第26話 聖女 茜は夢の中でも戦う(前編)

 

 ※前回までのあらすじ


 魔塔で魔法使いと戦い勝利した聖女茜はノエルたんも無事補充した上に心配だったノエルたん監視役たも見つかり、順調に修行を続けて行けるようになった。


 肝心のシルバーからの頼み事だが、何らかの魔術具のモニターになってほしいとの事だった。



 ―――――――――――――――――――



「夢モニター?」


「そう。夢モニター」


 茜とアッシュは魔塔に戻り、変な色のお茶を飲みながらシルバーの話を聞いていた。


「この魔術具はね、夢の中を見られるという優れ物でね。以前は他人の夢に干渉するには自分も寝て意識を相手の夢に飛ばすしか方法が無かったんだけど、この魔術具を使えばその人が見ている夢の中身を見る事が出来るって訳さ」


「…… 他人の夢を覗くなんて悪趣味すぎない? そんなモノ使ってどうするんだ?」


 シルバーはうーんと考えて答えた。


「実はね……ジェドが時折変な夢を見るらしいんだ」


「騎士団長が……? 変な夢?」


「うん。明らかに知らない女性が、夢の中に別の物語を作っているらしい……ま、ジェドは悪役令嬢呼び寄せ体質だからね。きっとそれで呼び寄せちゃったんだろうとは思うけど」


 シルバーは指でフワフワと浮く雲を描いた。


「夢は人の記憶が見せる幻覚だと考えられている。だが、仮に夢の中に別の次元があるとしたら? 現に魔法では他人の見た夢にアクセスする事が可能だ。ならば、夢を見る事でしか行けない次元と考えてもおかしく無い話で……」


 ダンッ


 茜が苛々しながらシルバーの前の机に足を乗せた。


「手短にお願い」


「……まぁ、とりあえず使ってみてくれたまえ。これはあくまでテストだからさ。君が夢の別次元に行けるという保証もないしね。本当はコレ、ジェドで試したかったんだよね」


「ならば騎士団長で試せば良いのでは……?」


「いや、まぁ他にも睡眠療法とか悪夢に悩んでいる人とか夢の呪いをかけられた人とかの治療にも役立つので、そんなモノが見つからなくても普通に役立つ魔術具だよ」


「とりあえず使えばいいのね」


 茜は目に当てるマスクの形をした魔術具をかけ、横になった。

 そのマスクから延びるコードが鏡のような額に繋がっていた。数秒で寝息を立てる茜、それと共に額の面が揺れる。


「寝るの早いな」


「安眠は良い事だね。ほら、見えてきた」


 そこに映ったのはぼんやりとした黒い空間であった。


「茜君、聞こえているかーい?」


 シルバーが聖女の耳元で囁くと


「煩いわね……聞こえているわよ……」


 と、むにゃむにゃ返事をした。


「というように意思の疎通をしながらその人が見ている夢の中を同じように見る事が出来る訳だ」


「なるほど」


「茜君、そのまましばらく歩いてみて貰っていいかい?」


「うーん……」


 映し出された茜の視界が歩き出すと、黒いモヤが晴れてアッシュやシルバーが見た事の無い景色に変わった。不思議な建物や道はこの世界の物では無かった。


「もしかして、コレって異世界……?」


「これは凄いねぇ。まさかそんな物が見れるとは思わなかったけど、そういえば彼女は異世界から来たのだったね」


 見た事の無い幻想的な風景を前にシルバーは首を傾げた。


「何故異世界人はこんなにも不思議な世界からこちらへ来ようとするのかねぇ? こちらの世界なんて魔力が無ければ不便だし制約も多い。こちらの世界の方が便利そうだけれどもね」


「多くの人が金も地位も持ってないしなぁ……ま、有翼人からしたらこの世界でも羽が無い種族は皆不便そうだがな」


「ふふ、現状に不満を抱えている者は違う場所に幻想を求める物だね。ここに映る異世界も、私達からすれば幻想的に見えてもそれなりに歪みや闇があるんだろうね。ちなみに私は羽が無くても飛べるので有翼人は羽が邪魔そうだなとは思っているし、お風呂や寝る時とか不便そうだし。つまりは他の物の事は実際そうなってみないと良い面も悪い面も分からないのさ」


「そういうもんなのか……」


 そう言われると、こちらの世界も異世界もなんら変わらないような気がして、アッシュは夢を通して見るその不思議な世界を近く感じた。

 ボーっとその世界を見つめるアッシュはふと、その通行人の1人に違和感を感じた。


「……ん? なぁ……何かあいつ、こっち見てねえ?」


 ぼんやりとした不思議な世界の中で、1人だけくっきりとした女がこちらを驚愕の目で凝視している。


「うーん……これはおかしいねぇ。普通夢は主観的な物だが、どうも彼女だけ意思を持って動いているようだし、1人だけハッキリしているのもおかしい……茜君、その女性に近付いてみてくれないかい?」


 茜は不満げな寝言を言いながら女に駆け寄って行った。



 ★★★



 茜は夢の中で見覚えのある景色をぼんやりと見ていた。

 少し前まで自分にとって現実世界だったこの景色に未練も何もある訳では無かったが、こうして久々に夢に見ると何だか田舎に里帰りした人のような気分になる。

 

(何とも思わなかったはずなのに……)


『茜君、その女性に近づいてみてくれないかい?』


 そう言われて我にかえると、まるで浮いているかのようにくっきりと見える女が居た。

 そちらを見ると女は慌てて逃げるが、直ぐに追いついて捕まえる。


「アンタ……人の夢で何してるの?」


「いや〜、これ、貴方の夢というかゲームなので……むしろ何で貴方こそここにいるのか聞きたいです」


「ゲーム……? 一体、何のゲームなの?」


 確かに茜は自分の記憶から夢を見ているはずだった。しかし、目の前の女に見覚えは無い。なんらかのゲームだとしても少しくらい見た事があってもいいはず……


「『トキメキが止まらない〜ハートがキュンする夢の恋愛都市』って知ってます?」


「……いや、全く聞いたことないけど。何そのふざけた名前のゲーム……初kissの上を行くわね……」


「あー! やっぱり初kissの主人公なんですねー! てことは乙女ゲーユーザーだから多分あまり知らないと思いますが……」


「……もしかして、ギャルゲーなの?」


「はい。美少女恋愛シュミレーションゲーム、ギャルのゲームでギャルゲーですね」


 確かに聖女はギャルゲーの事はあまり良く分からなかった。乙女ゲームについては初kissにハマった時に調べたりもしたが、興味が無さすぎて流し見した程度だった。


「それで、アンタはその登場人物なの?」


「はい。私は主人公の幼なじみを虐めるツンキャラのルビーです。ツンしてデレるタイプの……私そういうキャラじゃないんだけどそうなっている以上仕方ないですよね」


 聖女はイマイチ、ルビーの言う事にピンと来なかったが、ふと、この夢がギャルゲーならば自分も登場人物なのではと思い嫌な顔をした。


「ギャルゲーといえばあの前髪が長くて目が隠れているような冴えない男子が無条件にモテまくるヤツでしょう? ……ねえ、もしかしてアタシもその攻略対象な とか言わないわよね……? めちゃくちゃ嫌なんだけど」


「え? 違いますよ」


「何だ、違うのか……良かっ――」


「貴女の夢なんだから主人公に決まっているじゃないですか」


「……は?」


 安堵しかけた茜にルビーがとんでもないことを言って来た。ルビーが何を言っているのか……茜は理解に苦しんだ。


「……ギャルゲーよね?」


「ギャルゲーですけど?」


「……まぁ、言い寄ってくるのがイケメンか女かの違いよね。無視すれば良いだけ……」


「それが、そう簡単には行かないんですよね」


 ルビーは頬に手を当ててため息を吐いた。まだ何かあるのかと茜がルビーに何か言いかけた時、頭上から落ちてくる影が見えて咄嗟に後ろに避けた。

 それは、知らない女のかかと落としだった。


「は?」


 かかとの持ち主は甘えた声で振り向いた。


「あーあ……避けられちゃった。お兄……いや、お姉ちゃん、勝負しよ?」


 茜はすぐに戦闘態勢に入るが、状況が分からずルビーに問いかける。


「どういう事なの?!」


「どういうも何も、この『トキメキが止まらない〜ハートがキュンする夢の恋愛都市』というギャルゲーは、格闘恋愛シュミレーションゲームなんです」


「……何よそれ」


「つまり、主人公は幼なじみや生徒会長や転校生など、ありとあらゆる女ファイターと戦い、勝つと恋愛展開に行けるという格ゲーです」


「はぁ?! それじゃあ戦っちゃ駄目なんじゃ…」


「ちなみに負けると服がビリビリに破け、奴隷になります。多分勝って振る位のつもりで戦った方がいいと思いますけど…」


 茜は相手を見た。年下妹キャラの幼なじみらしき女はアスファルトにめり込んだ足を引き抜き闘気を噴出していた。


「幼なじみ妹キャラのチサ。幼い頃から空手を習っている上級者です。お気をつけて」


「……面白い展開になったじゃない。どの辺りにトキメキが止まらなくてハートがキュンするのか謎なゲーム性は置いといて、こちとら修行の身だからね。望むところよ!!!!」


 茜とチサが静かな構えから動き出し、お互いの拳がぶつかり合う。


 茜の夢は、ギャルゲーの中の戦いの舞台という訳の分からない世界へと変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る