第6話 聖女 茜は砂漠に行く(前編)



 ※前回までのあらすじ

 聖国の女王、オペラ・ヴァルキュリアに敗れた聖女、雨宮茜は唯一の知人アッシュと共に海に修行に出かけた。

 海で亀に出会った2人は人魚の国に行き、道場破りをする為に人魚と戦う。

 戦いは茜の勝利に終わるが、人魚は強い相手と闘いたいならば砂漠に行くといいと助言し、2人は人魚の海底トンネルを抜けて砂漠へと進んだ。



【砂漠の国サハリ】

 自由大陸の南、海を渡った先にある砂漠の島国。猫と蛇を崇める国で、魔王領とは古くから友好関係にある。

 南国リゾートとしても知られ、観光客も多い国。砂漠の真ん中には首都があり、その遥か北には石造で代々砂漠の王族が眠る墓所がある。

 砂漠には様々な生き物が生息し、人魚の暮らす海と共に未だ全てが明らかにはなっていない。



 ―――――――――――――――――――



「本当にこんな砂漠に強いヤツがいるの?」


「人魚がいるって言ってるのだから居るんだろ」


 聖女茜とアッシュは2人、砂漠を歩いていた。

 人魚の女王アクアに言われた通りに真っ直ぐ洞窟を歩いていくとリゾート地へと出た。

 人魚の女王アクアから聞いた話によれば、洞窟の出口は砂漠の国サハリの船着場でリゾート地ともなっていて、その強い女は砂漠の中心地にある首都から更に北に行った先にいるらしい。

 砂漠は昼は暑いが夜は割と寒いと聞いていたので、2人は首都で砂漠を越えるのに必要な買い物を済ませて更に北に歩いた。


「サハリの人達の話だと、首都の北には王家の墓所があるらしいぞ」


「墓所? てことは相手は幽霊か何か? アタシ聖女だけどお祓いは出来ないわよ……」


「うーん……人魚はそんな事は言ってなかったからなぁ。あの戦いっぷりを見て言ってるならば物理で戦う相手なんじゃないのか? ……お? オアシスじゃないかアレ」


 砂漠の途中には幾つかのオアシスが休憩場所として整備されていた。旅人が給水や水浴びをする場所だ。

 首都までにあった幾つものオアシスは商人や砂漠の人達がいて賑やかだったのだが、墓所に向かう道沿いのオアシスは閑散としていた。

 砂漠の墓所は年に1度のお祭り以外は然程訪れる人も居ない静かな場所で、このオアシスも祭りが無い時は地元民がたまに使う位だった。

 そんな寂しいオアシスでは地元民らしきお爺さんが砂漠の動物を休憩させている。他の大陸ではあまり見られない珍しい砂漠の動物は、背中に荷物を沢山乗せていた。


「この辺りに旅の方とは珍しいですなぁ」


「ああ。この先の墓所に行く途中なんだ。爺さんはこの辺りに住んでるのか?」


「いえ、住んでいるのは首都ですが、この辺りへはちょっと取引先へ仕入れに来ておりましてなぁ」


「取引先……???」


 この辺りと示された場所は見渡す限り砂漠で、何かを作っているような畑も工場も見当たらない。まさか砂をわざわざこんな所まで取りに来る訳も無いだろうし、とアッシュは首を傾げた。


「取引先が気になりますかな? それは……ほれ、こちらですよ」


 お爺さんが袋から取り出したのは綺麗でいい匂いのする花だった。


「へぇ……凄く綺麗な花だな」


「こちらはこの辺りの特産品でして、生産者が愛を持って育てているのが分かるでしょう? この花が花茶になるんですが、これがサハリのお土産として人気が高いのですよ。港に売ってますので帰りに見てみて下さいな」


「土産かぁ……渡す相手はいないな……国には帰れないし」


「ねぇ、早く行くわよー」


 茜は待ち切れず話も聞かずに歩き始めていた。


「ああ、いけませんな、その辺りは――」


「ん?」


 爺さんが止める間もなく歩き出した茜の周りの砂が盛り上がり、大量のサンドワームが彼女を取り囲む。

 巨大なサンドワームは凶悪な牙を茜の方へと向けていた。


「何これ? モンスター?」


「お、おい! サンドワームだぞ!! 気を付けろ!!!」


「サンドワーム? ……面白い、かかって来なさい!!」


 そう言い放ち、茜はサンドワームの1匹に飛び蹴りを食らわせた。それを見た他のサンドワームは体を真っ赤に変え、怒り露わに襲い掛かって行く。

 それを皮切りに砂漠のあちこちから次から次へと他のサンドワームが現れる。


「うわぁ……何これ、モンスター大量発生してる……モンスターハウスか何か?? 何でこんなにいるんだ」


「あー……困るんですよねたまにそうやって勘違いされて戦い始める人がいるから……」


「……ん? どういう事?」


 お爺さんは袋からサンドワームのラベルが付いたお茶の箱を取り出した。


「この花ね、あのサンドワーム達が育てているんです。こちらの言葉も全然通じるし、取引きして花を仕入れているんですわ。彼らも同じ砂漠の民なんですが……」


「……サンドワームと? 何を取引きしてるんだ?」


「普通に石鹸とか食器とかの日用品や果物とかですが?」


「……確かに、さっきもかかって来いとか言って聖女が蹴るまで何も攻撃してこなかった。これはアレか……聖女が悪者なのかな……?」


 アッシュが呆然と見ていると、地響きと共に砂から這い出た巨体……バジリスクまで何体も現れた。

 砂漠の伝説とされるバジリスクは、猛毒を持ちその目に見られた者は石化すると言われる。その恐怖から砂漠の小さな王とも呼ばれた。

 目の当たりにしたアッシュは驚き横を見るが、やはりお爺さんは平然としていた。


「……もしかしてバジリスクも友好的なヤツなのか?」


「サンドワームとは仲良しでしてのう。多分助けに来たんですなぁ……」


 突如現れたバジリスクにやはり茜が蹴りを入れる。まだバジリスクは何もしていないのに。

 怒ったバジリスクは茜に向かって目を見開いた。だが、その視線を茜がひょいと交わすので後ろにいたサンドワーム達が次々と被弾していく。


「ああ! いかんいかん!!」


 お爺さんが慌てて鞄から金色のポーションを取り出した。それを1滴サンドワームにかけると、そこから石化は解けて元に戻って行く。

 バジリスクは砂漠では割と遭遇する生き物らしく、お爺さんはいつも念の為にと石化解除のポーションを持ち歩いているのだという。

 だが、バジリスクと茜の戦いはその後も続き、アッシュとお爺さんは次々と被弾して石化するサンドワームの石化を解く作業に追われることになった。



 ひとしきり戦った後、ボロボロになったサンドワームとバジリスクに囲まれて、アッシュと茜は2人で土下座していた。

 正確には茜は全然悪びれた様子は無く、アッシュが彼女の分まで砂に埋もれる程土下座をしていたのだが。

 尚、サンドワーム達は話の分かるいい魔獣で、アッシュが誠心誠意謝るとあっさり和解してくれて、聖女の強さも1周回って気に入ったらしく、2人を厚くもてなしてくれた。

 サンドワームが淹れてくれたサンドワーム茶は確かに美味く、帰りに買って行こうとアッシュは頷いた。


 そんなこんなでサンドワームの家(?)で1晩もてなされた2人は、砂漠を更に北へと進み砂漠の王家の墓所へとたどり着いた。


「とにかく……頼むから後先考えずにすぐ殴りに行くのやめてくれ……」


「あーもうしつこいなぁ。悪かったって言ってるでしょ。分かったわよ。で、アレが墓所な訳ね」


「ああ。そのはずだ。よし……墓所に入って強い女とやらを探すぞ」


 石造りの建物の前に立ち、入り口に向かおうとした時、でかい何かが2人を遮った。

 何だか分からず見上げると、そこには石で出来た巨大な守り神のような像がこちらを見下ろしている。


『来たのね』


「……は?」


 そこにいた守り神が急に喋り出した。

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