第12話 聖女 茜は魔王領温泉に行く(前編)

 ※前回までのあらすじ

 聖女、雨宮茜とアッシュは砂漠の国のでサンドワームと戦ったり、砂漠唯一の女王ラーの魂の入った石像と死闘を繰り広げた。

 ラーは強い女を探しているならば魔王領の湖に行ってみたらいいと助言した。

2人は……いや、乗り気な1人と引きずられ嫌がるもう1人は助言通り魔王領へと向かった。



 ―――――――――――――――――――



 海上を勢いよく走る人間。激しい水しぶきを上げながら、海が水だという事を忘れまるで地面のように軽々と走っていた。


「嫌だ!!! 絶対嫌だ!!!! 俺は聖国人だぞ?!!! 絶対魔王領なんて行きたくない!!!」


「往生際が悪いわね。魔王とか魔族とか会ったことあるけど全然それっぽくなかったから、多分魔王領も全然それっぽくないと思うわよ」


「嘘だー!!!」


 茜に引っ張られてひらひら浮いていたアッシュは必死に抵抗した。

 アッシュは聖国で、どんなに魔の国が危険か……どんなに魔族が恐ろしいかを聞いていた。実際アッシュは聖国襲撃の時の生き残りである。魔の国になど死んでも行きたくなかった。

 2人は本当は船で砂漠を出発する予定だったのだが、あまりにもアッシュが嫌がる為、頭に来て船には乗らずこうして引っ張りながら海を越える手段に出た。船だといつ逃げられるか分かった物ではないし、とっとと行ってしまえば諦めがつくだろうと。


「そうやって、何も見てないのにウジウジウジウジ、この虫野郎が!! テメーだけ先に魔王領に吹っ飛ばすぞコラ!!」


「女子の使う言葉かよ!! 俺は知ってるぞ! ノエルたん様に言葉遣いが変だって言われてるよな?!!」


 そう言われた瞬間、茜の脳裏にノエルの顔がフラッシュバックした。



『ふふ…』


『どうしたのノエルたん』


『茜様って、時々面白い言葉を使われますね……うふふ……ふふ……』



 茜が走りながら急に涙を流し始めたのでアッシュはギョッとした。


「えっ……いや、えーと……言葉遣いとかは直せばいいだろ、何も泣く事……俺は別にその……すまん」


「あー……ノエルたんに会いたいよぅ。流石に初等科には入学出来ないし……つら……」


 茜はただノエルを思い出して泣いていただけだった。

 彼女はノエルを追いかけて魔法学園に行く事はなかった。入学出来ないからだけではなく、他にも行きたくない理由があったのだ。

 茜はノエルロスで泣いた。


「……少しでも言い過ぎたかと思った俺の気持ちを返せ。あとさぁ、ずっと気になっているんだが……どういう理屈で海を走ってんだよ」


「だから、右足が沈む前に左足を出してるのよ。世界樹の時も説明したでしょう、それと同じよ?」


「いや、そん時も何1つ理解出来なかったからな……?」



★★★




 アッシュがどんなに嫌がっても泣き叫んでも、茜の足は無情に魔王領へと駆けて行った。

 海が砂地に変わり、森へと入る。途中に幾つもの方向看板があり、それに導かれるまま進むと大きな看板が見えて来た。


『ここから魔王領です! ようこそ!』とデカデカと書かれ、その横には半円に3本線の謎の謎の模様と、まものん☆という名前の書かれたゆるい感じのキャラクターの絵があった。


「……これまた全然ぽくないどころか、だいぶ緩そうな雰囲気ねぇ」


「そんな訳あるか! 魔王領だぞ?? ここで気を抜いて油断させる魂胆とかかもしれないだろ?」


「油断させるにしては手が込んでるというか……ご当地感が凄いというか……」


 いつもと異なり、魔王領の緩さ加減に茜の方が気が抜けてしまっているようだった。

 だが、もうここまで来てしまったからには後戻りは出来ない……アッシュは必ず生きて帰る為に、気を張って魔王領に臨んだ。


「とりあえず、ラーの言っていた湖が何処にあるのか分からないから誰か居ないか探してみましょ。魔王城じゃなければ、魔族だって大した事無いでしょ? 無理矢理にでも聞いてみたら」


 茜が以前、魔族の女と戦った事があることをアッシュは思い出した。その女は魔王の側近だった……城に近付かなければ魔王やそれに近く、力のある魔族は恐らく居ないだろうと踏んでいた。

 

(え? 聖女なら別にどんなヤツでもケンカ売るだろ。温存したいのか……? そんなバカな……)


 ゴリラも戦いの中で知能が付いてきたのだろうかとアッシュは少し驚いた。


「何か見えてきたわ」


 看板から少し歩くと黒い山の中腹に建物が見えて来た。

 大型飛竜や飛行船が次々とそこへ降り立っていく。

 

「まさか魔王領侵略の陣地か何かにでもなっているのか?」


「さぁね……」


2人が辺りの様子を伺いながら見にいくと、そこの看板にはこう書いてあった。


『ようこそ! 魔王領温泉!』


 大型飛竜や飛行船から次々と客が降りてくるのを、羽織を着た魔族達がずらっと並んで出迎える。


「「「いらっしゃいませー!!」」」


「……ん? 何だ……?」


 降りてくるのは種族も年齢層もバラバラの人達で、とても戦いに来たような感じではない。むしろ皆ニコニコとしていた。


「あー……やっぱ最初の看板から思ってたんだけど……魔王領って温泉観光地なんじゃない? 何か有名温泉の大型バスの出迎えみたいな事してるし……」


「観光地??? そんな訳無いだろ! 魔王領に暢気に観光するやつがどこの世界にいるんだよ!」


「あんたの世界の常識はアタシには全然分かんないけど、ここの世界にはいるみたいよ?」


 茜が指差す人達をアッシュが再度見てみると、確かに魔族達も和かに人々を迎え、帰っていく大型飛竜に手を振って見送っていた。

 罠にしては様子がだいぶおかしい……とアッシュは混乱した。


「そんなバカな……聖国が襲われたのも、その後に魔王が変わったのも……たった10数年前の話だぞ……? いくら皇帝が魔王と手を結び、人々に魔族を受け入れてもらおうと働いたからといって、そんなにすぐにお互いの蟠りが解けるなんてあり得ないだろ。あんなに戦いに明け暮れていた魔族や魔獣達が人間を暖かく迎えるなんて……」


 考え込んで言葉が出なくなったアッシュの腕を引き、茜が不機嫌そうに歩き出した。


「えっ?! どこ行くんだよ!」


「決まってんでしょ。百聞は一見に如かずよ、そんなに疑うんなら自分の目で見てみればいいじゃない」


「ちょ、ちょっと待て!! お前は何でいつも俺の心の準備とか気持ちを一切無視するんだよ!!」


「アンタがいつまでもウジウジしてるからでしょうが!! この虫野郎……ん?」


 入り口に入ろうとした茜は、掃除をしている羽織姿に鉢巻を巻いた男と目が合い、何か考え始めた。

 男は明らかに茜を見て動揺して怯えている。


「うーん……えーっと……ここまで出かかってんだけど……」


「お前も忘れてるのかよ!!! 勇者だよ! 勇者十六夜白夜だよ!!! お前、俺をふっ飛ばした聖女だろ?!」


「勇者……十六夜ぃ????」


 名前を聞いた瞬間やっと思い出したのか、茜は勇者の胸ぐらを掴んで締め上げた。


「テメェ……思い出したぞ……アタシはノエルたんに暴言吐いた奴は一生忘れねえからな????」


「いや、さっき思い出せないくらいには忘れてただろ」


「グエエエ!! ギブ!! ギブ!! ごめんなさい!今はもう魔女を倒すとか魔王を倒すとか思ってませんから!! 心を入れ替えてこうして真面目に働いてるんですってーー!!!」


 勇者が心を入れ替えて魔王領で真面目に働くなんて、一体何があったのか……アッシュには分からなかった。

 茜は勇者の首を離し乱暴に床に落とす。


「ああもう……今まで出会った人の中で群を抜いて聖女が乱暴とか、どうなっているんだよ……。魔王のアニキが1番優しかったわ……」


「ねえ、アンタここで働いているんなら魔王領にある湖って知ってる? ここではない所に繋がっているらしいんだけど」


「あー、『あの世とこの世を結ぶ湖』の事か? 知ってるも何も観光名所だぞ。ちゃんと観光案内のパンフレットに載ってるぞ」


 勇者が指差す壁には綺麗な湖の絵が描かれており、それを見ながら他の客がきゃいきゃい盛り上がっていた。


「観光名所……」


「今日は定休日だから入れないぞ。ゆっくり1泊して明日行ったらどうだ? 見た所長旅で疲れてそうだし……温泉入って疲れを癒せよ」


「湖に定休日とかあるのかよ」


「あるに決まってるだろ、観光名所なんだから。ちゃんと管理されてるから定休日は何処からも入れないぞ?」


「益々謎たな……本当にどうなっているんだこの魔王領は……」


 だが、アッシュは砂漠を出た直後よりは魔王領への恐怖心に慣れた気がした。まだ魔族に対する不信感は完全には拭えないが、無理矢理連れてきた茜がずっと言っていたように、アッシュの思っていたものとは様子がかなり違っていたから。

 アッシュは勇気を出して茜の後に続き温泉宿の中へと入っていった。



 ★★★



「……で、ここは何なんだ……」


 勇者が、疲れているならまずここだと2人を連れてきたのは、魔族と魔獣のスタッフが並ぶ小部屋だった。

 本当に大丈夫だから騙されたと思ってやってみてくれ! と案内された小部屋で、うつ伏せにされて目を覆われて魔族に囲まれたアッシュは冷や汗が止まらなかった。


「……騙されたと思ってって言うが……本当に騙されたのでは?」


「それではー、マッサージ始めますねぇ〜」


 アッシュの横にいた茜は慣れている様子だった。茜の居た異世界にも同じようなものがあるらしく、建物全体の仕組みが勝手知ったる感じだった。


 魔族の前足が背中に乗り、アッシュはビクッとしたが、予想とは裏腹に本当に疲れを取るマッサージのようだった。だが、ビクビクしているアッシュは全然安める気がしなかった。心だけは。


(魔族に囲まれているんだぞ……疲れが……取れる訳……そんな………やばい……寝………)

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