第20話 聖女 茜は魔塔へ行く(前編)
※前回までのあらすじ
聖女、雨宮茜とアッシュは魔王領の湖に飛び込み並行世界へと移動した。そこは皆が男女逆転している世界であり、茜は女版ジェドであるジェラと温泉で戦い、一応勝利した。
そして並行世界から戻った2人は魔王領のもふもふカフェに来ていた。
―――――――――――――――――――
アッシュはもふもふの小魔獣を恐る恐る触った。
最初は魔獣に抵抗があったアッシュだったが、触ってみると意外と可愛く思えた。時折鼻がむず痒くなるのを除けば。
ここは、ベルの経営する小魔獣カフェ。アッシュと茜とアークはお茶を飲んでいた。
魔王を目の前にするという事に最早抵抗のなくなってしまったアッシュは、聖国人として失格かもしれないと落ち込んだ。だが、実際魔王アークという男はアッシュが今まで会った人物の中では、かなりまともな部類に入り、世界のおかしさをひしひしと感じていた。
「そういやこっちの騎士団長も並行世界から来た聖女みたいなヤツと戦ったのか?」
「ああ、あいつか? まぁ戦ったというか……瞬殺だったかな……。剣代わりのデッキブラシを一振りしただけで相手のタオルがバラバラに切られていたんだが……そもそもそういうルールじゃないから失格で結局ジェドが負けていた」
「それは……何かこっちと微妙に違うんだな。それでその騎士団長はどこに……」
湖から上がった時、そこに騎士団長の姿は無かった。
「ジェドなら忙しいから帰ったぞ。というかお前も騎士団なんじゃないのか? 帰らなくて大丈夫なのか?」
「いや……俺は全然帰りたい。なぁ、お願いだから帰らせてくれ……俺は間者でも一応騎士団なんだよ……勝手にこんなに休んでいたらクビになる」
茜は少し考えてから手をポンと叩いた。
「そう……分かったわ。アイツの許可が取れれば良いのね」
「……は?」
「行くわよ」
そう言って茜はアッシュの襟首を掴んでもふもふカフェを飛び出し、帝国へ走り出した。
「……騒がしい奴ら」
嵐のように去って行った2人を魔王は茶を啜りながら見送った。
★★★
「と、いう訳でコイツをしばらく貸して欲しいんだけど」
気がつくとアッシュは皇帝陛下の執務室の、その人の前にいた。
「陛下……これはその……」
「良いよ」
「え?」
無断欠勤といい、聖女の訳の分からない申し出といい、いい加減怒られるかとアッシュは思っていたのだが、予想を裏切りルーカスはあっさり了承した。
「その代わりお願いがあるんだけど……丁度シルバーから手伝いに人貸して欲しいって言われていてね。アンデヴェロプト大陸の魔法都市に行って欲しいんだけど」
「何でそんな所行かなきゃいけないのよ」
茜は修行に行きたいらしく不満顔である。
「うーん、君の希望通りか分からないけど……魔塔に行けば強い魔女が沢山いるからシルバーに相談してみたら戦わせてくれるんじゃないかな?」
「行くわ」
茜の頼み事と希望を両方解決する様子を目の当たりにして、流石陛下、さす帝……とアッシュは羨望した。
「ああ、これ旅費ね。それからこれはアッシュに」
陛下は引き出しから石を取り出してアッシュに投げて渡す。
「君、オペラに連絡ちゃんと取れてないでしょう? それ貸してあげるから」
アッシュの手の中には聖石があった。仕事の出来る男、皇帝ルーカスは聖国の間者にも優しいのである。……それはそれでどうなんだとアッシュは微妙な顔をした。
「アンデヴェロプトは流石に徒歩だと1ヶ月位かかるような遠い場所だから、ちゃんとゲート通ってね。聖国だって本当は徒歩じゃ何日もかかるはずなんだけどね……どういう原理でゲート使わずに行ったのかは謎過ぎるんだけど。あと、終わったら1回ちゃんと帰って来てね」
「何でアンタの言う事聞かなきゃ――」
「ノエル嬢にね、君の事ちゃんと見ていてくれって頼まれてるんだよ。聖国に行った時とか無茶したでしょう? あまり心配かけちゃダメだよ」
「………」
ルーカスの言葉に茜は珍しく落ち込んでいた。そんな様子を見てアッシュは感心する。
(心配かけている自覚はあったのか……しかしこのゴリラを飼い慣らせるとは……ノエルたん様は凄すぎる)
やはり、最強はノエルたん様だとアッシュは改めて思ったのであった。
★★★
2人は陛下の言いつけ通りちゃんとゲート都市に来ていた。ゲート都市は交通の要衝であり、様々な国に通じるゲートが集まる唯一の都市で、いつも混雑している。
「やっぱ混んでるんだな」
「そうね……」
アンデヴェロプトへのゲートが近づくにつれ、茜は顔がどんどん暗くなっていった。あれから口数が少なくなり、流石にアッシュも心配になった。
声をかけようとした時――茜が急に吐血した。
「ぶふっ!」
「え?! お、おい!」
鼻からも大量に血を流している。茜は鼻と口を押さえていた。
「急に何だ?! 何かの攻撃か病気か? それとも無理が祟ったのか? もしくは異世界から来た何かの反動とかか?」
訳も分からずアッシュはオロオロするも、茜は口と鼻を押さえたまま動かない。
「大丈夫か……? 一体――」
「……ノエルたんの制服姿……」
「は……?」
茜は鼻と口から血を流しながらぶつぶつと何か呟いていた。
「……忘れていたわ。そうよ、アンデヴェロプトといえば魔法学園じゃない。つまり……ノエルたんの魔法学園の制服姿が見られるって事よね……しかもレアな初等科の。私……メイドのナディアから聞くまで知らなかったんだけど聖女の初恋kissには続編が出ていて、そこにはノエルたんの初等科時代のスチルもあるらしいのよね。それを見る前にこっちに来ちゃったから心残りで……興奮し過ぎて鼻血が口からも出たわ」
「………」
茜はルーカスに釘を刺されて落ち込んでいたのではなく、単純にノエルの事を思い出して今に至るまでずっとノエルの事を考えていてついに吐血しただけである。
「俺の心配した気持ち返せコラ。というか……用があるのは魔塔だろ。第一、お前魔法学園に行きたくないって言ってなかったか……?」
「あのクソ……ゴホン。に会わなければ良いだけよ。ひと目見るだけなら……ああ……ノエルたん」
「あのクソ……って誰なんだよ」
ゲートを通ると空にかかるオーロラと不思議な色の山並み、そして山裾に広がる魔法都市の街並みと、変な塔が見えた。何かどうやって建っているのか謎な騙し絵みたいな塔が魔塔なんだろうな。
「まぁ、魔法学園に行くにしてもまずはちゃんと用事を済ませないといけないだろ。魔塔に行くぞ」
アッシュは魔法学園に向かおうとする茜をズルズルと引っ張った。力が強いので負けそうになる。
すると、2人の目の前にフードを被り装飾をジャラジャラつけた男が現れた。
「やぁ、君達だよね? 待っていたよ」
フードから少し見えてる長い髪は先端に行くにつれてピンクに発光している。形の違う装飾も動くたびにジャラジャラして妙に気になる出立は、明らかに普通の魔法使いには見えない。
「……魔塔の関係者か?」
「まぁ、関係者だね。こっちに来て」
手招きする男の後をついて行くと、地面に魔法陣が現れ一瞬で周りの景色が変わった。騙されて何処か変な所に連れて行かれたのかと不安に思ったアッシュだったが、よく見るとそこは魔塔内部のようだった。
「はい、そこに座って」
言われるまま2人が椅子に座ると変な色のお茶と茶菓子が置かれた。どちらも頂くのには抵抗のある色合いで全く手が進まない。
「アッシュと茜だったね、君達の事は聞いているよ。何でも修行の為に強い女性を探しているとか」
「……もしかしてアンタが魔塔主?」
男はニコニコと笑った。
「うん、そうだよ。私は魔塔の主人シルバー・サーペント。丁度ルーカスに人を借りたくてね」
「なら話は早いわ。ここの女達がどの程度のヤツらか知らないけど、戦わせて頂戴。実力次第でその依頼受けるわ」
聖女の返答に怒るかと思われたが、意外にも魔塔主は嬉しそうに笑った。
「いやぁ、私はそういうのが凄く好きなんだよね。お互い本気で向き合ってこそ、良い魔法が生まれると思わないかい?」
「いや分からんが」
「私、魔法は使えないわよ」
茜は過去に遡って未来を変えたペナルティで魔力がマイナスになっているのだ。
「いや、全然構わないさ。ルールの問題だからね。君はコレを全力で守るっていうのはどうだい?」
魔塔主が渡して来たのは銀色の古びた鍵だった。
「これ何?」
「私の家の鍵」
「何でそんなもん……」
茜の疑問をよそに、魔塔主は収納魔法空間に手を伸ばし、そこから変な機械を取り出した。
「……放送用……マイク?」
魔塔主はニコリと笑いボタンを押す。
――ピンポンパンポン――
「あー、ゴホン。今から、第2回魔塔魔女レースを開始します。今回のルールは簡単、今ここに鍵を持っている聖女がいます。その女の子から鍵を奪った人が優勝です。優勝者はこの鍵と、副賞として私に出来る範囲で望みを叶えてあげよう。魔法使用制限はありません、どんな手段を使ってもOKです。尚、制限時間は今から3時間。あ、男性諸君は頑張って被弾しないよう退避してね。それでは魔女諸君の健闘を祈るよ!」
――ピンポンパンポン――
「な……」
アッシュが唖然としていると魔塔の至る所でガタガタガタ!! と音がした。
「っていうのはどうかな?」
魔塔主は楽しそうにニコニコしていた。
「なかなか面白いじゃない」
茜も笑っていた。
「いや、全然笑えないんだけど……被弾しないように退避って……どうしたらいいんだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます