第22話 聖女 茜と闇の魔法使いノエル
聖気を放出し疲れ果てて意識を失った茜は……夢を見た。
そこに見えたのは時間を遡る前の記憶だった。
アンデヴェロプトに来たせいだろうか、茜は最近よく過去に戻るの事を思い出した。
★★★
異世界から転生してきた聖女、天宮茜の入り込んだゲーム『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』は、彼女がこの地に降り立った瞬間に始まっていた。
ゲームのOPと同じスチル。異世界に召喚されて最初に見えたのは魔法陣と魔法学園の理事長だった。
茜は召喚されるとすぐに理事長の胸倉を掴んだ。
彼女が知りたいのはただ1つ。今の時間よりもっと前の時間へ飛ぶ方法……それだけだった。
時はゲームと同じように進んで行った。茜に近づく攻略者のイケメン魔法使いは沢山いたが、彼らは無視かワンパンで地面に沈められた。
まだ修行中の茜の聖女パンチは人を吹っ飛ばす程の威力は無かったのだが、それでも魔法に頼ってばかりのひ弱なイケメン達は物理攻撃には弱く、簡単に地面にキスをした。
茜は地に伏せるイケメン魔法使いに唾を吐き捨て、それを見た他の魔法使い達をゾッとさせていた。
「お前らみたいなヤツが1番嫌いなんだよ」
茜はこのゲームに出てくるイケメン達が死ぬほど嫌いだった。
と言うのも、制作者の意図で非業かつ可哀想なエピソード満載で作られた悪役令嬢ノエル・フォルティスは、とにかくこれでもかという位に酷い悪役として描かれ、ゲーム内で酷い扱いを受けていた。
ゲームをプレイする者達が思ったのは、ノエルはこんなに可哀想な悪役なのに……何でこのイケメン達は更にノエルを追い詰めるんだ? という率直な感想だった。
『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』をプレイした人達は最早このゲームが乙女ゲームが疑問だった。全てはこの制作会社が悪いのだが……
茜もプレイする度にこのイケメン達への憎悪が募って行った。
ノエルを助けられるなら助けたい。だが、過去に飛ぶ前に登場人物のイケメンは1人残らず殴っておかなくてはと思っていた。
イケメン達はまだ何もしてないのに、何だか分からないままに聖女によって断罪された。茜の観念では、まだ罪は犯してない時間軸でも奴らの罪は罪なのだ。
そんな中、茜は1番逢いたいその人に出会う事になる。
その人は、茜のプレイしたゲームではイケメン達との恋を邪魔していたのだが……出会い頭にイケメンを殴り飛ばしていた茜の前にはなかなか現れなかった。
(そう言えば、ゲームではイケメンと恋をしないという選択肢は無いのだけど、このまま行けばどうなるんだろう……)
もしかしたらゲームに反している自分の前にはこのまま現れないで終わるのかもとさえ思った。
だが、そんな予想は当たらずノエルは急に現れた。
茜が魔法をついに習得し、過去に戻る直前……
魔法陣がもう直ぐ完成するその時、その女は茜の瞳に映った。
ピンク色の髪、黒い凶々しいオーラを纏い、その身体には闇の竜の刻印があった。
ノエルを見た茜は息を飲んだ。言葉が出てこない。
ずっと現れなかったのに何故今になって現れたのか、茜には全く分からなかった。
そして茜は、ノエルに逢いたい反面……もし今のノエルに会えば決心が揺らぐかもしれないとも思っていた。
茜がノエルの過去を変えたいというのは茜の勝手なエゴでしか無い。今のノエルがそれをどう思うかなんて考えないようにしていたから。
止められるかもしれない。もしノエルが今のままを望み、変えるのは未来の方だと言うならばまた別の方法を考えなくてはいけない……
どう話を切り出したらいいのか、言葉を発せないでいる茜に対しノエルは思いがけない事を言った。
「……私はあなたをずっと見ていた」
「……え?」
「あなたがこの世界に来た時からずっと……あなたを観察していたのよ。だって……あなたは私を殺す為に召喚されたのだから……」
(ノエルたんを……殺す?)
茜はゲームを思い出した。『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』というゲームは結果としてノエルを断罪し、主人公がイケメンと幸せになる物だった。だが、ゲームには、何故主人公が異世界に召喚されたのか、何が目的だったのかは描かれてはいない。
ただふんわりと主人公が恋をして大魔法使いになる過程を見ているだけで、何の目的かも、主人公がその後どうなったのかも知らない。そんな説明は無かったのだ……
「……あなた、そんな魔法を使ってどうするつもり? 過去に戻って私を殺すのも、今の時代で私を殺すのも変わらないでしょう。だったら何でそんな危険な事をするの? その魔法を使えばあなたは力のほとんどを失い、私を倒せる者は居なくなるわ……」
「………」
「私はそれを理解しようと今まで観察していたのだけど……結局分からなかった」
「……私は、アンタの……過去を変える為に魔法を使う」
「過去……? 私の……?」
ノエルは思い出そうとしたがその記憶は全て闇の彼方に消されていた。楽しかった記憶も、悲しかった記憶も全て闇の竜に食い荒らされていたのだ。
本当ならばすぐにでも茜を殺そうと思っていたのだが、不可解な行動に対する疑問だけがノエルを止めていた。それに、どうせ居なくなる人間なのだから今殺す必死はない……と。
「そんな事をして何になるのか理解出来ないわ」
「理解なんかしなくていい。ただ……アンタは待っていればいいわ。何になったのかを……」
魔法陣が完成し、茜の身体が光に包まれた。
この時間から消える存在に興味はなかったが……ノエルは何となく手を伸ばした。
ノエルを真剣な目で見る茜も手を伸ばし、その指が絡み合った。
今までノエルをそんな目で見る人はいなかった……いや、もしかしたら居たのかもしれないが闇に染まりきったノエルには何も思い出せなかった。
「……ノエル……」
「……あ……かね……」
何の想いがあるのかも分からずお互い口に出たお互いの名前。それを最後に2人は離れ離れになってしまった。
もう2度と会う事は無い。
次に逢うのは……別のノエルであり、茜が見るのはノエルの別の未来だろうと……
★★★
「おい、大丈夫か?」
目を覚ますと魔塔の瓦礫の中に居た。
そう言えば魔法使いと戦っていたのだ、と茜はすぐに思い出した。周りは運ばれていく魔女と魔塔を直す男達とでざわついている。
「いやぁ、1人で魔女とあんなに戦えるとはビックリだねぇ。いいもの見せてもらったよ。魔女達には景品に何か望みを叶えてあげるって言ったんだけど、君も何か望みとかある?」
シルバーが上機嫌に尋ねると、寝ぼけ眼の怠そうな弱々しい声で茜は答えた。
「……ノエルたんに逢いたいんだけど……」
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