第4話 魔王と夢の温泉(前編)

【魔王領】

 自由大陸の中で帝国に隣接する自治区。帝国には属さないが、帝国と精霊国の支援を受けて観光開発を目指している。

 以前は全てを憎み暴れていたが、今の魔王になってからは魔族は魔王の意思に従い、凶暴な魔獣達の飼育にも配慮している。たまに野生の魔獣が現れたりするが、魔王領にすぐに通報が行き回収される所から密かに保健所と呼ばれている。



 ・魔王アーク

 現、魔王。母を人間に消滅させられ、父も皇帝に消されるが皇帝の説得により魔族や魔獣の平穏を選ぶ。

 かわいい物と甘い物ともふもふが好き。

 黒いライオンという別の姿を持ち、靴に砂が入って気持ち悪い時などに変化する。ライオンの方が攻撃力は高いが魔法陣を描きづらいので滅多にならない。

 人の心が読めてしまうが心の声の大きさに比例して大きく聞こえる為制御はあまり効かず、ジェドの声は一際うるさい。無機物の心は読めない。

 割と常識人で情に厚い。魔王なのに船酔いする。



 ・悪役令嬢ベル

 魔王領でモフモフかわいい小魔獣カフェを経営する魔族。『キャワワ天国☆ミ〜かわいい魔族を育てて愛そう』というゲームに巻き込まれ、魔王領を守ろうとするも反逆者として処刑され時間逆行してくる。

 聖女と互角に渡る位の実力を持っている。



 ―――――――――――――――――――



「はぁ……忙しい……」


 魔王領の統治……観光地の整備……魔獣の飼育……未だ勘違いして討伐に来る人間の撃退……

 魔王の仕事は多忙に多忙を極めていた。



「魔王様、お疲れのようですね」


「この仕事量で疲れるなという方が無理だろ。ルーカスは何であんなに平然と仕事しているんだ……あいつは何なんだ」


 帝国の皇帝ルーカスは自国の事でも忙しいはずなのに魔王領に来てちゃんと統治できてるかチェックするのでうかうかサボれない。なんなんアイツ……怖いわ。

 ベルは自分の店もあるのに政務を手伝ってくれている。

 だが、ベルは手伝ってはくれているものの


(つべこべ言わずとっとと働けやカス)


 みたいな事をずっと考えている。恐らく早く帰って小魔獣をもふもふしたいのだろう……俺もしたい。


「そんなに疲れているのならば、出張魔獣マッサージでも呼んでみてはいかがでしょう?」


「ああ、最近始めたサービスか」


 魔王領温泉は疲れた現代人に需要がかなりあるのか大盛況を極めていた。

 だが、あまりに観光客が増えすぎたため魔王領の者達があまり利用出来なくなってしまったのだ。

 特に人気のあるマッサージが利用出来なくて悲しいと要望が強く、出張魔獣マッサージを行なう事とした。

 このサービスは疲れた者だけではなく、大きな怪我をして中々動けず筋肉が固まってしまった者や年寄りにも人気が高い。運動効率が上がるとギルド登録して働いている者や冒険者達にも人気だ。


「そうだな。少し休憩してマッサージして貰おう。疲れが取れて作業効率が上がるならばそれに越した事は無い」


「では早速手配しますね」



 そうしてすぐにやって来たのはマッサージ室の魔族の職員と、その腕に抱えられた赤黒いウネウネした……


「それは……タコだよな?」


「はい。魔獣オクトパスです」


「……1つ確認したいのだが、普通のマッサージなんだよな?」


「ええ、普通のマッサージです。この子、めちゃくちゃ上手なんですよ。すぐに天国に行けます」


 その言い方はどっちだ?

 だが、考えを読んでも本当に至って普通のマッサージっぽい。オクトパスはオク子という女の子らしい。


(何かアタシが行くといつも皆その質問するけど……何でかしら? ウネウネ)


 ……それは申し訳ない。きっと俺や皆の心が汚れているのだろう。


 オク子は椅子に座る俺の両肩に乗ってきた。吸盤がいい感じで肩を揉んでくれる。本当のマジで普通に気持ちいいマッサージだ。疑ってすまない。


「魔獣達のマッサージの腕がいいと評判みたいだな」


「はい。皆さん気持ち良すぎてそのまま寝ちゃうんですが、いい夢が見れたと喜んで帰って行かれるのですよね」


「なるほど……確かに……眠い……」


 そういえばジェドも観光に来た時に変な夢を見たと言っていたな……ジェドは考えている事が素直だから気が抜けて疲れないんだよな。また暇を見て帝国に行かねば……



 ★★★



「……様、魔王様……」


「ん……? 終わったのか……?」


 体を揺すられ、声に起こされる。ベルか? だが、心なしか声が低い気がした。


「魔王様、大丈夫ですか?」


 その声は明確に男だった。相手が誰か分からず起き上がると、そこにはベルに似た男がいる。


「お……お前、誰だ?」


「……ベスですが?」


 ……だから誰だ?

 ベルには女の姉妹がいるとは聞いたことがあるが、兄弟がいるなど聞いた事は無い。だが――


(寝ぼけてないでとっとと働けやカス)


 その考えはほぼベルだった。

 訳が分からず立ち上がろうとした時、違和感を感じた。ベスの身長はそんなに大きいようには見えなかったが、見上げる程だった。……いや、自分が少し小さくなったのだ。

 手も心なしか小さい。それに……


「……ある」


「……は?」


 胸があった。近くの壁に鏡がかかっていたのでそちらを見ると、それは自分によく似た紛れもない女だった。


「何だこれは……」


(アース様、働きすぎて疲れているのだろうか。ここのところ忙しかったしな。何か胸押さえてるし)


 アース? ……仮に俺がアースという女で、ベルがベスという男になったと仮定すると……

 ここはジェドの言っていた並行世界なのではないか……?

 だが、おかしい。並行世界の人はそれぞれがそれぞれとして存在していたはず。ジェドもそんなような夢を見たと言っていたが、その時は体が入れ替わったなどとは言っていなかった。

 つまり……何だ?


(まだ寝ぼけているのだろうか……熟睡していたしなぁ)


 ……そうか。つまり夢か。

 こんな夢を見るとは、相当疲れているのだろう。もしくは何かの願望だろうか……


「そんなに疲れているのでしたら温泉に入って来られてはいかがでしょうか?」


「それだ。間違いない」


 俺は真顔で頷いた。



 平行世界の魔王領温泉は自分の知っているものと同じように賑わっていた。多種多様な人間や魔族達が浴衣を着て楽しんでいる。彼らも並行世界では性別が逆なのだろうか?


「アース? 何でこんな所に居るんだ?」


 入り口で声をかけられ、振り向くとそこには漆黒の騎士がいた。全身黒ずくめ、長く美しい黒髪に黒い瞳……ジェドの女版で確か名をジェラという。


(あれー? 陛下はさっき魔王城に魔王の仕事っぷりを監視しに行くって言ってたよなぁ……行き違いになっちゃったのか?)


 ふむ、どうやらルーカスの女版と魔王領に来たみたいだが別行動を取ったのだろう。危なかった……アイツは感が鋭いから会ったら俺の様子が変だと気付かれたかもしれない。


「ああ、ちょっと気晴らしにな。どうやら入れ違いになったみたいだな。まぁ、魔王城には連絡しておくから安心しろ。それよりお前も温泉に入りに来たのだろう? 日頃の疲れを忘れてゆっくり休もうじゃないか」


「え……私はマッサージを受けに来ただけなんだが……ま、いっか」


 うむ……夢、何て良い仕事をするんだ……グッジョブすぎる。

 これはもう疲れが癒える所の話ではない。めちゃくちゃ元気出ちゃうな。いや、決して変な意味ではない。


(何かアース、めっちゃウキウキしてるなぁ。余程疲れていたのかなぁ……)


 ジェラよ。お前には分からないかもしれないが、男のロマンが溢れているんだよ。この先の温泉には。


 ウキウキしながら女湯の脱衣所に向かおうとした時、何だか騒がしくなっている事に気付いた。


(何だこれ……)

(お風呂に辿り着けない……)

(ここ……どこ?)


 ん……? なんだこの声……


「あっ、魔王様!」


 困り顔の温泉のスタッフの魔族がこちらに気付き声をかけてきた。



「温泉に……入れない? 何でだ?」


「それが分からなくて……」


「とにかく入ってみよう!」


 ジェラが女湯の暖簾を潜り入り、それに続いた。

 一瞬の違和感の後に見えたのは……脱衣所っぽい背景の迷路だった。


「……何だこれは?」


 暖簾の後ろを見るとスタッフがやはり困った様子で首を傾げる。


「気がつくと何故か女湯だけがこうなっていまして……」


 女湯だけが……?


「お……おい、何か変だから一旦戻るか?」


「いや、ダメだ……放ってはおけない。魔王として」


「は?」


 俺はジェラの手を引き、脱衣所迷路へと走り出した。


 どうしても今、温泉に入らなくてはいけない理由が俺にはあるのだ。

 夢から覚める前に……絶対に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る