第21話 聖女 茜は魔塔へ行く(後編)


 

 聖国との通信――聖石や聖樹を媒介とすると、羽を落とした反動で聖気の少ないアッシュでも神聖魔法を使う事が出来る。

 聖国人は特殊な神聖魔法で聖国との通信が出来た。


 聖石からはオペラの声が聞こえてくる。


『……今まで連絡も殆どなく、職務放棄していた理由については分かったわ。わたくし、聖国の女王ですもの。気が長くて貴方のような怠慢な者にも寛大な心を持って接してあげていますのよ。感謝なさい』


 オペラは相当お怒りだった。聖石が割れそうな位の寛大な心の圧がアッシュに伝わって来る。


 ドカアアアアン!!!


『? 後ろが何か煩いみたいだけれど……貴方今何処で何をしているの?』


「えっと……魔塔にいます」


『……まだ職務放棄中という事かしらね?』


 オペラのお怒りと共に聖石が熱くなって来るのを感じ、アッシュは青ざめた。


「陛下から頼まれまして……」


『そう……ならいいわ。それで、ルーカス様の様子はどうだったのかしら……?』


 聖石の熱が少し下がったのでアッシュはホッとしたが、オペラの「どう?」という質問の意味が分からず暫く考えた。


(どう……? どうとは……?)


「……えーと……別に普通でしたが」


『………そうなの……ちゃんと定期連絡はなさい』


 そのまま聖石からの通信は途切れてしまった。怖い女は沢山いるが、やはり1番怖いのはオペラ様で間違いないとアッシュは再認識した。


 ドカアアアアン!!!!


「君、よくこんな状況で通信出来るねぇ。それにしても今の、神聖魔法だよね? いやぁ、聖石を媒介にして使っている所は初めて見たよ。聖気の無い者達には神聖魔法ってあまり身近ではないからねぇ。もっと見たいなぁ」


「………」


 丸い大きな風船のようなシールドの中、アッシュと魔塔主は呑気に外の景色を見ていた。

 魔塔主のシールドは強力だった。最初はビクビクしていたアッシュだが、慣れてくると余りにも暇だった為、思い出したかのように聖石でオペラと連絡を取っていたのだ。

 そのシールドの外は地獄だった……。



 ★★★



 魔塔主がお知らせをした瞬間、応接間の内部の床が抜け落ちた。

 ここが魔塔の何階に当たるのか2人には分からないが、床に一部屋分の穴が空き部屋の物ごと下に落ちた。

 変な色のお茶とお菓子がそのまま一緒に落ちているのがアッシュの目に写る。


「!!?!!! お! 落ちっ!!!」


 パニックになっているのはアッシュ1人で、何故か茜とシルバーは全く動じてなかった。なんならシルバーは普通にお茶を飲んでいた。


 落ちる途中で早くも魔法による攻撃は始まった。

 抜けた床の各階に目をギラギラさせた魔女達が見える。急に3人の落下が止まると、下には魔法陣の床が現れ、落下は止まったが周りは完全に魔女集団に囲まれていた。


「おっ……かな……」


「いやぁ、昨今の女性達は本当向上心が凄いよね。何であんな物が欲しいのかはさっぱりわからないけど。私の家に何か秘密があると思っているのかね……くふふふふ」


 シルバーが悪い顔で笑うのを見て、絶対に分かっていてやっているだろうとアッシュは心底呆れた。

 女心を弄ぶ最悪の魔法使いにも関わらず女達は彼を狙う。何故こんな男が良いのかアッシュには分からない。魔塔主の魔法の秘密に憧れているのか、はたまた本人に憧れているのか……

 そうこうしているうちに魔女が1人魔法陣を描き始めると、次々と他の魔女も描き始める。周りには色とりどりの魔法式が現れた。


「いきなり集中砲火かよ」


「火や砲撃とは限らないけどねぇ」


「一緒だろ! で、俺はどうしたらいいんだよ」


「ハイハイ。せっかちだねぇ。本当は私も受けたいけど、今回は彼女の修行だからね」


 シルバーが指で円描くと周りに薄い膜が現れた。彼の話からマジックシールドだと思われたが、それよりも魔塔主が言った「私も受けたい」という言葉の方がアッシュは気になって仕方が無い。


 ドガアアアン!!!!


 突然茜目掛けて最初の巨大なファイヤーボールの激しい砲弾が襲い掛かった。それを皮切りに、水や雷や風やら……ありとあらゆる魔法が茜のいた所に撃ち込まれる。


「鍵を奪い合う勝負では……?」


「いやぁ。まぁまぁの威力だね。とりあえず塵にしてから鍵奪ってやろうの精神、良いねぇ」


「何が良いのか俺にはイマイチ理解出来ないんだが……」


「考える前に威力で押すのは攻撃魔法の基本だからね。例えば火は水に弱いから……例えば火だと燃えてしまうから……例えば火を使えば火事になるから…て。そんな理由の為に火魔法を使わないのはおかしいって事だね。燃えた物は直せば良いし、水に弱ければ蒸発させる位の火力にすれば良い。魔法の発展はゴリ押しから始まるのさ」


 シルバーが何か言ってるが、アッシュには1つも理解出来なかった。


「つまりは各々が全力でとりあえず聖女を倒して、それから鍵を奪おうとしているという事か? 聖女は大丈夫なのか……あと鍵も大丈夫なのかこれ」


「ほほう、ちゃんと避けてるねぇ」


 煙と次々撃たれていく魔法と魔法陣。その光でアッシュには全然見えなかったが、シルバー曰く茜は全部避けてるらしい。


「あの子は多分魔法を知ってる子だねぇ。魔法陣を読み取って発動前には何が来るか何となく分かっているみたいだし。あの子の着てる服も魔法学園の制服っぽいけど、彼女魔法が使えないんだよね? 確かに魔力も感じられないし。どういう子なのかな?」


「ああ……何か推しの子を助ける為に未来の時間帯から飛んできたらしいぞ。異世界から転移してきたんだけど、それはもっと先の話で……俺も言っててよく分からんが」


「なるほど。異世界から転移や転生して来る者は特殊な力を持っている者が多いと聞く。その中にはこれから起こる事が分かっていたり、或いは異世界の書物にここの未来が書いてあったりして知っている者もいるとか。だが、先が読めているからと言ってそう必ずしも思い通りに変えられる訳ではないし、ましてや過去に飛ぶ魔法なんて覚えるのも大変ならペナルティが多すぎて並の魔法使いじゃ魔法陣を描いた時点で魂ごと何処かへ飛ばされてしまうかもしれない。魔法の使える聖女としてこの世界に来たならば、耐え得る力を持っているというのは考えられなくもないが……そのままの時代に居れば伝説級の魔法使いになれたかもしれないのに……勿体無いね。」


 前々から茜はノエルに恐ろしい程執着し、守っていた。何が彼女をそこまでさせるのか? 話を聞けば聞く程アッシュは怖くなって来た。


「……ん? 何か……減ってる?」


 魔法の勢いが段々減って来た。威力のある魔法を使っているので、魔女達の魔力が切れたのかと思われたが、そうではなかった。物理的に魔女の数が減っているのだ。


「あの手法はなかなか聖女には見えないねぇ」


 シルバーが指差す先には、魔法をぶっ放した直後の隙の出来た魔女の後ろに回り込み、首をホールドして締め上げて落としている茜の姿だった。同じ手法で次々と魔女が倒れて行く。


「ま、魔法剣士とかならともかく魔塔の魔女は物理で殴られると弱いからねぇ。今更物理防御のシールド貼っても遅そうだけど」


 他の魔女が気付いて魔法陣を描くも、その前に締められるか、シールドを素手で破られるかで手に負えず、茜は着実に魔女の数を減らしていた。だが――


 ゴゴゴゴゴゴ……


「……この地鳴り何だ?」


「物理攻撃系の魔法に切り替えたらしいね」


 地鳴りと共に壁から次々とゴーレムや石の蛇、槍や剣が大量に現れた。

 それらは形が出来た側から一斉に茜に向かって行く。その間にも次々とあらゆる武器や沢山のゴーレムが量産されていった。

 その代わりに壁がどんどん無くなっていった。


「……壁薄くなってないか?」


「そりゃあ、材質が無いと作れないからね」


「魔塔をそんな事に使っていいのか?」


「まぁ、片付けてくれればそれで」


 ドガアアアン!!!


「はあああああ!!!!」


 ドゴオオオオオン!!!!


 茜の拳や蹴りがゴーレムや武器に繰り出される度に瓦礫やへし折られた武器の山が出来ていた。



 ★★★



 魔法を避け、魔女を行動不能にしながら茜は転移したての修行時代を思い出してた。


『君の言う事をこちらでも調べてみた。仮に君の話が本当で、これからその少女を救う為に過去を変えようとしているならば……そう簡単にはいかないし、君には果てしなく長い試練かもしれない』


 訳の分からない事を言うのは顔もよく覚えていない魔法学園の理事長だった。


『どういう事よ……あんたの言ってる事っていつも小難しくて分かりづらいんだけど』


『う……コホン、つまりだね……ノエル・フォルティスという闇の魔法使いは非常に複雑な運命をしている。仮に誰かによって作られたのだとしても、それは1人、2人の話じゃない。沢山の想いが幾重にも鎖のように絡み合っている。例え君が過去に戻ってその起点を変えたとしても……彼女を闇に引き込もうとする力は呪いのように次々と現れるだろう。……そして、君は恐らく……過去に飛んだ時点で大半の魔力を失うどころか相当なペナルティを背負う。過去や未来に飛ぶ事はもう出来ないし元の世界にだって帰れない。それどころか魔法も2度と使えないだろう。そんな君がどうやってその後の彼女を守るんだね?』


『……拳で』


『……こぶ……君、聖女だよね……?』


『何か最近、聖気の繰り出し方とかマスターして来たのよね』


 茜は拳に聖気を纏い、近くの壁を思いっきり殴った。


『……聖国人でもなく聖気をそんなに持つ人間は間違いなく聖女なんだけど、間違ってもそんな闘気みたいな使い方する物じゃないんだよ……?』


『どうせ神聖魔法だって使い方分からないし。なら、こんなもんあっても意味無いでしょう。本当にあんたゴチャゴチャ煩いのよね。黙って過去に飛ぶ魔法だけ教えとけば良いのよ。その後どうするかだぁ? 知らないわよそんな事。要はどんな手を使ってでも負けなければ良いんでしょう??? だったらなってやるわよ、最強の聖女に!』


『………何でこんな人召喚しちゃったんだ……』



(……そういやアイツが何か言ってたな。ノエルたん大丈夫だろうか)



 ★★★



「……はぁ……はぁ……もう終わり?」


 瓦礫とガラクタの山の中、茜が立っていた。周りの魔女は皆、聖女のホールドに落ちて気絶している。


 勝敗が付いたかと思われたが、茜の周りから鎖のようなものが沢山伸び、手足を拘束してその場に縛り付けた。

 その遥か頭上には魔女が1人いた。


「ああ、まだ1人いたね。ま、彼女が1番魔女としては強いから実質最後の攻撃だね」


 頭上の魔女は複雑な魔法陣を描いている。そして、何か凄い技名を叫んだかと思うと魔法陣から激しい光が放たれた。


「なんか……破滅がどうのこうのとか叫んでなかったか?」


 流石に心配になったアッシュが茜を見ると、怒りの形相で鎖を引きちぎっていた。


「何が運命だの鎖のように絡まるだのよ……ゴチャゴチャ煩いのよ!!! 勝てば良いんでしょ勝てば!!!!」


「何で急に切れてるの……」


 急にブチ切れた茜の力技で、魔法の鎖は粉々に砕ける。何故ブチ切れ出したのかアッシュにはよく分からなかった。


「はああああああ……どりゃああーーーー!!!!」


 茜が振り上げた拳から光の波動が放たれる。

 魔法と波動が激しくぶつかり合い、爆風がシールドを揺らした。


「凄いねぇ、あんな風に聖気を使う人初めて見た。フフッ面白い子だねぇ」


 魔塔主がワクワクしながら光のぶつかり合いが行く末を見守っていた。


「ぐっううううう!!!」


「し、しぶとい……!!!」


 茜は聖気の出し過ぎでまた鼻から血を吹き出していた。頭上の魔女の方も絶えず魔力を送っているせいか青い顔で汗が吹き出ている。


「あ、あなた、何でそんなに……」


「ぜっ……たい……負けられないのよーーー!!!!」


「キャアアアア!!!!!」


 茜の聖気の波動が打ち勝ち上空の魔女を飲み込む。魔女はそのまま空から落ちて地に倒れる。それを見た茜も、聖気を使い果たしたのかその場に倒れた。

 辺りには気を失った女達と瓦礫の山が残されて、魔塔は半分消えて青空が見えていた。


「……お前……なんて事させてんだよ」


「まぁ、魔塔が壊れるのは割といつもの事だけど……ちょっと煽り過ぎちゃったかなぁ。まさかここまで欲しがるとは思わなかったから」


 アッシュは心底呆れた目をシルバーに向けるが、ポリポリと頭を掻いたその男に反省の色は全く無かった。

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