第7話 聖女 茜は砂漠に行く(後編)
・砂漠の女王ラー
ジャスティアの先祖。砂漠唯一の女性の王で、その美しさで周りを惑わした事から稀代の悪女とされる。砂漠を見守りたい心から、転生せずにスピンクスという石の守り神の中に入る。問答で女心を分からせるが、間違うと噛まれる。
―――――――――――――――――――
聖女茜とアッシュは砂漠の墓所の入り口に立ちはだかる石像を見上げた。
「これ……何なんだ?」
「……墓所の形といい砂漠といい……スフィンクス?」
『スピンクスよ。まぁ、一緒だけど。祭りはこの間終わったはずだけど……何しに来たの。会いに来られても、全然嬉しくなんかないんだからね』
「……その言い方は嬉しい方のヤツだろ」
少し照れた様子のスピンクスに茜が対峙して問いかける。
「私達はここに強い女がいると聞いて探しに来たのよ」
「私達……? 俺は別に探してないんだが?」
『強い女……ある意味ではそうかもね。女はね、色んな恋をすると強くなるものよ……』
スピンクスの癖のある言い方に、アッシュは一抹の面倒臭さを感じた。
『貴方達が探してるのは恐らく妾の事ね。砂漠唯一の女王、ラーとは妾の事。今はこんな格好をしているけれど、この守り神に魂が移る前は砂漠の全てを魅了し、砂漠で最も強く尊く美しいと言われたもの』
「て事はお前、雌だったのか――ぎゃっ」
石像が突然アッシュを砂漠に踏みつけた。
『アンタ、お前とか雌とか女性に対して失礼が過ぎるんですけど』
「……それは……すみません」
『でも貴方凄く好みだから特別に許してあげる。妾の事はラーとお呼びなさい?』
石像の感情が全く感じられない目がアッシュに熱く向けられる。アッシュは石像にモテても何1つ嬉しくなくてゾッとした。
「コイツはどうでもいいのよ。アタシはアンタと勝負したいんだけど」
待ちきれなかったのか茜が苛々した様子でアッシュを砂から引き摺り出して投げた。ゴリラが待ちきれなくてお怒りである……と、アッシュは震えた。
『分かったわ。その前に、妾と戦う資格があるか――クイズよ』
「……は?」
急にクイズを提案するスピンクス。何故急にクイズをするのか2人には分からないが、それよりもゴリラ様が苛々しておられる様子にアッシュははらはらとしていた。
「確かに、スフィンクスは謎かけをするとかいう伝説があったわね。でも、何でそんな事しなくちゃいけない訳?」
茜がやはり有無を言わさず殴りかかる――だがその時、墓所が光りラーの前にシールドを張った。
「何?!」
『ここでは妾がルールよ。妾の許しが無い限り墓所に入れないよう封印がされている。それと同じ事ね。妾がクイズに正解するまでは其方の願いは叶わぬ』
「くっ……」
茜が離れるとシールドの光は消えた。墓所や遺跡には神秘の力が宿るとされるが、ここの墓所では守り神が定めたルールにその力が反応しているようだった。
「仕方ないわね……とっとと出しなさいよ」
『それでは……第1問。朝は4本、昼は2本、夜は3本、何かしら?」
何の事だか、アッシュにはサッパリ分からない。元々クイズは苦手だった。
(あれじゃ無いよな……栄養ドリンク。朝はめちゃくちゃ疲れてるから4本位飲まないと起き上がれないし、昼は働く為に2本は飲んでるよなぁ。夜は飲み会とかある時はその前に飲む物飲まないとやってらんないし、頑張らなくちゃいけない時は違う物も飲まないといけないからもう2本は飲むだろ……俺、思い返すと疲れてるのかなぁ。第1部隊は暇そうだけど他の部隊は死ぬ程忙しいんだよなぁ騎士団)
アッシュは帝国の忙しさを思い出してげんなりとしたが、聖女は答えが分かるのか得意げに答えた。
「ふっ……優等生の茜様を舐めて貰っちゃ困るわね。答えは人間よ。朝、昼、夜とは人間の一生を1日に例えたもの。人間は生まれた時は4本足、やがて2足で歩き、最後は杖をついて3本足になるわ。どうよ?」
「なるほど……」
ドヤ顔で見る聖女をラーは無感情な瞳で笑った。石像なので感情は分からないが笑ってる様子が窺える。
『残念ね。人間は人間でも、答えは夫よ』
「何でよ」
『ふふ……その夫はね、Mなのよ。だから朝は女王様のベッドとして目覚めるから4本足。昼間は普通に仕事をして2本足。夜は3本目の……」
「こらーーー!!! ちょっと待てーー!!」
アッシュはラーの言葉を全力で遮った。
「Mなら夜も4本でしょう?」
『まぁ、諸説あるわね。あと、砂漠では疲れた者は栄養ドリンクを1日にその位飲むと言われているわ』
「栄養ドリンクで合ってるんかい」
「何なのよそのふざけたクイズ……とっとと次出しなさいよ……」
茜の苛々は頂点に達しようとしていた。早く正解しないとルールも忘れて暴れ出してしまいそうだった。
『ふふん。揶揄うのはこれくらいにしてあげるわ。では、パンはパンでも食べられないパンは何だ?』
それを聞いた茜の怒りが限界突破し、ラーに向かって聖気を纏った正拳を繰り出す。
ドガアアアアン!!!
激しく何かがぶつかった音と共に砂煙が舞って辺りが見えなくなる。
「答えは……パンチでしょ?」
砂煙が晴れると、その拳を前足で受け止めるラーがいた。無感情な目は未開かれ、石の口は歪み愉しげに笑っている。
『ふふ……正解よ』
激しくぶつかった拳が離れると、ラーは石の羽を広げ空へと高く飛んだ。
その瞬間墓所の三角錐の頂点から光が集まり……ラーが変形した。
「……変形ロボット? 世界観どうなってるのここ」
『驚いたでしょう? この姿が砂漠の守り神の本当の姿。妾は砂漠の神秘のパワーをその身に受け、姿を変形させる事が出来るのよ。石という理の中から外れなければそれが可能となる!』
何を言ってるのか2人には半分くらい理解出来ないが、つまり原料が石ならその範囲で自由に変形出来る、という事だ。
変形したラーは羽の生えた巨人で、胸はライオン、顔はキリッとしていてカッコ良く、男心をくすぐりそうなフォルムをしていた。
「……何か妙に惹かれるな」
「ふっ、姿が変わったからって何だって言うのよ!」
茜が飛び蹴りを食らわせる。が、ラーは身体を上下に分離させてそれを交わした。
「なっ!」
ラーが茜に向かって拳を作るとその拳が分離して勢いよく飛んでいく。茜が拳をすんでで交わすも、通り過ぎたと思った拳はUターンをして真横から彼女を両手で挟み込んだ。
「ぐっ!」
ギリギリと締め付ける手に挟まれて苦しそうに表情を歪ませる。
「お、おい! 大丈夫か?」
「うるさい! アンタはジャマするな!!」
心配するアッシュを静止するように茜は睨み叫んだ。
「こわ……こっちは心配してるのにその言い方さぁ」
『そうよ、女同士の戦いに男は口を出しちゃいけないわ。貴方の事は後でじっくりと可愛がってあげるわ。妾好みのいい体してそうだし……』
石が何をどう可愛がるというのか、アッシュには想像力が限界だった。石は石同士よろしくやってほしいと心底思った。
「調子に……乗るなよ……」
茜はぶるぶると震えながら鬼の形相でラーの手を両手でこじ開けていた。血管が破裂しそうな程の鬼の形相にアッシュも震える。顔が怖過ぎた。
「がああああ!!!!」
叫び力を入れ、手をこじ開け吹っ飛ばす。
だが、ラーの両手は粉々に砕けるも、ライオンの目が光ると直ぐに元に再生し戻った。
『ふん、なかなかやるが無駄なことよ……妾はすぐに再生する』
元に戻った手が再び襲うが、茜は走って逃げ交わす。
『逃げてばかりじゃ妾を倒す事など出来ないわよ?』
「……そうね」
そう言って茜は方向を変え、ラーに向かって突撃した。ラーに突っ込むが、また分離する。しかし、分離した直後、方向を縦方向に垂直に変え、内部に手ごと突っ込んで行った。
「何っ?!」
破壊音と共にラーの上半身が手と一緒に砕ける。だが、やはりライオンの目が光り、また元に戻ろうとした。
『何度やっても無駄よ!』
着地した茜はラー目掛けて両腕を構えた。気功を練っているのか、大気が彼女に集まっているようだった。
「はああ……せいはーーー!!!!!」
カッと目を見開き拳を出すと、拳波となってラー目掛けてとき放たれる。
『何っ?!』
拳波はラーの体を砕き、その衝撃波が周りに竜巻のような激しい大気の流れを作り出した。
『こっ、これは! 身体が……』
ラーは再生しようとしたが、石の破片が竜巻に流されて中々集まる事が出来なかった。
そして、竜巻の影から出てきた茜の蹴りがラーのライオンの目を襲う。
「てやああああああ!!!!」
『キャアアアア!!!!』
ライオンの目に蹴りが直撃すると、瞳の宝石が砕け、ラーは再生が出来なくなった。
「やった……勝ったの?」
茜は全力を尽くし切ったのか、倒れそうになったのでアッシュが支えた。聖女は身体中砂まみれである。
「お前……本当無茶苦茶なヤツだな。女子がそんなに強くなる必要あるのかよ」
「……うるさいわね」
『あーあ……お主、なんて事するのよ。砂漠の守り神が粉々じゃない……』
粉々になった石像の元には美しい女性がいた。女性は向こうが見える程透けていて、特に足が薄っすらとしている。
「お前……じゃなかった、もしかしてラーか?」
『そうよ。こちらが本来の姿ね。本体の石像が無くなってしまったから、霊体だけ放り出されたわ』
そう言って笑うラーは、砂漠を惑わす稀代の悪女と言われるのも分かる程の美女だった。
『貴女、強かったわ。強い女性は好きよ……でも、もう少し女子力も磨いた方がいいんじゃないかしら』
「……んなもん要らないわよ」
そうして、砂漠の死闘は茜の勝利で終わった。
破壊してしまった石像を心配したアッシュだったが、ラー曰く砂漠の王に伝えれば直ぐに直るらしい。
ライオンの目にあった宝石は砂漠のパワーストーンで、大きな物があれば核となって墓所の力で再生出来るという。
何で破壊したのか説明するのは億劫ではあったが、2人は帰りに首都に寄る事にした。
『ところで、何で妾と戦いに来たの?』
「……私には、勝ちたい女がいるの。だから強い女の話を聞いてここに来たのよ」
『なるほど……ならば其方、魔王領にある湖に行ってみてはいかがかしら?』
「湖……? そこに何があるの?」
『その湖はここではない世界に繋がっていると言われている。もしかしたら其方の望む強い女がいる世界に行けるかもしれないわよ? あと、其方達疲れておるだろう。温泉にでも入ってこい。魔王領ならば砂漠の国から帝国に船で行けばすぐの所にあるわ。騙されたと思って行ってみるといい』
「なるほど……」
「え、まだどっか行くの? てか、今魔王領って言いましたよね……魔王領とか、行くの心底嫌なんだけど!! 俺は帰っていい??? 騎士団の職務、かなり放棄してるんだけど????」
「うるさい」
嫌がるアッシュを引っぱたいて引き摺り、茜はまた歩き出した。
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