第19話 聖女の初恋kiss 2〜魔法学園は悪役令嬢の罠(後編)

 


 ゲーム画面――悪役令嬢ノエルは仄暗い目でヒロインに闇の魔法を行使していた。


 闇の魔法は、地獄を見たノエルが他者を引き摺り込む為に寝食を忘れて研究し生み出したもの。

 ノエルの目に浮かぶ邪悪な紋章が彼女をそう動かしていた。


『なんで貴女ばかり幸せなの? おかしいでしょう? 美しいと持て囃され、無条件に愛され、魔法の才能もあるなんて、不公平だと思わない?』


 闇の竜がノエルの後ろから這いずり出て来た。


『どんな風になりたい? 貴女が考えつく怖い事を教えて頂戴……?』


 主人公が「殺さないで!」と涙ながらに懇願した。


『あら……そんな事が怖いの? クスクス』


 ノエルの目が近づいてくる


『ねぇ、この子、人の闇が……恐怖や憎悪が大好物なの。ねぇ……死は、優しいのよ?』


 ノエルの闇に染まった目は楽しそうに笑っていた。



 ―――――――――――――――――――



「ギャアアアアア!!!! やめて許してごめんなさーい!!! 私は無実なんですーーー!!!」


 ティナが目覚めたのは白い布で遮られたベッドの上だった。どうやら保健室に運ばれたらしい。


「ゆ、夢かぁ……」


 いや、夢じゃなくそれは本当に起き得る未来なのだ。そう思い出すとティナは震えた。

 教室では隣に座っていてビックリしたが、まだノエルは入学したばかりだ。

 焦る事はない。先生に言って席を変えてもらおう。メガネをかけているが目が悪いとか理由なんて幾らでもつけられる。

 オーケーオーケー、とティナは気を取り直した。


「大丈夫? どうしたの??」


「ギャアアアアア!!!!!」


 仕切りの布を開けてノエルが入って来たのでティナは叫びながらベッドから転げ落ちた。


「あ、あの? 大丈夫? 混乱しているのかな? 私は同じクラスのノエルよ。あなたが急に倒れたから付き添いに来たの。落ち着いて……」


「落ち着いていられないわよ!! 闇の力に飲み込まれたあなたは私の事死ぬより怖い目に合わせに来たんでしょう!! 闇の竜に食べさせるために!!!」


「えっ……」


 ノエルの様子にティナはしまったと口を押さえた。まだゲームの年には早すぎるのだ。ノエルはゲームの事を知らない。今下手な事を言って死期を早めてどうするのだと自分を責めた。

 だが、目の前のノエルは「何故知っているんだ生かしておけん!」とも「知ってるなら話が早い、死ぬより酷い目に遭わせてやる!」ともならなかった。

 ただぽかんとしてティナを見ている。


「にゃっ、にゃっ」


「うんうん、そうよね」


 ノエルは肩に乗った猫と話をしていた。額に魔石が埋まる猫……もしや魔獣?! と身構えたが、ノエルはニコニコしながら優しく話し出した。


「きっと、何かの誤解だと思うの。えっと……ティナで良かったよね? お名前。ティナ、よく分からないのだけど……悩みがあるなら遠慮なく相談してほしいな。その……私、席も隣だし……貴女が嫌じゃなかったらお友達になりたいの」


 ノエルはもじもじと猫の尻尾をいじっていた。


「???? ……えーと、誰??」


「ノエル・フォルティスよ?」


 ノエルはニコニコとしていたが、ティナの頭には「?」が沢山回っていた。

 話が見えないのだ。ゲームで語られているノエルは5歳の時に闇の竜や悪い魔法使いに歪められ、入学する頃にはすでに悪虐非道な悪役令嬢としての片鱗をみせていたはずだった。

 だが、ティナの目の前にいるのは別人のように天使として生まれ変わってしまった、見た事のないノエルであった。まるで歴史が変わったような変貌っぷりである。


「……ん? 歴史が……?」


 ティナは、はたと気がついた。

 自分だって悲惨なゲームの運命を逃れようとしたのだ。ノエル自身か、もしくは誰か他の人がノエルの運命に介入して闇堕ちを回避していたとしてもおかしくはない。


「ね、ねえ、ノエル! あなたもしかして小さい頃に闇の竜とか悪い魔法使いに襲われかけなかった!?」


「え? 何で知ってるの? 確かに、暴虐の闇の竜や悪い魔法使いはいたけど……騎士様や聖女様がやっつけてくれたわ」


(やっ……やったーーー!!!!!!)


 ティナはガッツポーズをした。何で騎士や聖女が介入していたのかは全く分からないが、出会う前から悪役令嬢など居なくなっていたのだ。

 ティナの人生はハードモードから一気にイージーモードに変わった。


「ティナ? あの……」


「ありがとう! おめでとう私! ノエル、あなたは私の友達よ!! いやー、ビックリしたわー! 良かった!! 改めてよろしくー!!!」


「ふふ、何だか元気になったみたいで良かった」


 急にテンションの上がりすぎたティナに引くこともなく、マジ天使のノエルはティナが友達と言ってくれた事が嬉しくてニコニコした。


「さ、教室に戻りましょう」


「うん、あ! 先生、ティナが元気になったみたいなので教室戻りますね」


「ああ。そうなのか? もっと居ても良かったのに残念だ。」


 保険医の姿を見てティナは硬直した。


 その保険医……シドは……初キス2の攻略対象であり……ノエルが唯一主人公以外に恨んでいる相手であった。


 というのもコイツ……女の子のストライクゾーンが広く、美少女ならば誰でもOKなのである。

 そして……ノエルの回想スチルにも、眠らせたノエルにいけないことをしようとして、ノエルの嫌な思い出の1つに数えられていた。ゲームのノエルは死ぬ程彼を嫌っていたのだ。

 だが、彼はただの保険医ではなく、ノエルの闇の力にも負ける事はなかった。少女に手を出そうとする変態保険医と見せかけて……実は光の属性を持つ回復魔道士なのだ。彼には闇の力は効かなかった。


 そんなやべえ光属性の保険医だが、ゲームではその誰にでも手を出してしまう性急さを主人公が苦労して改心させていた。難易度高すぎて攻略出来た人は少なかったらしいが……


「ノエルちゃん、君可愛いね。凄く好みだからいつでも遊びに――」


「うおおおお!!!!!!」


 ティナは雄叫びを上げて保険医を吹っ飛ばした。光属性に闇は効かないが、水の一族のパンチはよく効くらしい。


「え、あの、先生……」


「行こう! ノエル!!!」


 ティナはノエルの手を引き、保健室から逃げ出した。


 まだ安泰ではなかったのだ。ティナの未来は、ノエルを降りかかる悪意から守る事によって築かれるのだった。


「ノエル、私……水の一族の威信にかけて、初キスの聖女の威信にもかけて貴女を守るから! 安心して!!」


「う、うん……ありがとう」


 ノエルには訳が分からなかったが、魔法学園初日で頼もしい友達が出来て良かったと微笑んだ。

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