第8話 レイジーとルナのBL妄想

 ・悪役令嬢レイジー・トパーズ

 自分の未来を見た占い師。地味に痛い雷の呪いを操る。BL作家。


 ・悪役令嬢ルナ・トピアス

『fairy prank 悪戯な恋は突然に』という乙女ゲームの悪役令嬢。レイジー・トパーズの占いにより階段からジェドと共に落ちて身体が入れ替わる。ジェド×陛下推しだったが陛下×ジェド推しに考えを改める。




 ―――――――――――――――――――



「レイジー先生!! 死なないで下さい!!」


 ルナは死にかけてテーブルに伏せているレイジーを必死に揺すった。


「ルナ……私はもう……ダメかもしれない」


「レイジー先生が死んだら、先生の薄い本を待っているファン達が悲しみます!!! 夏の集会までまだ時間がありますから!!」


 ルナはレイジーにポーションを飲ませた。3日間徹夜したレイジーだったが、慈養強壮ポーションは彼女の体力と気力を回復させた。

 いや……彼女の気力を本当に回復させたのは、彼女の本を待っている同志の笑顔であった。


「レイジー先生、根詰めちゃダメですよー。何でまだ時間に余裕があるのに徹夜なんてするんですか?」


 落ち着いたレイジーとルナはお茶休憩を取っていた。レイジーの原稿は殆ど仕上がっていたが、それを披露する夏の集会まではまだ日にちがあった。


「いえ……余りにも妄想が捗りすぎて…ついつい夜通し書いてしまったのよ。こういうのは時間がいくらあっても足りないものね」


「流石レイジー先生です」


 レイジーの書く本は……いわゆるボーイズラブ。男と男が愛し合う物語だ。

 これが一部ファンに人気があり、皇帝がいくら取り締まっていてもその穴をすり抜けて広まっている。

 特に人気作家のレイジーはファンが多く、夏や冬の集会には壁際に追いやられる程にファンが本を求めて列を作った。


「ところで、次の新刊はどんな話なんですか?」


「ふふ……実は私、この間小耳に挟んだんだけど……陛下とジェド様が秘密裏に旅行をしていたらしいのよ」


「なっ?! 何ですって!! ふ、2人でですよね!!!」


「ええ。行き先まで掴む事は出来なかったのだけど……2人でお忍び旅行よ」


「わっふ……それは……捗りますね」



 ★★★



【陛下と騎士団長の秘密のお泊り】


 ※本作は、作者の勝手な妄想でありフィクションです。実際の人物とは関係ありません。



「陛下、こんな所しか取れなくてすみません」


 街道の途中、旅の宿……みすぼらしい部屋を見てジェドは心配した。とてもじゃないが帝国の皇帝が寝泊りするような所ではない。

 固いベッド……薄いマット。部屋の壁も薄く寒い部屋、窓から見える外は雨だった。


「ジェド、君はこの旅がお忍びだって事を忘れてないかい? 私は別に構わないよ」


 しとしとと降り注ぐ雨……外を見ながらジェドは何か言いたげだった。


「ジェド……? どうした。何か……」


「何故俺を一緒に連れて来たのですか……」


 振り返らずに窓に向かって呟くジェドの表情は陛下には見えず、ジェドが一体何を思い悩んでいるのかは分からなかった。


「……はぁ。何を気にしているのか知らないが、言っただろ、君が騎士団長だからだよ。私を守るのが君の務めだろう?」


 幼い頃から一緒であり、ずっと前から皇帝とそれを守る騎士としての運命は決まっていた。お互いに生まれた時から。

 2人は幼なじみでお互いの事は知り尽くしているかと思っていた……だが、旅を決めた時からジェドの様子がおかしかった。


「……そう、ですよね」


「ジェド……? 何か言いたい事があるならハッキリと……」


 窓辺にいたジェドの肩を掴み振り向かせると困った顔をしていて陛下は驚いた。そんな顔、今まで一度も見た事は無い……


「あっ……」


「! 陛下!!」


 焦って後ろに下がった陛下は大勢を崩して後ろに転びかけた。咄嗟に陛下を守ろうと庇ったジェドは大勢が狂って2人で床に倒れてしまった。

 陛下を床に打ち付けないように庇ったジェドは下敷きになっていた。

 倒れたまま黙り込む2人。雨の音だけが聞こえる。


「……ジェド……えっと、何故そんな顔をしているんだい……?」


「………」


 ジェドは腕で顔を覆った。


「2人きりで泊まるだなんて……そんなの、耐えられる訳無いでしょう……」


 陛下にはジェドの言っている意味は分からなかった。だが……


「何に……耐えられないんだい?」


 覆った手を顔から退けて、そのまま掴んで床に押し付けた。幼い頃から何でも話し合った仲だ……秘密を持つなんて許さない……


「陛下……」


「何を心に秘めているのか分からないが……私の前で隠し事をするなんて……絶対に許さないよ?」



 ★★★



「……と、陛下はサディスティックな笑顔を見せてジェド様を……」


「キャアアアア!!!! そんな事が!!! そんな事があああ!!!! それは妄想しすぎで徹夜しちゃいますわ!!!」


 レイジーの妄想にルナはバタバタして机をバンバン叩いた。


「素晴らしいですね……あー、新刊待ち遠しいですー」


「ふふ、楽しみにしていてね」


「所で私も小耳に挟んだのですが、騎士団の第一部隊の皆さんと陛下でこの間魔王領温泉に行ったらしいですね」


「温泉……?? それはまた妄想が捗るじゃない!」


「で、更に聞いたのですが……魔王アーク様って心が読めるらしいですよ……しかもジェド様と結構2人で出かけているみたいで……」


「それは……燃料が多すぎて供給過多よ……」



 ★★★



【魔王と騎士団長の秘密】


 ※本作は、作者の勝手な妄想でありフィクションです。実際の人物とは関係ありません。



 第1部隊の騎士団員と陛下、魔王は魔王領温泉に来ていた。

 皆で和気藹々と温泉に入る中、ジェドは魔王を直視出来ずにいた……


(ダメだ……アイツの身体を見ると思い出してしまう……)


 先日魔王と一緒に出かけた砂漠の国……1日では終わらないその旅でジェドは魔王に散々弄ばれた。

 その時の事を思い出してしまい、動揺していたが……そんなジェドを魔王はニヤニヤと笑いながら見ていた。

 魔王には心が読める。あの旅を思い出してしまっているジェドの心中は筒抜けであり、ジェドは頭を振った。


(くそ……アイツの前で考えてはダメだ)


 考えないようにすればする程思い出してしまい、ジェドは赤面した。


「あれ? 団長、のぼせてます? 顔が赤いですよ???」


「大丈夫か? 早めに上がった方がいいんじゃないのか?」


 心配する他の騎士団員達。まさか別の事を考えて動揺しているなどと、ジェドは悟られないようにしなければならなかった。


「ジェド、のぼせてるなら上がった方がいい。休憩室があるから案内してやろう」


 ジェドは魔王に手を引かれて浴槽から上がる。

 2人の姿を陛下は冷たい目で見送った……



 ★★★


「キャアアアア!!!! それは前後も含めて美味しいですね!!!!」


「そうでしょうそうでしょう!!! その後陛下に問い詰められる所までがワンセットよ!!!!」


「ヤバイですね!!!!」


「ハッ!!!??!」


 レイジーは原稿を見返した。


「いけないわ……今書いている物を早く終わらせて……今上がった新たな妄想も……紙に起こさなくては……日にち……間に合うかしら……」


「私も手伝います!!! 新刊2冊……行けます!! まだ間に合います!!」


「ならばやりましょう!! 今日も徹夜よ!!!」


「ハイ!!!」



 こうして、レイジーとルナの夜は夏の集会に向けて過ぎていくのであった。


 当の本人達は、そんな妄想をされているとは……知る由もなかった。

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