第11話 魔の国に在った紫色の宝石(後編)
・皇帝ルーカス
帝国の皇帝であり、帝国最強の男。
強者であり、争いを生まず国を善く導き、美しく気高くある事を生まれながらに強いられてきて、努力によって全てを手に入れたがジェドによって次から次へと試練が降りかかる。
帝国民を何よりも愛し、幼なじみのジェドは自分には無くてはならない友だと思っている。
太陽のような美しい色の髪と目を持つ。
―――――――――――――――――――
「おい、聞いたかよ。魔族や魔獣達が近隣の領地を襲い、どんどん被害が増えているらしいぞ」
「噂だと、魔族に軍隊をけしかけた国は一瞬で魔王によって消されたとか……」
「いい気味だよ。あの国だろう? 前々からやたら戦争の準備をしてさぁ……ああいう国があるからいつまで経っても平和が来ないんだよね……」
「しばらく魔の国も穏やかだったのになぁ……」
「いつになったら平和になるんだろうね。魔族が襲って来なくたって、戦争が起こればあたしらにとっちゃあ一緒さ……」
「やれ異世界から勇者が来ただの聖女が降り立っただの……何が救世主だい。ちっとも世界なんか救っちゃくれないよ」
★★★
森を歩く少年が1人。服装や容姿からして高貴な身分であるが、家臣は1人も連れてはいない。
たった1人で国を出てきた。唯一の友達にすら行き先を伝えては来なかった。
少年には目的があった……この国に入ったのはその為だ。
魔の国の様子は少年が聞いていた以上に酷かった。
倒れているのは人間だけではない、魔獣や魔族も入り混じっていた。
魔族を倒そうとする人間に、魔族や魔獣達は容赦無く牙を向いた。少年が知っている魔族はもっと知性や理性があったが、既に魔族は魔獣と変わらない程に暴走していた。
国全体を覆う闇の臭い。
魔気と血と腐臭と、憎しみと悲しみと怒りが渦巻いていて混沌であり地獄だった。
前に少年が1度この国を見た時、国を覆う魔気は美しいアメジスト色だった。だが、今はまるで赤黒い血のような色をしていた。
闇に光る仄暗い魔族の瞳は少年を容赦なく襲った……だが、少年は剣を抜く事なく素手でそれらを撃ち落とした。少年の拳は沢山の血で濡れていた。
混沌が一際強く深い場所を探した。魔王の城がそうかと少年は思っていたのだが、そうでは無かった。
森の中の小さな木の元に……その男は佇んでいた。
「……また懲りもせずに来たのか」
振り返った男は魔王ベリル。深緑の美しい髪に長い角……その眼は血の涙を流しすぎて真っ赤に染まってしまった。
ベリルは人間が来たら全て屠ると決めていた。だが、その元に現れたのは厭らしく汚らしい目をした人間ではなかった。
アークと同じ歳の頃の少年。
久しく魔の国には差し込む事がなかった、太陽の日差しを思わせる瞳の色……その眼は何を思うでもなく、ただ魔王を見つめていた。
「私は、帝国の次期皇帝……ルーカス。魔王ベリル殿とお見受けする。貴方と、話をしに来た」
「人間と話す事など何も無い」
ベリルは誰であろうと人間を許す事は出来なかった。いや……ベリルが許せなかったのは人間だけではない。彼女を助けられなかった自分自身も……運命も……全てが憎かった。
ベリルが振るった爪は一撃で少年を抉るはずだった。だが、少年には当たらなかった。
「不相応に話をしようだなんて思っては居ない。私は貴方と話を出来るだけのものは持ってきたつもりだ」
ベリルは少年の命を奪おうと攻撃するが、少年は応戦する事なくただ攻撃から逃げ、そのまま話し出す。
ベリルは何も発さない。ただ少年が一方的に話を続けた。
「私は、まだ自分の見聞が幼い事は自覚しているが、この小さな頭で考えた。皆が本当に望んでいる世界は何かと」
避ける途中で爪が何度も少年を抉った。少しも狼狽えることなく少年はただ避けた。
「皆を救う事が出来ないのは百も承知だ。だが、それでも私は、もう争いは終わりにしたい。それは誰かを屠って終わりにするという事ではない。皆が安らかに暮らせる環境を作り、経済を作り、平和の為に律し、全てのものが安らかに過ごせる未来を作って行き……それをずっと守る事が私の思う理想だ」
痛くない訳が無い。ベリルの息子と同じ歳の子供……だが、抉られた方少年よりも抉ったベリルの方がどんどん表情を辛く歪めた。
「この国にも、もう誰にも手出しはさせない。私と手を結んでくれ」
ベリルの爪が少年の目を抉ろうとした時、その手が止まる。
「……頼む……」
逸さぬ瞳。その寸前でベリルの手が震えていた。
「……何故……もっと早く来てくれなかったのだ……もう……ヴァイオレットは……何処にも……いない……」
ベリルは子供のように泣いた。ずっと待っていた『力』を持つ少年……
だが、未来を見届けるには遅く、ベリルはこの世に絶望し過ぎてしまった。
「すまない……」
少年のせいではなかった。初めて傷付いた顔を浮かべた少年に、ベリルは言い続ける。
「もう全て遅い……この不甲斐ない王では魔の国を……その申し出を受けられない。怒りと悲しみに任せて国の子達を暴走させてしまった。だが、この悲しみも……憎しみも……消える事は無い。もう、無理なのだ」
少年が決して抜かなかった腰の剣。それが何なのか、ベリルは知っていた。
「……私を、その剣で殺しに来たんだろう……?」
「………」
「待っていた。……ヴァイオレットの元に送ってくれるお前を……」
少年は苦しそうに剣を抜いた。
「息子が……いる」
「ああ……知っているよ」
「アークと……魔の国の子達を……やっと苦しみから解放出来る……」
「………」
「……約束……」
「ああ……」
ベリルが胸の鎖に付けていた指輪を差し出した。その手と交わる様に少年の剣がベリルの胸の奥を突き、魔王をアメジストの魔気へと変えて行った。
ぽとりと、指輪が落る。
紫色の宝石と緑色の宝石。
ヴァイオレットの後を追う様に、魔気は空気へと溶けて流れた。
魔王の死を悟り、その後を紡ぐ者がやってきた。
泣き喚く同じ位の歳の魔族……少年は疲れ果てた目を彼に向け、言葉を振り絞り魔王の想いを、自身の想いを告げた。
魔族の少年の手に、落ちていた指輪を乗せた。魔族の少年はそれを握り締める。
涙が止めどなく溢れる紫の瞳は、その指輪の宝石と同じように煌めいて見えた。
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