第18話 聖女の初恋kiss 2〜魔法学園は悪役令嬢の罠(前編)
「ソラ、私達は家を離れ……この魔法学園で学び……立派な魔法使いにならなくてはいけないの」
「にゃー」
「と、同時に立派なレディにもならないといけないのよ。何故だか分かるかしら?」
「にゃー?」
「ふふ。まだソラには早いようね。私は立派なレディになってそれで……その……素敵な騎士様と……恋をするのよ」
「にゃっ!」
ノエルは言ってて恥ずかしくなってソラに顔を埋めた。
「あ、もう行かなきゃいけない時間ね。ふふ、お友達……出来るといいなぁ」
ノエルが制服に袖を通し、鞄を背負うとソラが鞄の上に乗った。
わくわくしながら寮のドアを開け、ノエルは学園へと急いだ。
★★★
魔法学園は年若い少年少女から年配までに門を開く、誰でも自由に魔法について学べる学園である。
少年少女が通い魔法の基礎から始める初等科、成人してからは適正毎に学科が分かれ、魔術師、精霊士、召喚士、魔法剣士、魔術具技師……等様々な学科が存在する。
中には魔法料理科や魔法セラピー科、魔法アーティスト科などというよく分からない学科まで存在する。
学ぶ生徒は種族も様々で、貴族から平民まで分け隔て無く学べる。この大陸に於いては身分よりも魔法の才能が優先されるのだ。
学費や寮費が払えない平民魔法使いは様々な方法で資金を稼げるようになっている。魔法都市でバイトしたり魔術具を売ったり、中には魔塔でアルバイトして研究している程才能ある者もいて、学生ですでに功績を上げていたりもする。
ノエルが初等科に向かう途中、近くを通った少女が段差につまずいて転んだのを見かけた。
転んだ時に鞄の中身をぶちまけ、掛けていた眼鏡も派手に飛んで転がって来たので、ノエルはそれを拾って手渡した。
「あの、大丈夫? 怪我はないですか?」
厚めの眼鏡を手渡すと少女は照れたように笑った。
「いやぁ、ありがとうございます。入学初日からこんな、お恥ずかしい……はは……」
水色の髪を両側で編んで束ね、水色の綺麗な目をした少女は……その目を見開いて固まった。
「の……ノエル……フォルティス……!?」
「え?」
少女は起き上がり、突然その場から走って逃げ出す。
「あ、待って! あの……鞄」
彼女の名はティナ。彼女は――乙女ゲームの主人公であった。
―――――――――――――――――――
ノエルが悪役令嬢として登場する『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』という乙女ゲームだが、制作陣の意味の分からない位の悪役令嬢悲運エピソードのせいで「一体このゲームの目的は何なんだ?」と言われ叩かれまくったゲームである。
というのも制作側が「悪役が悪い方がヒロインが引き立つ!」と思って作り始めた為、主人公のエピソードよりも悪役令嬢のエピソード作りにノリに乗ってしまったからで……
気が付けばノエルの悪いエピソードばかりを出し、スチルも悪い顔のノエルが主人公を虐めている物ばかり。イケメンとの恋愛を期待したプレイヤーはあまりにノエルが出過ぎるのでゲーム機を叩き割った。
ちなみにこの制作陣、過去にイケメンがゾンビみたいに群がるゲームや、意味の分からないレトロゲーム付きの乙女ゲームを出していて「ま〜たあいつらか……」「ヤツらに期待した私達が馬鹿なんだよ」「安定のあいつら」とネットで言われていた。
そんな感じなので、売れたんだか売れてないんだから分からない『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』だが、出すだけ出した制作陣は数ヶ月後……暗い顔をしていた。
悪役令嬢ノエルをどう悪くしようか? どうエピソードを付けて悲惨にしようか? と爛々ノリノリに考えるうちに、愛着が湧きすぎてノエルロスになっていたのだ。
「あー……作ろっかな……ノエルが悪役令嬢の続編」
1人が呟いた時、皆がその言葉を待っていたかのように賛同した。
売れる売れないはどうでもいいのだ。皆……単純に作りたい物を作るのだ。そういう想いがいつも迷走を生むと言われているが、それが自分達なのだ。
そうして生み出されたのが『聖女の初恋kiss 2〜魔法学園は悪役令嬢の罠』である。
最早、聖女とか初恋はどうでも良く、とにかくロスをぶつけるように皆寝る間も惜しんで制作に没頭した。
舞台は1の主人公が現れる1年前に遡る。
主人公は魔法学園に通う水の一族の聖女。彼女がノエルの妨害を回避しながらイケメンと恋をするゲームだ。
今回はノエルは死なない。1年後に1へと至るからだ。逆に主人公が失敗すると死ぬというバッドエンドが沢山存在するゲームである。
この、タイトルに「悪役令嬢」を入れる程ノエルの悪役令嬢っぷりを全面に押し出した高難易度のゲームだったが……これが意外にも売れた。
前作でプレイしたプレイヤーだが、コントローラーを投げ捨てるほど怒りを覚えたものの、顔も見たく無いくらい出過ぎたノエルに変な愛着が湧き、ゲームが終わった後で知らぬ間にノエルロスになっていたのだ。
続編にノエルが出るどころかノエル倍増であると皆がザワザワし始めると、前作と合わせてプレイしてみたいと新規で買う人まで現れ……皆がノエルに虐められた。最早乙女ゲーム目的ではなく、ノエルを見るために買うのだ。
1の主人公の聖女になってしまった茜は1をプレイしている途中でゲームの世界に転移してしまったので、これらは知らない話である。
そして、続編をプレイする女性が1人……2の主人公ティナに転生してしまった。
「こ……これって…… 『聖女の初恋kiss 2〜魔法学園は悪役令嬢の罠』の主人公よね……も、もしかして……私、ゲームの世界に転生しちゃったの????」
その身体はティナがまだ幼女の頃の物だった。
水の一族の聖女ティナは、美しい容姿をもつ一族の中でも特に稀有な美貌の持ち主であった。
その美しい容姿と魔法を使う姿に攻略者達は恋をするが、悪役令嬢である闇の魔法使いノエルの様々な妨害によって恋は苦難の道へと変わった。
ノエルの罠にかかると、時には物理的攻撃で死んだり誤解を招いてイケメンに命を奪われたり……「う〜ん、死多い!」と前作でプレイした人が嬉々としてコントローラーを投げつけるような展開になる。失敗イコール死であった。
ティナは考えた。
現実はゲームのようにリセット出来ない。何とかして生き延びなければ、と。
だが、この容姿……大人になれば黙っていても男が寄ってくる。
ティナは髪を三つ編みにし、分厚いメガネをかけた。派手ならば地味な女を作ればいいのだ。
イケメンと恋をして高難易度の罠に挑むなんて馬鹿げてる。恋さえしなければ誤解を招いてヤンデレ化したイケメンに刺される心配もない。なんなら悪役令嬢に目をつけられる事も無いのではと考えた。
水の一族は水の魔法に優れた一族。魔法学園で恋をせず地味に過ごして、魔塔に就職すれば安泰である。ティナが噂で聞いた話だと、魔塔には未婚でバリバリ稼ぐエリート魔女が多いとか……
(うん、それしかない!)
「ふっふっふ……来れるもんなら来て見なさいよ! 決意した私に死角無しよ! おーっほっほっほ!」
高笑いしながら歩いていると、よく見てなかった足元に段差があり、ティナは派手に転んだ。
「いたたた……あ、メガネメガネ……」
辺りを探すティナの前に親切にメガネを渡してくれる少女がいた。
「あの、大丈夫? 怪我はないですか?」
厚めの眼鏡を受け取ると少女は天使みたいに微笑んだ。
「いやぁ、ありがとうございます。入学初日からこんな、お恥ずかしい……はは……」
だが、見覚えのありすぎるピンク色の髪……更に濃いピンクの瞳……死ぬ程スチルを見せられた悪役令嬢……
「の……ノエル……フォルティス!?」
「え?」
ティナはメガネを掛け直すと一目散に逃げた。
後ろからノエルの声が聞こえたような気がしたが気にしている場合ではない。あの少々こそ、1番避けなくてはならない女なのだ。
「ぜえ……ぜえ……なん……何で???」
ティナは心臓の高鳴りを押さえた。冷静になれば、ただメガネを拾って貰っただけの事。まだ焦る時ではないのだ。
ティナは冷静さを取り戻し、深呼吸しながら自分のクラスを探す。教室とは逆方向に走ってしまったので到着が遅れ、ティナが自分の席に座った時にはもう他の沢山の生徒も教室に座っていた。
「あ、隣なのね。良かった」
「……え?」
ティナが横を向くと、そこには1番見たくない人物が座っていた。
「はい、これ。鞄忘れて行ったでしょう? 後で探そうと思っていたんだけど……偶然ね。良かったわ。私、ノエル・フォルティス。一緒に頑張ろうね、よろしく」
ノエルはニコニコしながら鞄を渡してきた。肩に乗る猫が青い目でを見て自分に笑ったような気がした。
その瞬間、ティナは泡を吹いて気絶した。
心配して声をかけるノエルの声が遠くに聞こえた。
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