を作った。


「みんな!!」


 議長はぐっと拳を握り、5人が作ってくれた道を走り抜けた。いや、走るのはギルティらしいので早歩きで抜けた。

 皆を犠牲にして辿り着いた目的地。その机を見た時――



『本日完売しました』


 の文字が書かれていた看板。机は無人だった。


 議長は膝から崩れ落ちた。


「議長ーー!!!」


 5人が遅れて到着すると同じように看板を見て絶望した。


「あら? お客さん達、レイジー先生の本が目当てだったの?」


「レイジー先生は人気だから午前中には完売しちゃうのよ? 朝イチで並ばないと無理よ」


「しかも先生ったら書き手であると共に重度の読み手だから買い物に出かけたままいつ戻るか分からないし……」


 周りの客から衝撃の事実を聞かされ6人は地に伏せて泣いた。下調べは完璧だと思っていたが、実際は何もかも準備が足りないのだ……そう、思ったように行かない事それこそが人生。


「ここまで来て何も収穫が無いなんて……あの子達に顔向けが出来ないわ……」


 途中で見捨ててしまった5人の仲間……彼女達に何と言い訳したら良いのだ……


「議長!!」


 後ろから声が聞こえて振り返ると、見捨ててしまった5人が両脇に沢山の本を抱えて駆け寄って来た。


「すみません……私達、余りに好みのタイトルがありすぎてフラフラと……はぐれてしまいました」


「でもこの通り、戦利品は沢山ありますよ!」


「みんな……」


 その時会場全体に鐘の音が鳴り皆が拍手した。これは11人にも分かった、終わりの時である。


 皆、和かに店仕舞いをして帰っていく……


「みんな……私達はまだまだ修行と下調べと準備が足りなかったようね……」


「未熟な私達ではまだ先生に会うに値しないという事なんですね」


「今度は完璧に備えて先生に会いに来ましょう」


 11人は自分達の未熟さを噛み締めながら集会を後にした。目的の物は買えなかったが、仲間が頑張って集めてくれた戦利品がある。


 次こそは堂々と本を買い、レイジー先生とお近づきになるのだ。11人は決意を新たに城へと戻った。


 そのすぐ後、レイジーとルナは自分の机へ戻って来た。


「いやぁ、今回も戦利品が沢山でしたね!!」


「まさか獣王国の王受けというマニアックな未開のジャンルがあるなんて思わなかったわ……腐の国は奥深いのね」


「あ、レイジー先生、何か先生達を探していた集団が居ましたよ。本が買えなくて泣き崩れていましたけど……」


「え? そうなの?」


 隣の机の人からそう聞かされ、レイジーは驚いた。今回も十分な程持って来たと思っていたのだが…申し訳無い事をした。何処の集団なのかは分からないが、待っていてくれる人がいる限りレイジーは妄想を続けようと思った。



 ★★★



「君達、何処に行っていたんだい?」


 揃って休みを取った11人の竜族が嬉しそうに帰って来るのを見て宰相のエースは声をかけた。


「どこに……それは、聖地です」


「聖地……て」


 エースはピンと来た。最近、腐の国の者達が聖地と呼びぶあの建物……

 逆三角形のコロシアムは元々闘技場として賑わっている所だった。

 だが、平和主義なこの治世、闘技場があまり流行らなくなった頃から様々な催しに使われるようになり、規制しているあの集会がそこでも堂々と開かれるようになった。

 民が求めるものをあまり規制し過ぎるのもと皇帝は見て見ぬ振りをしているが……

 前世を知るエースは、何故異世界でも同じような事に人々が熱狂してしまうのかとため息を吐いた。


 まぁ、争いが無く皆が平和ならば良いか……と宰相エースも諦めた。

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